*うたかたの琥珀*

35


 竜王山に青龍、毘沙ノ鼻に朱雀、天井ヶ岳に白虎、花尾山に玄武。

 そこにいけば、四神は手に入るかもしれない。

 各人の情報を総合すると、そういうことだった。

 闘わなければならないだろうか。

 ゆきの気持ちは沈んだ。

 だが、やらなければならない。

「陽炎組という者たちが、城下を荒らしているのを聞いた。四神を得ることも大切だが、それらを浄化することも大切だ」

 瞬は眉を潜めて、深刻そうに話をする。

 陽炎組。

 放っておくわけにはいかない。

 それらが、下関の怪異に繋がっているかもしれない。恐らくは天海の差し金なのだろう。ゆきは苦しくなった。

 正直、かなり辛くて、苦しい。

 ゆきは息が詰まる思いがした。

 目を閉じて、ゆきは考える。

 先ずは、陽炎組を制圧しなければならない。その後に四神を味方につけ、その上で、下関の怪異と立ち向かおう。

 しかし、時間があるだろうか。

 下関の怪異までたどり着くまで、砂時計が持つのだろうか。

 ゆきはそこまで考えて、溜め息を吐いた。

 とにかく時間が惜しい。

 効率的に動かなければならない。

 考えれば考えるほど、ゆきは自分を追い込み、思い詰めてしまう。

 苦しい。

 だが、これを乗り越えなければ、ゆきには明るい未来がないことぐらい、解っていた。

 ゆきは唇を噛みしめ、これからのことを、考えずにはいられなかった。

 

 ゆきの隣に然り気無く座っていた小松は、ゆきの思い詰めて、袋小路に陥っている様子を、いち早く気付いていた。

 確かに、今のゆきには、八葉には、やるべきことが山ほどある。

 こんなにも重苦しい様々な事実で、ゆきが押し潰されそうになっていることを、小松は気付いていた。

 それが苦しい。

 見ているだけで辛い。

 自分も同じような重いものを背負ってはいるが、ゆきほどの深刻な重さはない。

 世界の行く末が、この小さな体にかかっているのが、なんとも不憫だと、小松は思った。

 勿論、小松も全力でゆきを支えるつもりでいる。

 藩のことを抱えているから、他の八葉に比べると、助けてやれることが少ない。

 ならば、助けられる間に、精一杯助けようと、小松は思わずにはいられなかった。

 支えてやりたい。

 誰よりもゆきを支えられる人間になりたい。

 小松はそう強く願わずにはいられなかった。

「先ずは、陽炎組をなんとかすることから、始めたいです。陽炎組は、城下の皆さんを苦しめていますから。そして、四神を手に入れ、下関の怪異に対峙をしようと思っています。皆様はどう思われますか?」

 逡巡した後、ゆきは背筋を伸ばし、凛とした態度で、キッパリと言い切った。

 小松は、すぐそばで、ゆきの様子を見つめながら、益々強く、慕いたくなった。

 こんなにも慕いたいと明確に思った相手は、初めてかもしれない。

 小松はどんどん強くなるゆきを慕いたくなるのを、明確に感じた。

 成長した。

 清く、凛々しく、美しく。

 小松は、ゆきのことを誰よりも得たいと思った。

 ゆきがそばにいれば、誰よりも強くなれる。

 誰よりも満たされる。

 そして、幸せになれる。

 小松は強く感じずにはいられない。

 ゆきがいれば、どのような困難も乗りきれてしまえるのではないかと思った。

 最高の相棒になれるのではないかと、思う。

 冷静にかつ慎重に話さなければならない場所で、自分は何を考えているのだろうかと、強く思わずにはいられなかった。

 話は、陽炎組を制圧する件を最初に行うことで、誰もが納得しているようだった。

 特に長州藩士である高杉は、ホッとしているようだった。

 城下の治安を安定させることが、最優先だからだ。

「俺は同じ考えだ。先ずは、人民を巻き込まないことが大切だからな」

 高杉は明らかにホッとするように呟くと、ゆきに薄い笑みを浮かべた。

「私も賛成だよ。実に合理的だと思うよ」

 小松はあっさりと認めるように呟いた。

 ゆきは八葉の賛同を得られて、ホッとしているようだった。

 ちらりと小松に、有り難うと言う風にも取れる、笑顔を向けてくれる。

 明るくて素直なきらびやかな笑顔だ。

 眩しくて、小松はドキリとする。

 ずっとゆきの笑顔を独り占めすることが出来ればと、思わずにはいられない。

 先程から、大局を見据えた話ではなく、ゆきを見据えたことばかりを考えてしまう。

 それほどまでにゆきを愛してしまったのだと、自覚しなければならないほどに。

 愛しているから、離したくない。

 だが、同時に、愛しているからこそ自由にしてやりたいとも思った。

「では、これで決まりだな。明日からは、先ずは陽炎組をやっつけることから始めるか」

 龍馬は上機嫌で言う。

「ゆきくんにしか、陽炎組を浄化することが出来ないから、今回は全員で行動するしかないね……。効率は悪いが、これしか方法はないからね」

 小松は頭をなんとか切り替えて、なるべく淡々と言う。

「将軍は、新撰組たちがいるから、俺たちがいなくても、警備はなんとかなるだろう………」

 高杉は決意を秘めた低い声で言った。

「しかし、俺も晋作も、新撰組には散々追いかけ回されたのに、皮肉なもんだな」

 龍馬はあっけらかんとしながらも、苦笑いを浮かべた。

「ではこれで決まったね。解散だよ」

 小松が宣言し、散会となった。

 小松はゆきから目を離せない。

 じっと見つめてしまう。

 か細い身体にどれほどの重いものを背負っているのだろうか。

 覚悟を決めてから重いものを背負うのと、覚悟出来ないままで、重いものを背負わされるのでは、やはり後者のほうが辛い。

 しかも、自分で背負うと覚悟をしなければならない。

 ずっと温室で育っていたゆきには、辛いことなのだろう。

 小松は、ゆきの背中を追いかけていった。

「……ゆきくん」

 小松が声をかけると、ゆきが優しい笑顔を浮かべながら、振り返った。

「明日から気を引きしめなければならないね」

 小松の一言に、ゆきの表情が凜としたものになる。

「はい。明日から頑張らないと……!」

 ゆきは思い詰めたような表情になる。

 その表情に、小松は不穏な感情を覚えた。

 ゆきは重いものを隠している。そう思わずにはいられなかった。

 重いものを隠しているのならば、少しでも軽くしてやりたい。

 小松は想いの強さから、ゆきの手を強く握り締めた。

 ゆきは息を呑む。

 だが、小松の手を返事をするように握り返してくれる。

 小松の胸に甘い感情がわき上がった。



マエ モドル ツギ