*京の桜*

後編


 円山公園の見事な桜に感嘆の声をあげ、祇園の小路を歩いてロマンスに浸る。

 祇園の石畳は、甘いロマンスを想定するにはぴったりすぎるロマンティックさだ。

 小松は懐かしそうに、祇園の小路を見つめていた。

「舞妓体験ですって」

「舞妓体験ね……。君はしたいの?」

 小松は、少しだけ不快そうな表情をする。

 気に入らないのだろう。

「複雑だね。君の舞妓姿を見たいような、見たくないような。似合うのは、分かっているけれどね」

 小松は苦笑する。

「少しだけ、良いですか?」

「しょうがないね。少しだけだよ」

 小松は諦めるように溜め息を吐いた。

「ただし、出歩きは禁止だからね」

「はい」

 小松がどうしてそこまで言うのかは分からなかったが、憧れの格好が出来る嬉しさに、ゆきは勝てなかった。

 

 流石は、観光の一環として行っていることもあり、舞妓のコスチュームには、スムーズに着替えられた。

 メイクも一気にしてくれたので、あっという間に舞妓になってしまった。

「帯刀さん、出来ました」

 ゆきが舞妓姿で、小松の前に出た。

 すると、小松は、一瞬、目をスッと細めて、神経質にゆきを見つめてくる。

「帯刀さん、この界隈だけで良いから、一緒に歩いて頂けないですか?」

 ゆきは懇願する。

 小松が渋っているのは、明らかだった。

 だが、直ぐに、その手を握り締めてくれる。

 ゆきはその手の力の強さに、鼓動を速めてしまう。

 緊張し過ぎて、息が出来ない。

 小松の姿を見ると、ときめかずには、いられない。

「しょうがないね。少しだけだよ」

 小松は、絶対にゆきを離さないとばかりに、手を思いきり握り締めてきた。

 そのまま店を出て、祇園の小路を歩く。

 誰もが振り返り、恥ずかしくてしょうがない。

「……何だか恥ずかしいです……」

「……だろうね」

 小松は、くすりと笑う。

「だけど、ジロジロと君を見る男がいるのは、気に入らないね」

 小松は吐き捨てるように言うと、ゆきの腰をしっかしと抱く。

「帯刀さんっ!?」

「こうでもしないと、君が私のものだということが、分からない男たちがいるからね。だから、こんな格好をさせるのは、嫌だったんだよ」

 小松は、うっすらと目の周りを紅くさせる。

 嫉妬してくれていたのだ。

 それが嬉しい。

「私は帯刀さんだけですよ」

「有り難う。それはとても嬉しい」

「桜の花の下で、帯刀さんと一緒に舞妓の格好をして、歩けるのが、何よりも嬉しいんです」

「君もかわっているね」

 小松は、苦笑いを浮かべると、ゆきを見つめた。

 桜の下で、小松と一緒に写真を取って貰う。

 この写真が、一生の宝物になる。

 いつか、子供に見せたい。

 春の素敵な思い出を語るのだ。

 ゆきはくすぐったい想像に、つい笑顔になった。

「良い思い出になりました。とても幸せですよ、帯刀さん」

「そう。それは良かった。少し散策をしたら、嵐山に向かおうか」

「はい」

 ふたりで手を繋いで、暫く、春の幸せを実感していた。

 

 嵐山の宿に着いたのは、月が美しくて照る時間だった。

 離れに通されて、月と桜を愛でながらの夕食となる。

 疲れを癒すために、先に温泉に入った。

 嵐山に温泉があるなんてイメージ出来なくて、ゆきは驚いた。

「日本は、温泉が出やすい環境のようだからね。だから、質はどうであれ、温泉はよく出るそうだよ」

「なるほど」

 ゆきは納得しながら、湯上がり肌を癒していた。

 京都らしい、豆腐を中心とした懐石料理が出される。

 「美味しそうですね」

「身体にはとても良いだろうね」

「はい」

 のんびりと食事をしながら、桜と月をめでる。

 月光に照らされて、優しい闇に浮かび上がる桜は、なんて美しいのだろうか。

 うっとりするほどに美しくて、魂を奪われてしまいそうな美しさだ。

 ただじっと見つめてしまう。

「満月で桜が満開の頃に死にたいと、西行法師は言ったけれど、その気持ちは、分かるね」

「そうですね」

 互いに見つめあうと、かけがえのない相手なのだということを実感する。

 幸せだ。

 ふたりは満たされた想いに浸りながら、食事をする。

「帯刀さんと一緒に桜を見られることが、ご飯を更に美味しくさせてくれています」

「そうだね……。良い月と桜だよ……」

 小松は桜を眺めると、かけがえのない幸せを実感するように見上げた。

 

 食事が終わった後、ふたりは月を見上げ、桜を愛でる。

 とても美しい月と桜に、魂を奪われて、恍惚の時間を過ごす。

「……今夜は最高です。最高に幸せです。帯刀さんと、こうして素晴らしい夜桜を見ることが出来るんですから」

「私も同感だけれどね」

 小松は甘く微笑むと、ゆきを抱き寄せる。

 ふたりで身を寄せあって見る桜は、宝石のように見えた。

 キラキラと輝く桜色の至宝のように思えた。

「ゆき、こうして、ずっと一緒に、桜を見ていこう。毎年、毎年重ねて、素晴らしい思い出をを重ねてゆこう」

 小松は、ゆきを更に強く抱き締める。

「はい」

 ごく自然に、唇を重ねる。

 小松は角度を変えながら、何度も何度も、繰り返し唇を重ねる。

 桜と月に見守られながら、口付ける。

 その甘さに、ゆきはとろとろに溶けてしまいそうになる。

 幸せでしょうがない。

「風邪を引くね……。それに、月にも桜にも、君が私の美しいところを、見られたくはないね」

 小松はくすりと笑うと、障子戸を閉めてしまう。

「月も桜も、君の美しさに嫉妬してしまうかもしれないからね……」

 小松はゆきを奥の和室に誘うと、そこで優しく愛で始める。

 桜よりも何よりも美しい花として、ゆきを愛でていた。

 

 愛し合った後、小さな障子戸を開けて、桜と月の美しさを確認する。

 お互いに愛に満たされて見る桜と月は格別だ。

 しかもここは京都なのだ。

 輝ける街なのだ。

「有り難うございます、帯刀さん」

「有り難う、愛しているよ」

 ふたりは触れるだけのキスをする。

 京都の夜は、官能的に麗しく更けていく。

 桜の精が妖艶な笑みを浮かべて現れるのに相応しい春の夜。

 小松とゆきの幸せが、またひとつ大きくなった。

 重ねてゆける幸せ。

 ふたりだからこそ感じられる幸せだ。

 ふたりは再びお互いの温もりを共有するように愛し合った。

 ふたりの幸せは、もっともっと大きくなると確信せずには、いられなかった。




 マエ モクジ