*もっとも寒い日*


 一年で一番寒い時期に、恋人が恋しくなるというのは、至極、あたりまえのこと。

 やはり、最高の温もりが欲しいと思ってしまう。

 最高の温もり。

 それは恋人を思いきり抱き締めること。

 あの華奢なのに、温かくて柔らかい温もりをこの腕で思いきり抱き締められたら、こんなにも素晴らしいことはないのにと、小松は思う。

 年が明けてからというもの、かなり仕事が立て込んでいたせいで、ゆきとはほとんど会えない自体になっていた。

 それは小松にとっては、厳しい現実に他ならない。

 愛する者との未来を切り開くために、この時空にやってきたと言うのに、いまや以前以上のワーカーホリックになってしまっている。

 これは小松にとっては、かなり痛い事実に他ならなかった。

 恋人を、ゆきを思いきり強く抱き締めたい。

 その温もりを抱き締めたい。

 ゆきを抱き締めることが出来るだけで、何よりも幸せで、心も身体も温まるのだから。

 抱き締めたい。ゆきを。

 だからといって、仕事を投げ出して、そうすることが出来ないのが、辛いところではある。

 社員たちを路頭に迷わせたり、会社の信頼を失うことは、出来ないからだ。

 そのためには、山積みになっている仕事を、少しでも片付けてしまわなければならないと、小松は思う。

 そのせいか、家には帰らずに、会社に住んでいるといっても、過言ではなかった。

 自宅に帰る時間がもったいなかった。

 会社に住むといっても、快適な暮らしはある程度保証されている。

 ベッドはあるし、オーディオ機器や、小さいながらもバスルームとキッチンは完備されている。

 単身者ならば、充分に住める環境が整っている。

 しかも、衣類も洗濯をしなくても一週間ほどは大丈夫なストックがある。

 飼っている猫も連れてきているので、何も心配することはないのだ。

 だが、ひとつ足りない。

 ゆきだ。

 ゆきがいないのが、小松には痛い。

 そして、あくまでも仕事場であるから、安らぎが全く得られないという苦しさもあった。

 せめて隣にゆきがいてくれたら、安らぎを得ることが出来るのにと、小松は思わずにはいられなかった。

 

 都会には珍しく、かなりの雪が降ってきている。

 小松は窓から見える空を見つめながら、ため息を吐いた。

 明日は確実にかなり積もるだろう。

 交通機関が麻痺するのは、容易に想像することが出来た。

 このまま会社に寝泊まりをして正解だろう。

 今日は休日だが、小松は相変わらず熱心に仕事を続けていた。

 傍らにいる猫だけが慰めだ。

 猫は、寒さなど全く知らずに、のうのうと眠っている。

 ただ、お気に入りのこたつがないことが、不満のようだった。

 だが、猫がそこにいてくれるのが、小松には嬉しかった。

 不意に携帯電話が鳴る。

 着信音で分かる。

 ゆきだ。

「もしもし」

「帯刀さん、ゆきです。会社の前に来ています。下りて来られますか?」

 携帯電話を通して聴こえるゆきの声がとても無機質に感じる。

 会ってゆきの声が聴きたい。

 聴きたくてしょうがない。

 小松は、直ぐに会いたくなる。

「分かった。直ぐに下に降りるよ」

「有り難うございます」

 小松は携帯電話を切って、直ぐにゆきのところに向かう。

 ゆきに会いたくて、会いたくて堪らない。

 本当は、こちらが、会いに来てくれて有り難うと言わなければ、ならない。

 小松は急いでエントランスに向かい、ゆきを迎えにいった。

「お待たせしたね」

 小松がドアを開けると、ゆきの笑顔がある。

「有り難うございます、帯刀さん」

 ゆきの笑顔を見つめるだけで、ほわほわと温かい気持ちになった。

「さあ、寒いから入って。セキュリティを、かけなくてはならないからね」

「お邪魔だったら帰りますよ。温かな差し入れを持ってきただけですから」

「有り難う。だけど、出来たら帰って欲しくはないかな。暫く、一緒にいて欲しい」

「はい。喜んで!」

 ゆきは本当に嬉しそうにしている。それが小松には何よりも嬉しかった。

 

 ゆきを伴って、仕事部屋へと向かう。

 それだけで、幸せな気持ちになる。

「平田殿をつれてきているよ」

「本当ですか!嬉しいです!」

 ゆきはつい笑顔になる。

 猫の平田殿も、よくゆきになついている。ひとりと一匹で、小松を幸せにしてくれていた。

 ゆきとふたりで仕事部屋に入ると、平田殿が喉を鳴らしながらかけてきた。

 なんて可愛いのだろうかと、ゆきは思わずにはいられないようで、直ぐ様平田殿を抱き上げた。

「こんにちは、平田さん」

 ゆきと平田殿と一緒にいるだけで、ぽかぽかと温かくなる。ほわほわとして、とても気持ちが良かった。

 温かくて完璧な気がする。

 つい笑顔になった。

「私は仕事をするけれど、ゆき、君は平田殿と遊んでいて」

「はい。夕御飯の時間になったら、陣中見舞いを温めますね」

「有り難う、ゆき」

 小松はつい笑顔になる。

 ゆきがいるだけで、まるで春が来たような気分になる。大寒信じられない。

 小松は、いつもよりも仕事が楽しく、かつ能率も上がる。

 これには自分でも驚く。

 やはり、ゆきは、誰よりも小松にやる気をくれるのだ。

 小松が仕事に集中しているのに気遣ってか、ゆきは静かに猫と遊んでいる。

 ゆきがいて、猫がいる。

 それだけで小松は幸せだった。

 

 かなり仕事に集中出来た。

 いつのまにか、殆どの業務が終わっていた。

 小さなキッチンからは、温かで良い匂いがして、猫がご機嫌そうに喉を鳴らしている。

「帯刀さん、お仕事はいかがですか?」

「目処がついたよ。有り難う」

「それは良かったです」

 ゆきは嬉しそうに言うと、小松を柔らかな眼差しで見つめた。

「和風のロール白菜と、野菜たっぷりの豚汁の暖め直しが終わりましたよ。ご飯も炊けて、お漬け物も切りました。ちゃんと栄養は取って下さいね」

 ゆきの言葉にほんのり面目なさを覚えてしまう。

「有り難う、ゆき」

「ご飯を食べたら、帰りますね」

 ゆきは、小松を気遣ってくれているのだろう。

 だが、小松としては、ゆきには帰って欲しくはなかった。

「食事が終わったらゆっくりしよう。私は君を帰したくはないけれど」

 小松の言葉に、ゆきは頬をほんのりと紅くさせた。

「嬉しいです。私も帯刀さんと一緒にいたいですから」

 ゆきの言葉は本当に嬉しい。

 ふたりは一緒に食卓を囲む。

 傍らには猫もいる。

 素晴らしき団欒の時間。

 大寒の時期であるのに、小松には一足早く春がやって来た。

 温かで心がこもった食事をする。

「帯刀さん、もうすぐ節分ですね」

「そうだね。暦の上ではもうすぐ春だね」

 春。

 ゆきや愛猫がいれば、小松はいつでも素晴らしき温かな日々になると思った。




マエ