*紅葉の季節*


 朝晩、随分と冷え込み始め、いよいよ街の木々も染まり始めている。

 それがとても穏やかな鮮やかさで、ゆきの目に写る。

 小松と二人で、のんびりと紅葉する町を散策したい。

 手を繋いで、落葉を踏みしめながら歩くだけでもロマンティックに思えるのは、小松と一緒にいられるからだと、ゆきは思う。

 甘いロマンティックに、ゆきの心は華やいだものになる。

 勿論、小松が時間が取れればの話だが、あいにくかなり多忙な小松には難しい。

 せめて、街を歩くだけでも良いのにと、ゆきは思わずにはいられなかった。

 

 小松の会社に呼び出されて、ゆきはそこに向かう。

 メールや電話のやりとりはあるのだが、なかなかふたりで逢うことが、ここ最近はなかった。

 ゆきはスキップしたくなるぐらいに楽しいと思いながら、小松の会社へと向かった。

 小松がこうして時間を取ってくれるのは嬉しい。

 たが、身体を壊すほど働いている小松が心配で、自会う時間も、休息に当ててほしいと思った。

 ふたりで休息を取るのも良いかもしれないと、ゆきは思った。

 本当に休みを取って貰いたい。

 自由に休みなんて取れない立場だということは、ゆきにも分かっている。

 ゆきは小松が心配でならなかった。

 

 幾つかのセキュリティを通って、小松のいるCEO室に向かう。

「帯刀さん、ゆきです」

「どうぞ、入って」

 小松の声は張りがあり、元気そうに聞こえる。声は元気だが、体調はどうなのだろうかと心配しながら、ゆきはCEO室に入った。

 小松は、まだパソコンに向かって仕事をしていた。

「少し待っていて。すぐに仕事は終わるから」

「はい」

 小松はちらりとゆきを見た後、再び仕事に集中している。

 小松が仕事をしている様子を見るのは、とても好きだ。

 だが、本当に疲れていないか心配してしまう。

 小松に声をかけることも戸惑われるまま、ゆきはCEO室のソファに腰をちょこんと掛けた。

 小松が、ゆきとの時間を作るために、本当に頑張っているのが分かる。

 嬉しい気遣いが、ゆきにとっては幸せだった。

 このひとと一緒になれて良かったと、思わずにはいられなかった。

 ゆきは、小松を見つめながら、こうしているだけでもとても幸せであることに気付く。

 小松のそばにいて、小松の顔を見ているだけで幸せ。

 そう考えると、小松病の末期なのではないかと思う。一生、この状態が続くのではないかと、ゆきはついつい考えた。

 小松のそばにいるという事実だけが、ゆきを幸せにしてくれる。

 本当に幸せで、過ぎ行く時間をついつい忘れそうになってしまう。それぐらい幸せで穏やかな時間を作ることが出来た。

「ゆき、お待たせしたね。仕事はこれで完了だよ」

 小松がパソコンを閉じる音が聞こえ、ゆきは顔をあげた。

 小松が仕事を終えたのは、ゆきが会社に来てから、実に二時間以上経過していた。

 その事実を時計で確認するなり、小松は申し訳なさそうな顔をした。

「直ぐに終わると言いながら、二時間以上も君を放っていたんだね。申し訳ない」

「大丈夫ですよ。気にされないで下さい」

 ゆきは笑みすら浮かべてしまう。ただ小松と一緒にいるだけで幸せだから、これでも良かった。

「帯刀さんがお仕事をされている様子を見るのが、とても幸せですから」

 素直にゆきは自分の気持ちを伝える。途端に、小松に強く抱き締められた。

「君はどうしようもない子だね」

 小松の声に艶と深みが増す。どこか余裕のなさすら感じられる声だ。

「え、あ、あの」

 余りにも突然、抱き締められたものだから、ゆきは戸惑わずにはいられない。

「少し君をチャージさせて。じっと、このままで」

「はい……」

 ゆきは小松に抱き締められたままじっとする。 自らも愛するひとの身体をしっかりと抱き締めた。

 こうしていると、ゆきは、自分自身も小松をたっぷりチャージ出来ると思った。

 心の奥がほわほわと温かい。

 なんてほっこりするのだろうか。

 ゆきも、小松を抱き締めて、暫く、じっとしていた。

 どれほど抱き合っていただろうか。

 小松は静かにゆきから離れた。

 小松が離れてしまうと、ゆきはなんとも言えない寂しさを覚えた。

「有り難う、随分と癒されたよ」

 ふと小松の顔を見ると、随分と顔色が悪かった。ゆきは心配になりすぎて、ついその眼差しを見つめてしまう。

「帯刀さん、随分と顔色が悪いですよ。本当に大丈夫ですか?少しお休みになった方が良いのではないですか?」

 ゆきは心配のあまりについ声をかけた。

「折角、君に会えたから色々とやりたいこともあるし、きみもあるでしょ?」

 小松の言葉に、ゆきは頷きたくなる。

 だが、小松の体調が何よりも大事だと、ゆきは思った。

「帯刀さんの体調が何よりも大切ですよ」

 ゆきはそれだけを言うと、小松を見た。

「私になにか出来ることはありませんか?」

 ゆきが真剣に大真面目に申し出ると、小松はそっと微笑んだ。

「そうだね。膝枕をしてくれないかな?少しだけ、ソファで仮眠を取りたい」

「分かりました」

 ゆきは頷き、ソファの端にゆっくりと腰を下ろした。

 小松は幸せそうな笑みを浮かべると、ゆきの膝の上に頭を乗せ、ソファに横たわった。

「有り難う、ゆき……」

 小松は柔らかく呟くと、そのまま目を閉じた。

 静かに眠る小松を見つめながら、ゆきはほわほわとした幸せを感じていた。

 ふたりで逢うときは、こうして支えあうのが醍醐味なのだ。

 ゆきは、恋人たちの理想的な過ごし方と思った。

 

「有り難う、ゆき。今度は君の要望を聞くよ。何がしたいの?」

 小松は起き上がりながら、ゆきに訊いてくれた。

「落ち葉の敷き詰めた道を、帯刀さんと歩きたい」

 ゆきの言葉に、小松は薄く笑う。

「そんなんで良いの?だったら、いつでも叶えてあげるよ……」

 小松は眩しそうな笑みを浮かべると、お安いご用だとばかりに頷いてくれた。

「落ち葉か。紅葉デートも良いのかもしれないね」

 小松はくすりと笑うと、頷いた。

 ロマンティックなんてどこでも落ちている。

「さあ、行こうか。落葉デート」

 小松は暖かな微笑みを浮かべながら、ゆきの手をそっと取ってくれた。

 小松と手を繋げば、手袋なんて必要ない。それだけで幸せになれるぐらいに温かいのだから。

 ふたりはようやく会社を出る支度をした。


 モドル ツギ