*初節句*


「ご家老の初めてのお子様ですからね!はりきってお祝いを申し上げないと!」

 娘の初節句に、小松家は大騒ぎになっている。

 ゆきが、小松と生きていくと決めてからおよそ一年、ふたりの間に、女の子が産まれた。

 ギリギリに雛祭りに間に合ったこともあり、立派な雛人形が用意された。

 ゆきは、娘も自分も、なんて幸せなのだろうかと思う。

 腕のなかにまだまだ小さい娘を抱きながら、ゆきは穏やかな幸せを感じる。

 小松と生きる道を選んで良かったと、ゆきは思わずにはいられなかった。

 小松は、ゆきにかなり良くしてくれている。感謝してもしきれないほどだ。

「帯刀さん、立派な雛人形を有り難うございます」

 ゆきは、小松に笑顔で礼を言うと同時に、嬉しくて泣きそうにもなる。

「当然でしょ?君と私の大切な娘なんだからね」

 小松は娘を溺愛してくれている。とても可愛がり、子煩悩だ。

 小松の世継ぎとなる男子が期待されているのは、ゆきにも分かってはいたが、産まれたのは女の子だった。 

 だが、女の子でも、小松の喜びはかなりのもので、娘はかなり甘やかされて育つのではないかと、ゆきが危惧をしてしまうほどだ。

 親になって、初めて迎える雛祭り。

「ご家老はいつまでも、雛人形を飾っていたいと思われるでしょうね。お姫様を大変可愛がっていらっしゃいますから」

 ゆきを支えてくれている、奥女中が、しみじみと呟いた。

「いつまでもこの子に見せてあげたいと、おっしゃりそうです」

「そうですね。それに雛人形は長く飾っておくと、婚期が遅れると言いますからね。お姫様を、いつまでもお手元においておきたいと、思われるかもしれないですね。あの、溺愛ぶりですと」

 くすりと女中は笑う。

 確かに。そう思われてもしょうがないことを小松はしている。

 小松の娘の可愛がりようは、部下たちの話題にすらあがっているようだった。

「奥さまとの間のお子様だからでしょうね。それぐらい、ご家老は奥方様を愛していらっしゃいますから」

 微笑ましいと言わんばかりに言う女中に、ゆきは耳まで真っ赤にしてしまった。

「ですが、本当に、旦那様なら、雛人形を一年中飾っておしまいになりそうですね」

「そうですね」

 小松ならやりかねないと、ゆきは思う。

 それぐらいに娘のことを心配している。家老職ともなると、家の力を高めるために、娘を有力者に嫁に出すのも少なくない。

 小松は、今から、そんなことは絶対にしないと、豪語している。それぐらいに娘を思ってくれている。

「だけど、あなたは幸せね。お父様にこんなにも愛されているんだから。このお雛様も、あなたのために用意して下さったのよ」

 フッと笑いかけると、娘が幸せそうに笑ったような気がした。

 とても可愛くて、ゆきは思わず目を細める。

「君たちはお雛様を楽しんでいるようだね」

 小松が静かに部屋に入ってきた。

「帯刀さん」

 ゆきが声をかけると、小松は娘に寄り添ってきた。

「ご機嫌如何かな?私の大切なお姫様は」

 小松は真っ先に娘に声をかけてくる。

 ゆきはほんのりと娘に嫉妬をしてしまう。

 何だか、娘を一番にされて拗ねてしまいそうだ。

 だが、これはあくまで、ほんのり拗ねる甘い感情でもある。

「帯刀さんは、娘ばっかり」

「ご機嫌を悪くしてしまったかな?私の奥方様は」

 小松はくすりと笑いながら、ゆきと娘ごと、ギュッと抱き締めてくる。

 奥女中は、小松が妻子を溺愛していることを知っているからか、いつのまにか姿を消していた。このあたりの配慮は感謝している。

「一人娘ですから、かなり溺愛されていますね?」

「いや、私はこの子を一人娘にする気はないよ。兄弟に囲まれるのが一番だと思っているけれどね」

 小松は官能的な眼差しを、ためらうことなく、真っ直ぐ向けてくる。

 真っ直ぐ見つめられると、ゆきは、小松の眼差しに捕らえられた。

「勿論、君は協力してくれるよね?私の子供の母親は、君しかいないのだからね」

 フッと甘く微笑まれて、ゆきははにかんでしまう。

 子供まで為したのだから、恥ずかしがる必要なんてないかもしれないが。まだまだ馴れなかった。

「君は本当に可愛いね。それに、私が一番大事なのは君だから、それは覚えておいて」

「……はい……」

 ゆきが、娘に対して嫉妬をしていたことを、ちゃんと気付いていたのだ。

 バレていたのが、かなり恥ずかしかった。

「立派な雛人形ですね。何だか、私まで楽しくなってしまいます」

 ゆきは娘の雛人形を眺めて、ついうっとりとしてしまった。

「雛人形は、女の子にとっては大切なものですから、きっと、分かるようになったら、この子もかなり喜ぶでしょうね」

「そうだと嬉しいね。君もそう思っていた?」

「はい。雛祭りは大好きでしたよ。本当に幸せな気持ちでした。家族と一緒に祝って、楽しかったですよ」

 思い出すと今はただ懐かしい。そして、母になった今は、娘にも同じような時間を過ごして欲しいと思う。そのためには、どのようなことが出来るのだろうかと、ゆきは考える。

「そう……」

 小松はどこか切なそうに見ている。

 恐らく、ゆきは寂しいと思っていると感じているからだろう。そのようなことは、一ミリもないというのに。

「何だか懐かしいです。私が祝って貰ったような雛祭りを、この子にも経験させたいと思います。今、こうしていると、それ以上の雛祭りを経験しそうですけれど」

 ゆきはくすりと笑いながら、腕の中にいる娘を見つめた。

「そんなことを考えていたの?」

「はい。私も母親になったんだなって、しみじみと思いましたよ」

「そうだね。君は、今や、とても立派なお母さんになったね。それは私も思うよ。君はかなり良いお母さんになった」

「有り難うございます」

 ゆきは嬉しくて、つい笑顔になる。

 小松に認められるのが、何よりも嬉しかった。

「しかし、君は、この雛人形がかなり好きなようだね」

「いつまで経っても見ていたいぐらいに素敵です」

 本当に何度見ても飽きないと、ゆきはしみじみと思った。

「ずっと雛人形を出しておきたい勢いだね」

「そうしたいのは……、ダメです。この子に怒られてしまいます」

 ゆきはキッパリと言い切り、娘を見た。

「どうして?」

「だって、婚期が遅れると言うでしょ?長く出していると……」

「なるほど。だったら、私は長く出しておきたいかな」

「それは母親として複雑です」

「そうだね」

 ふたりは顔を見合わせて、微笑みあう。

 雛祭りと共に、小松家にも温かな春がやってきた。




 マエ