*悪魔のようなあなた*


 小松にしっかりと宣言をした以上、ゆきは自分が大人のきちんとした対応をしなければならない。

 ゆきはそう決意をする。

 小松に自立したところを見せれば、ひとりの女性として見てくれるだろうか。

 ゆきは考える。

 小松にひとりの女性として見て貰えたら、こんなにも嬉しいことはないのにと思う。

「さあ、両親が待ってる。急ぐよ」

「はい」

 ゆきは背筋を伸ばす。

 これからは、ひとりの女の子としてではなく、女性として小松には見て貰いたいから。

 ゆきは強い決意を秘めて、前を見た。

 

 小松家に戻ると、既に夕食の準備がされていた。

「もう準備が出来ているわよ。一緒に食事をしましょうね」

「ありがとうございます」

 小松の母の笑顔に、ゆきはホッとする。

 いつも癒してくれる笑顔だ。

 ゆきは、温かい花園にいることを改めて感じずにはいられない。

 ダイニングテーブルについて、食事をする。

 いつものように温かな食卓だ。

 ゆきは、ここから離れるのは切ないが、そろそろ、ひとりで立たなければならないとも思っている。

 だから、きちんと切り出さなければならない。

 一人立ちをすることを。

 食事をしながら、いつ小松夫妻に切り出そうかと、ゆきはずっと頃合いを見計らっていた。

 すると小松が、箸を置いた。

 切り出す手伝いでもしてくれるのだろうか。

 小松のことだから、ゆきが切り出す頃合いを見計らっていることぐらいは、十二分に解っているだろう。

 だからこそゆきは小松の様子をじっと伺っていた。

「……、父上、母上、恐れ入ります、お話があります。ゆきのことです」

 小松の声がいつもよりも少しだけ真摯になっている。

 ゆきは、助け船を出してくれるのだと、すっかり思い込んでいた。

「……ゆきのご両親には、後程、お伝え致します。ゆきも成人しました。彼女も大人として歩いていかなければならない時期に来ています」

 小松の澱みがない言葉を聞きながら、ゆきは助太刀して貰えるのだと強く期待した。

 しかし。

「しかるべき時に、私はゆきを妻にしたいと考えています」

 小松はキッパリと凛として言い切る。

「よく言った!」

「よく言ったわ!」

 小松の両親は、本当に嬉しそうにしてくれている。笑顔が眩しい。

 だが、当事者であるゆきは、一瞬、何が起こったかが解らなかった。

 まさか。

 こんな時に、よりによって大好きなひとにプロポーズされるなんて、思ってもみなかった。

 ゆきは驚いて目を丸くすることしか出来ない。

 ずっと助太刀してくれるものだと信じていたのに、まさかのまさかだった。

 小松がいきなり庇護をすると宣言してしまったのだから。

 これには、ゆきは何も言えなかった。

 小松の両親は目出度いと言って、既にお祝いモードに入ってしまっている。

 これにはゆきは慌ててしまった。

 小松は大好きだ。

 最近では、愛していると言っても過言ではない。

 だが、一人立ちを決心した途端にプロポーズをしてくるなんて、何かの策略ではないかと、ゆきは勘ぐってしまう。

 それぐらいに衝撃的なことだった。

「ゆき、異論はないよね」

「小松さん、それは、私が一人立ちをしたいから……、そう考えているのを知っているから……ですか?」

 ゆきが言葉を選びながらもおたおたと呟くと、小松は涼しげな顔をした。

「影響はないとは言えないけれど……、だけど、プロポーズをすることは決めていたからね。君なら安心だ。私の子供を生んで、素晴らしい家庭を気づいてくれるだろう。私の生活をしっかりと守ってくれるだろうならね」

 プロポーズをしている相手ではないような、淡々とした事務的な言葉だ。これには、ゆきは切なくなる。

 本来、プロポーズはロマンティックなものであることは、ゆきには解っている。

 それがこんなにも事務的だなんて、思いもよらなかった。

 しかしそれがまた、小松らしいのではあるが。

「ゆきちゃん、一人立ちなんてことはおよしなさい。このまま帯刀のお嫁さんになれば良いから」

 小松の母はここから小松に嫁ぐように言ってくれている。もちろん、小松の父親も同じだ。

 だが、社会の厳しさを知らないままで、お姫様のような生活をするわけにはいかないのだ。

 端から見たら、とても無謀なことをしていると思われてしまうだろう。

 だが、なにも知らないままで家庭に収まるなんてことは、ゆきには出来ない。

「……私……、このままではダメだって思っているんですよ。だって、なにも知らないまま、奥さんに収まるなんてことは、私には出来ないです……」

 ゆきは自分の気持ちを素直に伝える。

 大好きなひとのお嫁さんになる。

 小松の妻になることは、ゆきにとってはずっと夢だったから、嫌じゃないし、むしろ、嬉しい。

 ロマンティックなプロポーズではないが、全く小松らしいとゆきは思っている。

 実務的な味気のないプロポーズ。

 そこに、情熱や愛がないことも、ゆきには分かっていた。

 嬉しいけれども、重い感情が横たわっているのは、やはり愛が感じられないから。

 ゆきが小松の妻になりたいのは、誰よりも愛しているからだというのに。

 相手に愛がない一方通行ほど、辛く切ないものはないのだから。

「だから、君が本当にひとりでやっていけるかどうかを、見極めるためにも、ひとり立ちをするのは、手だと思うけれど。だから、やってみたら、一人立ち」

 小松らしく落ち着いたトーンで呟きながら、大きな広い大人の男の優しさを見せてくれる。

 こんなに大人で素晴らしい部分も見せつけられると、ゆきは胸がきゅんとしてしまうほどに、ときめいてしまう。

「ありがとうございます、帯刀さん。がんばります。頑張って、帯刀さんに大人だと認めて貰えるように、がんばります」

 小松の眼差しは、ゆきをしっかりと見守ってくれているのが感じられて、つい嬉しくて笑顔で宣言をしてしまう。

「そうだね。しっかりと頑張ると良いよ。私も微力ながら応援するよ。だからゆきくん、ひとり立ちをして、世の中をきちんと見ると良いよ。その上で、私の妻として君を迎える。それで構わないね」

 大好きなひとが待ってくれる。

 ゆきの意志を尊重してくれるのだ。

 それが嬉しい。

 後悔しないようにと、小松は思ってくれているのだろう。

 こうして見守ってくれている以上は、拒む理由なんてない。

 愛するひとなのだから。

 そう思うと、ゆきは首をコクりと縦に振った。

 





マエ モドル ツギ