*雛祭りの想い*


 雛祭りは毎年、しっかりと祝って貰っていた。

 一人娘だからだと、両親が随分と気にかけてくれたのだ。

 それを、ゆきは今更ながらに感謝をしている。

 それだけ愛されていたのだと、ゆきは心からの感謝以外を言えない程だ。

「今年は、お雛様を少しだけ長く飾っておこうかしら」

 母親はしみじみという。

 今年が、この家で過ごす最後のお雛様なのだ。

 六月には、大好きなひとと結婚することが、ゆきは既に決まっているのだから。

「このお雛様、お嫁に持ってゆきなさいね。きっと直ぐに役に立つから。家紋だけは、小松家のものに変えておくから」

 母親はしみじみと言いながら、雛人形を見上げた。

「ついこの間なのにね。あなたにこの、雛人形を用意したのが。それが、まもなく、お祝いする側になってしまうのね」

 母親はしみじみと呟く。

「あなたと小松さんなら、子供を沢山授かるような気がするわ。女の子も男の子も」

 母親の指摘に、つい恥ずかしくなり、ゆきは真っ赤になってしまう。こうしているだけで、何だか恥ずかしくなった。

 確かに、小松との子供ならば、何人も欲しいと思ってしまう。

 ゆきが何を考えているのかに気づいたのか、母親は柔らかくくすりと笑った。

「さあ、帯刀さんと今日はデートなんでしょう?いってらっしゃい」

 母親は笑顔でゆきを見送ってくれる。それが有り難い。

「じゃあいってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 母親と雛人形に見送られて、ゆきは、小松との待ち合わせ場所へと向かった。

 

 間もなく小松に嫁ぐこともあり、最近のデートは、打ち合わせも兼ねていることが多い。

 だが、逢って話をするだけで幸せを感じることが多いから、打ち合わせでも幸せで、楽しかった。

「……雛祭りがそろそろなんだね。仕事にかまけて忘れていたよ」

 小松は苦笑いを浮かべながら、しみじみと呟いた。

「お母さんが、今日、私の雛人形をそのまま持ってお嫁に行きなさいと言っていました。家紋の部分だけは、小松家に変えるからと」

 ゆきはふんわりと温かな気持ちになりながら呟いた。

「君は本当にご両親に大切にされているんだね」

 小松の声はとても温かくて優しく、ふわふわした雰囲気を持ち合わせていた。

「私もそれ以上に……、いや、君のご両親と愛情の深さなんて、比べられないね……。君がいつでも温かい気持ちでいられるようにするから」

 小松はゆきの手を改めてしっかりと握り締める。その強さに、ゆきは深く愛されているのだと、実感した。

「今年の雛祭りは、ご両親と過ごしたほうが良かったかな?感慨深いものがおありになると思うよ」

「両親とは昨日、雛祭りをしました。今度は孫の雛祭りをすることになるわねと、言われましたけれど」

 言葉にするととても恥ずかしい。

 だが、両親の温かな気持ちに、優しい気分になる。

「君は愛されているね。ご両親には、雛祭りと端午の節句と、どちらも来て頂かないと」

 小松の表情もまた、日溜まりのようで温かい。

「そうですね」

「最低でも、男の子ひとり、女の子ひとりは頑張って貰わないとね。これが、親孝行になるんだろうね」

 小松は意味ありげにくすりと笑う。そんな表情をされると、余計に恥ずかしくなった。

「が、がんばります……」

「まあ、頑張らなくても、私たちならば出来るんじゃないかと思うけれどね」

 小松の言葉に、余計に恥ずかしくなる。

 ゆきが、真っ赤になると、小松は益々楽しそうだった。

「だけど、雛祭りは良いものだね。親子の絆が感じられる」

 小松はフッと穏やかな笑みを浮かべる。

「私たちも君のご両親と君のような親子関係を作ることが出来たら良いね」

「はい」

「まあ……、そんなに遠い未来では無さそうなんだけれどね……」

 フッと甘い笑みを浮かべると、ゆきを意味ありげに見つめる。

 ほんとうにそんなに遠い未来ではないのだ。

 後三月もすれば、小松ゆきになるのだ。

 今までは、そんな実感が全く湧かなかったのに、今は、ありありと実感する。

「そうですね。私が娘としての気持ちで、雛祭りを迎えられるのは、これが最後なんですね。次はきっと、お母さんの気持ちに近くなるかもしれないですね」

 少しずつ、少しずつ、親になってゆく。

 ゆきはそんな確実な歩みがあるのだと、思わずにはいられない。

「そうだね。私も、今までは、雛祭りや端午の節句に、特に思い入れはなかった。まあ、子供がいないから、当然、なんだけれどね」

 小松は苦笑いを浮かべる。

「だけど、今は、とても大切なものなんだということが、分かるよ。私にとっても大切になった。それは、君を妻に貰う男の心境として、いずれは生まれる子供の父親として……、かもしれないね」

 小松の言葉を聞きながら、ゆきは、節句の重要性を感じずにはいられない。こんなにも、強い想いを抱くことなんて、今までなかったのだから。

「とても大切な雛祭りの時間を、君のご両親から譲って頂いたのだから、精一杯、楽しもうか」

「はい!」

 ゆきは笑顔で返事をすると、小松の手をしっかりと握り返した。

 

 ふたりで春先の街を歩く。

 三月に入ると、街の雰囲気がパステルカラーになる。

 歩いているだけで、うきうきと素敵な気持ちになるのが、不思議だ。

 ふと、雛人形が飾られているディスプレイに視線を向ける。

 雛祭りの話をしていたからだろうか。つい、雛人形に目がいく。

 今までなら、こんな雛人形が欲しいといった視点で見ていたが、今は違う。

 今は、子供が出来たら、こんな雛人形を贈りたいといった気持ちになった。

「どうしたの?雛人形ばかりを見て。雛人形を見に行く?」

「子供が出来たら、こんな雛人形が良いなあって、思っていました。何だか、視線が変わっちゃいましたね?」

 ゆきは、すっかり小さな女の子の母親のような気分で、苦笑いをする。

「そうだね」

「私が使っていた雛人形を引き継がせるのが一番良いんだろうなって、そんなことまで考えてしまいました」

「だったら、早く、子供を作らなければ……、ね?」

 小松に意味ありげに甘く微笑まれて、ゆきは思わずその顔を見上げる。

 小松はゆきの手をギュッと握り締める。

「今からなら、間に合うよ。来年の初節句……」

 小松は艶やかな声で囁くと、「今夜は覚悟をして」と、付け加えた。

 その甘やかな声と仕草に、ゆきは身体を震わせる。

 そのままとろとろに溶けるような甘さを感じながら、小松とのとっておきのデートを続けた。




 マエ