前編
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小松からは、結局のところ、なんの連絡がなかった。 忙し過ぎて、ゆきのケアをする余裕が全くないのだろうとは思うし、それを理解する。 だが、どうしようもないぐらいに胸は痛いのに。 切なくて苦しくて、どうして良いのかが分からない。 メールは、いつも返信を期待してはいないが、本当にゆきの一方的なメールになっていた。 そして、いよいよ、クリスマスイブだ。 ゆきは、ファミリークリスマスなのだ。 母親とふたりで、朝からトラディショナルなクリスマス料理を作る。 それが終わったら、洋酒を利かせた典型的なクリスマスの典型スタイルの、ドライフルーツが入ったフルーツケーキと、冷めても美味しい料理、そしてクリスマスプレゼントを持って、小松の会社に向かおう。 本当にこれらを置いてくるだけしか出来ないのだろう。 ゆきはそれでも構わないと思った。 小松にほんのひとめ逢えるだけで、良いのだと、本当にそう思っていた。 ゆきが出掛けようとすると、小松からクリスマスプレゼントが届いた。 クリスマスらしい薔薇だ。 ゆきのイメージにと、白と薄紅の薔薇だ。 まだ蕾だ。 きっとかなり長持ちする立派な薔薇なのだろう。 ゆきは、薔薇を目と耳で楽しんだあと、小松の会社に向かった。 今年はクリスマス寒波らしく、外はかなり寒かった。 小松の会社に向かうために、繁華街を通り抜けると、ファミリーやカップルとよくすれ違う。どの顔も、本当に楽しそうな、幸せそうなとても良い笑顔を浮かべている。 微笑ましいと思うのと同時に、ゆきは胸が甘傷んだ。 ゆきが一番一緒にいたいひとは、隣にはいてくれないのだ。 それがゆきには切なくて、辛かった。 クリスマスツリーの前を通ると、ツリーの前で、小松とキスをしたことを思い出す。 だが、今はあんなにも甘くてロマンティックな時間は過ごせないのだ。 たったひとりのクリスマスイブというわけではないが、傍らに愛するひとがいないのは切なくてしょうがなかった。 繁華街を抜けて、小松の会社に向かう。 この世界にきて、直ぐに手腕を発揮し、あっという間に会社を大きくしてしまった。 それだけ小松は辣腕を発揮したのだろう。 小松の会社はセキュリティがかなり厳しい。 クリスマスイブにもかかわらず、かなりの数の社員が仕事に来ていた。 今日は職員用の出入り口からしか入れず、当然、社員でもないゆきが中に入れるはずなんてなかった。 ゆきは荷物を置くだけに、会社に行くと、予め小松にはメールをしておいた。 仕事の邪魔にならないように、直ぐに帰るつもりだった。 中に入るにはどうしたら良いだろうか。 小松に偶然会うことが出来るのなら、それが一番良いのではあるが。 だが、それも難しい。 小松はかなり根を詰めて仕事をしているのだろう。 クリスマス寒波のため、かなり寒いなか、ずっと外にいた。 空はにびいろ。 厚い雲。 やがてそこからは、白いものが降り積もってきた。 ゆきの頭に冷たく白いものが降り積もってくる。 ホワイトクリスマス。 そんなロマンティックな日なのに、恋人と一緒に過ごせないなんて。 胸が切なく染み透る。 ゆきは鈍色の中に見える白に、自分の想いを重ね合わせた。 切ない気持ちでいっぱいになる。それと同時に、透明になってゆくような気がした。 恋をしているから、胸が苦しい。 だが、その苦しみが、心を透明にしてくれるような気がした。 「ゆき!」 冬のように鋭く冷たい声が聞こえて、ゆきは振り返った。 そこには小松が不快そうな顔をして立っていた。 「……帯刀さん……」 「君って子は、どうしてそんなに無理をするの!」 小松は最上級の厳しさで言うと、ゆきを叱りつけた。 「わたしは仕事で忙しいと、君にはちゃんと伝えた筈だよ」 小松はいつもは見せない厳しさで、ゆきを叱責する。小松のキツさに、ゆきは今にも泣きそうになった。 だが、ここで怯みたくない。 目的はきちんと果たしたい。 「……クリスマスなので、クリスマスプレゼントを持ってきただけです。どうぞ」 ゆきは小松に、用意したクリスマスプレゼントを渡す。 ゆきがプレゼントを差し出すと、小松は不快な表情を浮かべた。 忙しいところを邪魔されて、よほど不快なのだろうと、ゆきは思った。 「クリスマスプレゼントを渡したので、私はこれで帰ります。有り難うございました」 ゆきは胸から血が出てしまうのではないかと思うほどの痛みを覚えながら、小松に一礼をすると、そのまま帰ろうとする。 「待ちなさい。そんなに身体を冷やすなんて、君はバカなの?温まって行きなさい」 小松はかなり苛々しているようだ。 だが、そんな小松を見たくはなくて、ゆきは黙り込んでしまう。 「家に帰れば温まりますから。お仕事の邪魔をこれ以上出来ないですから。失礼します」 ゆきは小松と一緒にはいられないと、明確な意思表示をすると、そのまま一礼をして、背中を向けた。 今は、小松と一緒にはいたくないと思った。 まだ背後には小松の気配を感じる。 早く立ち去ろうとした時だった。 ぐらりと、視界が揺れる。 どうして視界がぐるぐると揺れるのかが分からないまま、そのまま身体から力が抜けて行く。 意識がプツリと途絶えた。 身体が熱くて堪らない。 こんなにも酷い熱が出たのは久し振りではないかと、ゆきは思う。 それほどに、きつい発熱だった。 ふわふわと何処かに漂っているような気がする。 ゆきは、その中でいつまでも漂っていたいと、強く思っていた。 雪が降るなか、ゆきを見つけた時、しまったと思った。 ゆきからのメールに気が付くのに、随分とかかっていた。 それだけ仕事に熱中していた。 今日は休日で、会社の受付にはひとがおらず、社員以外は会社の中に入れない状態だった。 気付いて、直ぐにロビーに下りたが、既に時遅しといった雰囲気だ。 小松は、自分自身の気遣いのなさに苛立ってしまい、ついゆきにあたってしまった。 その結果がこれなのだ。 それがとてもキツかった。 ゆきが凄い熱で倒れてしまい、小松は慌てて車に乗せて送ることにした。 しかも、ゆきの家ではなく、自宅にゆきを連れ帰る。 そうしなければ、ゆきを看病できないと思ったからだ。 小松はゆきを看病する。 切なくて重い気分だった。 |