*悪魔のようなあなた*

12


 結局は、朝までゆっくりと眠っていたらしい。

 ゆきが目覚めると、隣にはもう小松はいなかった。

 朝の余韻を楽しみたい等と言うことは、小松の辞書には存在しないのだろう。

 ゆきが身体を起こすと、小松は完全に身支度を終えていた。

「起きたの?私は仕事があるからね、行くよ。うちはオートロックだから、外に出れば戸締まりはそれで大丈夫だから。後、私が帰るまでここにいたいのなら、それはそれで構わないからね」

「はい……」

 小松はあくまで仕事のように淡々と話している。

「後片付けはしなくても良いから」

「はい」

 ゆきはそれをぼんやりと聞きながら、膝を抱えた。

「では行ってくる」

「いってらっしゃい、帯刀さん……」

 ゆきはさっさと行ってしまう小松を見送りながら、胸が切なくなる。

 甘い雰囲気なんて一切ない。

 それが小松らしくもあり、ゆきを苦しめることにもなった。

 ゆきは起きて身支度を整えた後、小松の部屋から自分の香りを消すように後片付けをした。

 元通りにした後、小松の部屋を後にした。

 待っていられるほど、余裕はなかった。

 

 ゆきは自宅に戻り、いつも通りに過ごしていると、インターフォンが鳴り響いた。

 出てみると小松で、ゆきはつい出てしまう。

「……帯刀さん……」

「……うちに戻ったら、君がいなかったから、ここに来たんだよ」

「どうぞ」

 ゆきがセキュリティを解除すると、小松がやってきた。

「お邪魔するよ、ゆき」

「どうぞ」

 部屋に入るなり、小松はいきなり背後から抱き締めてくる。

「どうして帰ったの?」

「……ずっといると迷惑がかかるとおもって……」

「そんなことはないでしょ?」

 小松はゆきを焦らすように愛撫を始めてしまう。ゆきは直ぐに身体が熱を帯びて反応するのを感じながら、小松に身を任せていく。

 愛の言葉がない、愛を確かめ合うための行為。

 ゆきは、いけないと思いながらも、愛するひとの欲望には勝てなかった。

 

 小松にただ抱かれる日々が続く。

 愛する人と愛を交換出来るのは嬉しいとは思うが、それに本当の意味での愛があるのだろうかと、ゆきはつい考えてしまう。

 愛が伴えば、こんなにも嬉しいことはないのにと、ゆきはつい思ってしまう。

 ゆきにとって、愛情は重要なファクターだからだ。

 小松と何度も愛し合っていると、愛がどんどん渇望してゆくのではないかと、思わずにはいられない。

 愛が消えないように。

 いや、最初から愛は存在しているのだろうか。

 ゆきはそんなことすら考えてしまう。

 抱かれるだびに感じる愛の渇望は、そろそろ限界にきていた。

 

 ゆきは、また小松に呼ばれて、オフィスに向かった。

 今夜も身体で愛し合うために呼ばれたのだろう。

 ゆきは受付を通り、エレベーターに乗り込む。

 小松の部下が乗り込み、話をしているのが聞こえてきた。

「社長から言われた最高セキュリティの単身者マンションの部屋確保は、来月までで良いそうだよ。使っている女の子が出るそうだから」

「そうか。確か、親類か何かだよな」

「ああ。社長がずいぶんと目をかけている子らしい。噂によると、どうしても結婚しなければならない相手、らしい」

 社員たちの会話で、ゆきはすぐ自分のことだということが分かった。

 やはり、あんなにもセキュリティが施された部屋が、あのような家賃で、借りることが出来るなんて、何かあると思っていたのだ。

 ゆきは複雑な気持ちになる。

 結局は、小松の手のひらで転がされて、一人暮らしを良い気になって続けていたのだ。

 全く無知だ。

 ゆきはショックで、エレベーターから降りる。

 結局は、小松の庇護からは逃れられなかったのだ。

 そんな自分が、ゆきは情けなくてしょうがなかった。

 一人立ちが出来たと良い気になっていただけなのだ。

 ゆきはエレベーターを乗り換えて引き返す。

 家に帰って、これからのことを考えようと思う。

 愛しているひとが義務感から結婚するというのは、とても耐えられそうになかった。

 約束をすっぽかしてしまうことになるが、それはもうどうでも良いことだった。

 小松に愛されていないと言えば語弊になってしまうが、ただ妹のように、守るものであるように、愛してくれているだけだ。

 それは家族の愛に似ている。

 ゆきが求めている、男女の愛ではないし、程遠い。

 泣けてくる。

 苦しい。

 身体で愛し合っても、小松は愛の言葉を囁いてはくれない。

 愛しているから抱かれて、離れたくない。

 そのことをきっと小松は解らないのだろう。

 ゆきはひとりエレベーターを降りると、受付の横を静かに通り抜ける。

 帰ろう。家に。

 そしてこれからどうしたら良いのだろうか。

 ゆきはとぼとぼと駅へと向かう。

 俯いてしまえば、泣いていることにも気づかれないだろう。

 ゆきは俯いて、周りが見えてはいなかった。

 不意に思いきり腕を捕まれて、ゆきは息を飲んだ。

 誰かに腕を取られて驚いているのに、不思議と恐ろしくはない。

 ゆきがおそるおそる顔を上げると、そこには小松がいた。

「どうしたの!?何故、逃げるの?」

 いつもの冷静な小松ではなく、どこか焦っているようにも見える。

 このような小松を見るのは初めてだったから、ゆきは驚いてつい凝視をしてしまった。

「……ゆき、行くよ。来るんだ」

 小松に腕を取られて、ゆきは首を横に振る。

「今日は行きたくはありません……。帰ります」

「帰さないよ。逃げた理由をきちんと話してくれなければね」

 小松の目を見ると、いつも以上に厳しい。その上、有無を言わせない雰囲気を醸し出している。

 ゆきは逃げられないのだと悟り、体から力を抜いた。

「良い子だね。行くよ。私の家に。君とはきちんと話さなければならないね。君の考えはお見通しだからね」

 小松の艶やかで少し厳しい眼差しに、ゆきは落ちてしまう。

 決着をきちんとした形で着けなければならない。

 それはゆきにも充分過ぎるぐらいに分かった。

「……帯刀さんは、お仕事は大丈夫なのですか?」

「君が来るから、きちんと終わらせた。だから、気にしなくても大丈夫」

「分かりました」

 ゆきはただ、小松についてゆく。

 ふたりの間に重い沈黙が流れる。

 それを打破する方法なんてゆきには考えつかない。

「さあ、車に乗って。きちんと話をしよう」

 小松の言葉に、ゆきは頷く代わりに、車に乗り込んだ。

 





マエ モドル ツギ