*背伸びの恋をしても*


 男性が女性に服を贈る理由。

 考えてみても全く分からない。

「……分かりません」

「そ。いずれ私が教えてあげるよ」

 くすりと微笑まれて、ゆきはドキドキするしかなかった。

 なんて艶のある笑みを浮かべるのだろうかと、ゆきはつい魅入られてしまう。

「食事でもする?」

 小松は何でも無いことのように言うと、さらりとゆきの手を取る。

 小松にとっては、小さな子供に手を取るような些細なことかもしれないが、ゆきにとってはかなりドキドキすることだった。

 こんなにもドキドキすることなんて、他にないのではないかと、ゆきは思う。

「君が好きな、イタリアンでドルチェがついたものはどう?」

「大好きですっ!」

 つい笑顔になって言うと、小松はフッと柔らかな笑みを浮かべる。

 ドキリとするほどに綺麗で飾りのない甘い笑顔だ。

 余計にドキドキしてしまい、頬を更に真っ赤に染め上げる。

「じゃあそれにしようか」

「有り難うございます」

 ゆきが青空のような笑顔で真っ直ぐ小松を見上げると、更に手をギュッと握り締められた。

 ドキドキし過ぎて、ゆきは落ち着かない。

 こうして小松と一緒にいると、まるでデートをしているようで、嬉しかった。

 ときめきすぎてどうにかなってしまうのではないかと思いながら、ゆきは小松と一緒に歩いた。

 こうしているとふわふわした幸せな気分になる。

 何だか雲の上を歩いているようで、嬉しい。

 どうしてこんなにも幸せな気持ちになるのだろうか。

 胸の奥が切なくなるぐらいに、幸せだった。

 ふと、前から、見覚えのある美しい人が歩いてくるのが見える。

 ゆきは直ぐにそれが誰かを理解した。

 先日、カフェで逢った綺麗なひとだ。

 小松と親しそうにしていた、美しいひと。

 ゆきは見つめるなり、切ない気持ちになってしまった。

「あら、小松さん」

 綺麗に微笑んだそのひとは、小松に会釈をする。

 ゆきは居たたまれないような気持ちになって、さらりと手を離した。

 だが、小松は何もしてこない。

 やはり見られたくはないのだろう。

 何だかしょんぼりとした気持ちになってしまい、ゆきは小さく一歩引いた。

「これからお昼ですか?」

「はい。彼女とね」

 小松はチラリとゆきを見つめる。

「ご一緒してよろしいですか?」

 女性の一言に、ゆきはドキリとした。

 まさかの言葉だったからだ。

「どうぞ。今からイタリアンに行く予定なんですよ」

「だったらご一緒します」

 ゆきにとっては、まさかの、そして有り得ない展開になってしまった。

 こんなことはありなのだろうか。

 折角、小松と一緒に、ロマンティックな想いでいっぱいのデートの真似事が出来るかもしれなかったのに、そんなことにはならなかった。

「……小松さん、わ、私、用事を思い出したんだ。あ、あの、か、先に帰りますね!」

 ゆきは、小松に深々と頭を下げると、そのまま振り払うように走って逃げる。

 何だか苦しくて辛い。

 三人一緒なのが、ゆきには堪らなく嫌だった。

 女性と比較されるのが、苦しかったのだ。

 女性はパーフェクトと言っても過言ではなかったのだから。

「ゆき、待ちなさい」

 小松が叱るような厳しい声で呼び止めようとするのも気にせずに、ゆきは猛スピードで走った。

 今までで一番速いスピードだったかもしれない。

 ゆきは駅で電車に乗り込んで、ようやく歩みを止めた。

 涙が込み上げてくる。

 どうしてこんなにも素直になれないのだろうかと、思ってしまう。

 小松に呆れられたに決まっている。

 どうして、こんなにも切ないなのだろう。

 素直に一緒に食事をすれば良かったのかもしれない。

 だが、どうしてもムリだったのだ。

 しょうがない。

 ゆきは、涙が込み上げてくるのを、何とか我慢しながら、家路に急いだ。

 

 小松に折角、食事に誘って貰ったのに、それを上手く受け取れなかった。

 これは自分のワガママでしかないと、ゆきは思わずにはいられない。

 どうして恋と言うのは、こんなにも難しいものなのだろうか。

 ゆきは思い悩まずにはいられなくなる。

 どうして素直になれないのだろうかと、思ってしまう。

 それが恋と言うものなのだろう。

 小松には失礼なことをしてしまったから、きっと怒っているに間違いない。

 だが、素直に謝れないのも、乙女心の複雑怪奇なところなのかもしれなかった。

 ゆきは溜め息を吐きながら、携帯電話を見つめる。

 非合理なことは大嫌いな小松だから、きっと自分からは連絡なんてして来ないだろう。

 ゆき以上に非合理な存在はないだろうから。

 それが分かっているからこそ、更に胸が痛いのだ。

 ゆきは自分自身でそれが分かっているからこそ、怖くて自ら連絡をして、謝れないのだ。

 謝りたいのに、謝れない。

 なんて素直じゃないんだろうか。

 ゆきは自分自身のバカさ加減に溜め息を何度も吐いた。

 小松と最後に逢った日に選んでいたカチューシャ。

 あれから一度も身に付けてはいない。

 小松と一緒にいる時に着けたいと思っていたから。

 だが、そのチャンスは、自分で壊してしまった。

 もう訪れないだろう。

 自分が情けなくて、ゆきは泣けてくる。

 どうしていつも素直になれないのだろう。

 いや、素直かもしれないが、遠慮をしてしまい、小松に上手く話せないのだ。

 小松に嫌われているのは分かっているから、これ以上は傷つきたくもないこともある。

 本当に恋に対して臆病でしかいられない自分が、切なくて、情けなかった。

 不意に、玄関が賑やかな雰囲気がした。

 誰かお客様が来たのだろう。

 だが、ゆきは挨拶に行く気はなくて、そのまま、部屋に閉じ籠っていた。

 だが、足音がゆきの部屋に向かって、大きくなる。

 誰か友達だろうか。

 足音がゆきの部屋の前で止まったかと思うと、折り目正しいノックが聞こえた。

「ゆき、いるんでしょ?ドアを開けなさい」

 小松だった。

 どうして来たのだろうか。

 そんなことを考えながら、緊張が高まってくるのを感じる。

 ゆきは呼吸が早くなるのを感じながら、そっとドアを開ける。

 部屋の前には厳しい表情をして、小松が立っていた。

 その手には、先日、小松がゆきにと買ってくれた服が入った紙袋が持たれていた。

「忘れ物だよ。はい」

 小松は淡々とゆきに紙袋を差し出す。

 ドキドキしながら、ゆきはそれを受け取らずにはいられなかった。




マエ モドル ツギ