*京の桜*

前編


 やはり、京都で花見がしたい。

 桜の季節に、京都で花見が出来るなんて、それだけで贅沢なこと。

 それだけの想いで、京都旅行を計画した。

 だが、相手は、自然であるから、なかなか上手くはいかないのは、分かっている。

 結局、満月の夜に、その雰囲気を楽しもうということになり、満月の夜の宿泊予約を頼んだ。

 それが上手くいき、桜が一番麗しい時期に、京都旅行に行くことが出来た。

 これはもう、奇跡としか思えない。

 本当に上手くいって良かったと、ゆきは思う。

 新幹線に乗り込んだ時から、ゆきはかなりテンションを上げていた。

 うきうきし過ぎている。

「今日は下鴨神社からスタートだね。久し振りに、連理の榊が見られるのが、私はとても楽しみだけれど」

「私もです」

 当然のことながら、小松はゆきほどは、うきうきしてはいない。

 だが、何処か弾んでいるようにも見えた。

 ふたりきりの旅。

 ふたりきりの花見。

 そして、その場所が京都なのだから、自然とテンションがあがるというものだ。

 新幹線から見える富士山も、まだ雪を被っていて、とても綺麗だし、その上、新幹線というのは、旅の気分を盛り上げてくれる。

 それもまた、ゆきには楽しいことだった。

 巨大な太陽光パネルも通りすぎて、いよいよ京都だ。

 東寺が見えると、いよいよ京都に来たと実感した。

「駅からはレンタカーを頼んでいるから、先ずは下鴨神社に行こうか」

「はい」

 小松は相変わらず用意周到だ。

 ゆきが、京都到着で興奮している間も、テキパキと行動していた。

 新幹線を降りて、小松は車を借りに行く。

 やはり、普段と同じハイブリッドカー。

 ドライブがてら、車で京都に来ても良かったのだが、それだと時間がかかりすぎるため、新幹線になった。

 小松は車を借りると、カーナビを確認する。

「ゆき、途中で、五条あたりで寄りたいところがあるのだけれど、構わない?」

「はい」

「有り難う」

 小松は車をゆっくりと出す。

 駅から五条方面に向かって走り出した。

「五条って、帯刀さんが住んでいたところに近いですよね?」

「ご名答。私の自宅があった跡を見ておきたいと思ってね。薩摩藩邸の跡は大学になっているそうだよ」

「それだけ広いってことですよね」

「まあ、そういうことだね。贅沢なことをしていたんだろうね。私たちは」

 小松は何処か懐かしそうに目をスッと細めた。

 五条付近に入ると、小松は車を簡易パーキングに入れた。

「この近くに行きたい場所があるんだ」

 小松はゆきの手をしっかり握り締めると、歩いてゆく。

 歩いていると、記念碑を見つけた。

「ここが、私の屋敷があったとされる場所」

 石で出来た記念碑を、小松はそっと指でなぞる。

「この世界と私の世界は違いはあるかもしれないね……」

「そうですね……」

 ゆきもしんみりとしながら、呟く。

「だけど正確かな。この辺りだったのは、確かだよ。今は夢のあとのようだけれど」

「そうですね……」

 この場所で薩長同盟が結ばれたのだ。すべてが夢のあとだ。今となっては。

「連理の榊を見に行こうか」

「出町ふたばに寄って下さいね。桜餅や豆餅が食べたいですから」

「はい、はい。君は色気よりも食い気だね」

 小松はくすりと笑うと、ゆきの手をしっかりと握り締めた。

 

 桜の季節の京都は、かなりの賑わいだ。わざと平日にして良かったと、思わずにはいられない。

 小松が二週間、不休で働き、手に入れた休みなのだ。本当に有り難い。

 家老の頃よりも休みやすいと、小松は笑っていたぐらいだ。

 鴨川べりは見事に桜が咲いている。

 春特有の優しい光に輝く桜の花は、宝石以上に美しい。ゆきは、つい見惚れてしまう。

 こんなにも麗しい光景はないと思った。

 車は下鴨神社近くの有名料理店の駐車場に入る。

 昼食の予約をしているため、スムーズに車を停められた。

「この店と同じ店が、私の世界にもあったからね。つい、懐かしいと思ってね」

 歴史が重い料理店。

 全く同じ世界でないことは分かってはいる。だが、共通のものを見つけると嬉しいのだろう。

「糺の森に行こうか」

「はい」

 小松と手を繋いで、下鴨神社へと続く、神秘的な森に入る。

 昼間にも関わらず、薄暗い。

 だが、それは不気味ではなく、清らかで落ち着いた暗さに思えた。

 ゆきはじっくりと森を堪能しながら、幸せな気分に浸る。

 それはふわふわとした幸せではなく、地に足をつけたしっかりとした幸せだ。

 小松とふたりで掴んだ、かけがえのない幸せ。

 地に足をしっかりとつけているから、多少のことでは崩れない、かけがえのない幸せ。

 ゆきは、自分達の幸せを、ようやくしっかりと掴めたような、気がした。

 空気も清らかで、深呼吸をするだけで、全身が澄んでくる。

 お互いに何も話さなくても、ただ共にいることを感じられる空間だった。

 糺の森を抜けて、連理の榊が祀られている小さな祠に来る。

「お祈りをしようか。しっかりね」

「はい」

 ゆきは、ひとつの幹から分かれた、立派で神々しい連理の榊を見つめる。

 小松とも、ずっとこうしていたい。

 小松がゆきにとっての連理の榊。

 これ以上素晴らしいひとはいない。

 ひとつの幹から分かれたふたりだから、朽ちる時も一緒でいたい。

 この連理の榊と同じように、ふたり一緒にいられたらと、強く思った。

 小松とふたりで祈る。

 心を重ねて祈るのは同じこと。

 お互いに朽ちるまで一緒にいたい。

 ただそれだけなのだ。

 互いに一緒にいたい。

 それしかない。

 祈り終わると、ふたりはお互いに笑顔で顔を見合わせた。

「目的は達成出来たかな?」

「はい」

「また、連理の榊を見に来よう。毎年でも」

「はい」

 

 ふたりは、下鴨神社でお参りをした後、料亭に立ち寄り、京都らしい食事をする。

 とても あっさりしていて、品のある、京都ならではの食事だった。

 ゆきは、京都らしい食事を堪能して、とても満足した。

「円山公園でぶらぶらとした後、錦市場にでも行こうか。今夜の宿は、嵐山だからね」

「はい。凄く楽しみです」

 再び車に乗り込むと、市街地に向かって走り出す。

 楽しみにしていた、豆餅と桜餅も買い込み、快適なドライブだ。

 桜の季節に愛するひとと過ごす京都の町はロマンティックで、今度はふわふわとした幸せを堪能した。

 




 モクジ ツギ