*悪魔のようなあなた*

12


 小松と本当に冷静に話すことが出来るだろうか。

 ゆきはそれを不安に思わずにはいられない。

 小松を愛している。

 だからこそ前向きな結論を出さなければならないと、ゆきは思った。

 車に乗って小松の家に向かう。

 緊張しすぎて、どうすることも出来なかった。

 小松の家に着くと、いよいよ決戦だと思ってしまう。

 小松は車を静かに停めると、ゆきを紳士らしく手をさしのべて下ろしてくれた。

 しっかりと手を握り締めたまま、小松は離さない。

 とても強い力で、ゆきでは到底、抗うことなんて出来ない。

 黙ったまま、小松の部屋へと向かった。

 今までで一番胸が痛くて、緊張してしまう。

 ゆきは深呼吸をしながら、何とか落ち着こうと努力した。

 気分が落ち着かない。

 だが、小松と繋がっている手だけはとても幸せで温かな感覚を感じていた。

 部屋に入ると、小松はひとりの客として、ゆきをもてなしてくれる。

「座って。お茶を淹れるから」

「ありがとうございます」

 珍しく和室に通されて、ゆきは戸惑ってしまう。

 小松としてはやはり正式にきちんと話をしようと思ってくれているのだろう。

 ゆきは覚悟を決める。

 今はきちんと話をしなければならないだろう。

 小松は、茶托を付けた正式な茶器を使って、お茶を出してくれる。

 他人行儀のようにも、客人として敬意を払われているようにも、どちらにも見えた。

「……さて、話をしなければね。どこからしようか?」

 小松はとてもビジネスライクであるのと同時に、ゆきを真っ直ぐ見つめている。

 目を逸らすことが、どうしても出来なかった。

「……私が一人暮らしをしている部屋は、帯刀さんが根回しをして下さっていたんですね」

「当然でしょ?君を守るため、致し方がないことだよ。世間知らずの君を、危険には晒せないからね。君に危険な一人暮らしをさせたくない。リスクマネージメントはしたくないんだよ」

 小松は淡々と義務のように言う。それはまるで保護者のような言動で、ゆきは切なくなった。

「……保護者みたいですね」

「当然でしょ、私は君の保護者だからね」

 小松の言葉を聞いていると、保護欲と義務感でやっているようにしか思えない。

 ゆきがずっと引っ掛かっていたことでもある。

 小松は本当にそれだけしか思っていない。

 男女間の愛情はない。

 一番欲しいものがない。

 それに、ある意味その意志は小松を縛り付けているようにしか、ゆきには思えなかった。

 ならば、結婚なんて旧い呪縛で縛られたくなかった。

 ゆきは背筋を凛と伸ばすと、言わなければならない言葉を、静かに呟く。

「帯刀さん、結婚するのをやめましょう。義務感ですることはないです。気遣って頂いてありがとうございます。感謝しています……。だけど……、私は愛がほしいんです。保護だとか義務感ではなく、ひとりの女性として愛して下さることが必要なんです。それがなければ、あなたを苦しめるだけだと思いますが……」

 ゆきは、一言、一言を重く慎重深く呟く。

 だが、小松はいつもの涼しい顔で聞いているだけだ。

「……私は、君との結婚をやめる気はないよ」

 小松はキッパリと言い放つと、ゆきを迷いのない眼差しで見つめた。

「私は君と結婚する。保護欲や義務感からではないよ。そんなことで私が結婚するわけないでしょ?」

 小松は厳しい声で言うと、ゆきの横にやってきた。

 今までは机があったから、距離を保つことが出来たが、もうそうはいかない。

 距離が近い。

「……一人暮らしの場所をさりげなく提供したのは、君が快適でいて欲しいため。君と結婚すると決めたのは、君が欲しいから。それだけだよ」

 小松は至って簡潔に言う。どこにも無駄なんてない。

 ゆきは小松を潤んだ瞳で見つめる。

 そこに欲しいのは、男女間の愛なのだ。

 それ以上でも以下でもない。

「……私と結婚を決めたのは、リスクがないからではなく、私自身を帯刀さんが求めているから、欲しがってくれているからと、理解しても構いませんか?」

 ゆきが泣きそうな気持ちになっていると、いきなり抱き締められた。

「君ね、いくら私でも、保護したいから、義務があるからぐらいで結婚なんてしないよ……!」

 小松には珍しく感情が溢れている。

 息が出来ないぐらいに強く抱き締められて、ゆきは胸に恋情が湧き上がりすぎて、涙を流した。

「……君がとても大切だから、リスクを回避したかった。君がとても大切だからだ。ゆき……」

 そこには深い愛情が感じられ、ゆきは小松の胸に顔をしっかりと埋めて甘えた。

「……帯刀さんが、愛していると言ってくれなかったから、不安だったんです……。抱かれるだけで愛されていないって感じてしまっていましたから……」

 ゆきは涙目を小松に向ける。

 小松は柔らかな視線をゆきに向けてくれる。

「ゆき、私は、言葉で愛を伝えるのは、余り好きではないんだよ。言葉より、行動で、私は愛情を示したい。それだけだよ……」

 小松はゆきをしっかりと抱き寄せる。

「好きでもない相手を、あんなにも何度も夢中で抱けるはずがないでしょ。私はそんな男じゃないよ。孕ませるリスクを平気で冒すことなんて、しないよ……」

 小松の言葉に、ゆきは驚いて目を丸くする。それを見て、小松は楽しそうに微笑んだ。

「私は君との間で子供が欲しいからね」

 小松は静かに言うと、艶やかで真摯な眼差しをゆきに向ける。

「ゆき、愛しているよ。君をずっとひとりの女性として愛しているよ……」

 小松の声は優しくてとても艶やかだ。

 本当に愛が詰まっている。

 ゆきは嬉しくて、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、小松にしっかりと抱き付く。

「……帯刀さん、私も愛しています。幼い頃からずっとあなただけを見ていました……。大好きです……」

 ゆきもまた心を込めて呟く。

「……ようやく、言ったね?」

 小松はくすりと柔らかく笑うと、ゆきをじっと見つめる。

「……あ……」

「お互いに言葉が足りないようだね……。これからはもっと言葉を尽くしていこう」

「はい」

 ゆきは涙でくしゃくしゃになりながら笑顔で頷いた。

 誤解がとけて幸せで堪らない。

「ゆき、改めて言うよ。君を愛している。君を一生大切にするから、お嫁においで」

 小松は艶やかな声で、誠実にプロポーズをしてくれる。

 ゆきは幸せに頬を染めながら、強く頷いた。

「あなたのお嫁さんにしてください」

 





マエ モドル