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立春。 その言葉の響きで、今日から温かいのではないかと、ゆきは一瞬、思ってしまう。 だが、実際には一番寒い時期で、布団からは出たくないと思ってしまう。 こんなに寒いなんて、正直言って、くらくらしてしまう。 しかも、愛するひとと一緒に布団のなかで温もりを共有していると、余計にそう思うのだ。 隣には愛するひと。 こうしてふたりで温まっていると、本当に気持ちが良かった。 だから、外は極寒であったとしても、ゆきにとっては、今、春の中にいるのと同じだった。 とても温かくて、気持ちが良い。 ゆきは春の日差しの中にいるような、幸福を感じていた。 ゆきがじっと小松の顔を見つめていると、ゆっくりとその瞳が開いた。 瞳が開いた瞬間、小松の瞳はゆきだけを映してくれている。 最初に自分を瞳に宿してくれているのは、本当に嬉しい。 きっと、白雪姫やオーロラ姫の目覚めを見つめた王子様は、このような幸せな気持ちだったのだろう。 ゆきは至福の瞬間だと、思わずにはいられなかった。 「……おはよう、起きてたの?」 「はい。起きていました」 ゆきは幸せな気分で、つい笑顔を向ける。 「朝から良い笑顔だね……」 「幸せな気分なので」 ゆきが笑うと、小松はさっと腕を伸ばして抱き締めてきた。 力強く抱き締められると、息が出来ないぐらいに幸せな気分になる。 「どうして幸せなの?」 小松は寝起きのせいか、甘くて艶やかな声で呟く。甘くてロマンティックな声に、ゆきは全身が蜂蜜のように満たされた気持ちになった。 「こうして、寒い朝に、帯刀さんと一緒に温もりを共有出来るのが嬉しいです」 「私も君の温もりは心地が良いと思っているよ。温かいね、本当に。外は物凄く寒いのにね」 「そうですね」 ゆきは小松の温もりを更に得るために、そっと抱きついてしまう。 「立春だというのに、本当に寒いね」 「そうですね。日差しは随分と春色になっているんですけれど、まだまだ寒いです。確実に春は近いんでしょうけれど……」 「そうだね。ね、知っている?立春からが、新しい年の運気になるっていうの」 「へえ。そうなんですか」 ゆきは初めて聞くことに、興味深く耳を傾ける。 「だから、風水だとかの世界では、新しい運気だよ」 ゆきはより幸せな運気になれば良いのに、思わずにはいられなかった。 「だったら、更に幸せなことが、引き寄せられるのかもしれないですね」 「そうだね。私たちにとっても、更に幸せな何かがやって来るかもしれないからね」 「そうですね」 「本当の意味での新しい年の始まりだということだよ」 「何だかわくわくしてきますよ」 何だか、本当に幸せな気分になるのが嬉しい。 「先ず、幸先は良いということかな?今はこうして、君と一緒にいられるのだからね」 「勿論、私もそう思います」 ゆきは、小松と同じ暖かなものを共有出来るのが幸せで、ごくごく素直に甘えた。 すると、小松はいきなり組み敷いてくると、ゆきの唇を深く奪ってきた。 朝からの濃密過ぎる口づけに、ゆきは息が出来ないぐらいに奪われる。 甘くてそして官能とロマンティックな気持ちが沸き上がってくる。 深い、深いキスを何度もされて、ゆきはついに溺れてしまう。 小松にしっかりと抱き締めて貰っているから、その想いに応えるように抱き着いた。 するとそのまま、情熱的な世界へと誘われてしまう。 「……た、帯刀さんっ!?」 朝からだとどうしても戸惑ってしまうが、小松にとってはそのようなことは、お構いなしのようだ。 焦るゆきに、小松は全く冷静だった。 「昨日は散々君を疲れさせたと思ったけれど、やっぱり、これでは足りないようだね。……ま、私も足りないんだけれどね……」 小松はくすりと笑いながら、ゆきの身体をまさぐって行く。 こうなると、ゆきはもう抵抗することは出来ない。 「早起きしたご褒美か、罰か……。あ、ご褒美だね、これは」 小松はあくまで楽しそうに囁いてくる。 こんなご褒美なんてあるはずがないとゆきは想いながらも、やはり身を委ねてしまうのは、ご褒美なのかと思っているのかもしれない。 「……ゆき。新しい年が、本当の意味で始まるからね。その始まりには、相応しいでしょ?」 小松のイジワルで甘い言葉に、ゆきは降参するしかない。 そのまま甘くて、情熱的な時間を共有することになった。 立春の朝に、愛するひとと一緒に過ごせるというのは、本当に幸せなことなのだということを、ゆきは実感する。 それが例え、甘い疲れとだるさに満たされていたとしてもだ。 甘いだるさは気だるいが、だが、幸せが満ち溢れている証拠なのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。 温かで幸せな気分だ。 小松と一緒に朝御飯を食べる。 今朝は和食の定番である、だし巻き、味噌汁、鮭に、ひじきの煮物。 ゆきは向い合わせで食事をするのが、ほんの少しだけ恥ずかしい。 ドキドキしてしまうのは、先ほど愛された記憶が鮮明だからかもしれない。 ゆきはまともに小松を見つめることが出来なくて、ついチラチラと見つめてしまう。 「どうしたの?」 「な、なんでもありません」 小松に見つめられるだけでドキドキしてしまい、ゆきは御飯を喉に詰まらせてしまう。 「ゆき、慌てないの。ほら、御飯がついているよ」 小松はまるで子供にするように、ゆきの唇から御飯粒を取る。 恥ずかしくて、ゆきは更に真っ赤になってしまった。 「そんなに赤くならないの。君は本当に可愛いね」 小松が艶やかに微笑むものだから、更に恥ずかしくなってしまう。 「……子供だと思っていますか?」 「いや。子供だと思っていたら、君にあんなことをするわけがないでしょ」 小松はさらりと何でもないことのように言うが、ゆきは恥ずかしくて堪らなくなる。 「私は君を近々妻にするつもりだからね。立春だし、新しい気が流れる日に、きちんと伝えておかなければね」 「は、はい」 いきなりプロポーズされてしまい、ゆきの心臓はドキドキし過ぎて止まらなくなった。 「ちゃんと正式にするから、待っていて」 小松は真摯な眼差しをゆきに真っ直ぐ向けてくれる。 「はい」 明るく幸せが似合う季節がやってきた。 春の始まりに、ゆきの本当の春も始まる。 幸せに向かって。
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