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ずっと憧れていて、大好きだったひと。 仕事が多忙すぎる両親に代わってずっと面倒を見て、そばにいてくれたひと。 会社を自らの力で立ち上げて、成功させたひとは、今やセレブリティの中でもひときわ輝いている。 仕事の成功者。 けれども若いそのひとは、今やセレブリティの美しい女性の羨望の眼差しを一気に受けている。 それに比べて自分はどうなのだろうかといつも振り返って溜め息を吐いてしまう。 しがない学生。 自慢出来ることといえば、真面目であることだけ。 いつも見守られ、保護下にある存在で、自分ひとりで立ったことなんてなかった。 いつも守られてばかりで、それが当たり前のように廻りに見られていた。 本当は自分だけで立ってみたいと思う。 ひとりで立ちたいと思わずにはいられない。 だから、先ずは自分から距離を置かなければならない。 大好きな温かい温室のような環境から。 「ねえ、ゆき、今度さ、コンパがあるから行かない? ゆきもさ、もう成人したんだからさ、そういった楽しみを持つべきだと思うんだけれど」 友人に話を持ちかけられて、ゆきは驚いた。 コンパなんて行ったこともないし、そのようなことは、小松に禁止されていた。 小松帯刀。ゆきが子供の頃から大好きなひとだ。 幼い頃から、忙しいゆきの両親に代わって、ずっと面倒を見てくれている、年上のひと。 今も、一人暮らしは危険だと、小松の実家に下宿をさせて貰っている。 コンパなんかに行くと、恐らくは小松が止めに入るだろう。 だが、いつまでもそうしていれば、ゆきは成長出来ないと感じている。 小松以外に男のひとを好きになるなんてあり得ないけれども、見聞を広げるには良いのかもしれない。 ゆきは軽い前向きな気持ちで返事をすることにした。 「うん、良いよ。私も社会勉強をしなければならないし」 ゆきが笑顔で答えていると、友人の表情がけむりだした。 「どうしたの?」 「コンパなんて、低俗なものくに参加する必要はないよ、ゆき」 冷たく透明な硬い金属のような声が聴こえて振り返ると、小松が冷酷な表情のまま、立っていた。 「……帯刀さん……」 ゆきは驚いて、小松をただ見つめることしか出来ない。 「ゆき、迎えにきたから帰るよ」 いつもにまして冷たい表情と冷徹な声に、ゆきは目を丸くする。 いきなり腕を捕まれて、ゆきは困惑してしまう。 「あ、あの、帯刀さん、離して下さい」 「離す必要はないでしょ。さ、行くよ」 小松は何でもないことのようにさらりとクールに呟く。 「君たちも、ゆきはコンパなんかには行かせないから、それだけは覚えておいて」 小松はナイフのような声で呟くと、友人たちを威嚇するように見つめる。 「彼女は用があるから、ここで失礼させて貰うよ」 にっこりと笑いながら、ゆきと友人たちの飲食代金をさりげなく支払ってしまう。 「あ、ありがとうございます」 小松にすっかり友人たちは魅了されてしまっているようだった。 確かに、こんなにも隙のないクールなかっこよさを見せつけられてしまったら、誰もがうっとりとしてしまうだろう。 しかも相手は、完璧なセレブリティときているのだから。 恋愛小説のヒーローのような行動に、誰もが浸っているのだから。 ゆきは、そのまま小松に腕を取られたままで、カフェから出ていく。 「帯刀さん、お仕事は!?」 「今日は定時だよ。両親に逢いにいく日だからね」 「あ……」 小松に告げられて、ゆきは今日が小松との定期的な食事会の日だということを思い出した。 いつもならば忘れることはないのだが、今日は忘れていた。 一人立ちをするために、色々と準備をするのに忙しかったからかもしれない。 「君が忘れるなんて、珍しいこともあるものだね」 小松はさりげなくチクリするように言う。 「……色々と忙しくて」 「そうなの、ま、君が忘れていたおかげで、バカなことをするのを未然に防ぐことが出来たのは、良かったと思うけれどね」 小松はうんざりとするように言うと、ゆきを引っ張って駐車場へと向かう。 「帯刀さん、私、ひとりで歩けますし、逃げません」 「君はねこれぐらいがちょうどなんだよ」 小松はいつもと変わらないはずなのに、何処か刺々しいようにも感じられた。 車にいつものように乗せられる。 いつまでだっても、ゆきは幼い女の子のように扱われる。 それがゆきには切ない。 もう成人しているのに。 小松にとっては何時までも小さな女の子なのだろう。 「コンパには行くな。あんなところに顔を出す男は、ろくなのがいない。君は免疫がないからね、やめておきなさい」 小松はまるで幼子に言い聞かせるように言うものだから、ゆきは切なくなった。 このひとの前だと、いつまで経っても子供のままだ。 成人しても何をしても。 子供としての認識しかないのだろう。 ゆきはモヤモヤした気持ちになった。 背伸びをしても、何をしても、このひとには追い付くことが出来ないのだろうか。 そんな事ばかりを、考えてしまう。 「……帯刀さん、私も何時までも子供というわけではありません……」 ゆきは唇を噛み締めると、思い詰めるように呟いた。 「だろうね」 余りにあっさりと小松が認めるものだから、ゆきは逆にびっくりした。 「私は君がいつまでも子供だとは思ってはいないよ」 小松は何でもないことのように言いながら、車を走らせて行く。 「だったらどうして子供扱いをされるのですか!?」 ゆきが少し語気を強めると、小松は深々と溜め息を吐いた。 「あのね、君が小さな子供だとは、私も思ってはいない。ただ、君は大人としての分別がついた行動が出来たら話は別だけれど、君にはそれが出来ないからね」 「……それは」 悔しいが、確かにそのようなことはある。 今までは何度も小松に助けて貰ってきたのだから。 否定できなくて、反論も出来ない。上手い言葉が見つからなくて、ゆきは答えることが出来なかった。 「否定できないでしょ? 温室育ちのお嬢さん」 小松にしらっと言われてしまい、ゆきは唇を噛み締める。 「……今まではそうかもしれませんが、これからはそんなことはありません」 ゆきが悔しさを滲ませて呟くと、小松は呆れるような表情をした。 「じゃあ、それを見せてくれるのかな? これから」 小松の嫌みで意地悪な言葉に、ゆきは深呼吸をして呟く。 「はい」 決意をこめた言葉だった。
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