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今日は節分。 昔からの行事は、極力、小松と一緒に祝うことにしている。 小松の時空と今の時空とで、どのように違うのか。 それを対比して楽しむのが好きだからだ。 節分だから、恵方巻きに、鰯、茶碗蒸しの準備をする。 ゆきにとっては、楽しい準備。 楽しいと言っても、茶碗蒸しを作り、鰯を焼いて、吸い物を作るぐらいだから、実際のところは、それほど大したことはしないのだ。 それはゆきもよく解っている。 だが、小松が楽しんでくれると良いと思っている。 デザートは、勿論、厄よけまんじゅうと福豆だ。 ゆきは、何だか楽しい気持ちになる。 儺や節分の話は、源氏物語でも出てくるぐらいだから、きっと小松にもお馴染みに違いないと、ゆきは思う。 ふたりで楽しくお祝いが出来る事実が、とても嬉しかった。 今年の節分は週末だということもあり、小松とのんびりと過ごすことが出来るのも、ゆきとしてはポイントが高い。 小松が帰ってくるのを楽しみにしながら、ゆきは節分恒例の行事の準備に勤しむ。 小松との子供が出来たら、節分を楽しむのだろうか。 妄想してしまい、ゆきはついジタバタと暴れてしまいそうになる。 それは本当に起こる。 近い未来のことであることを、ゆきは信じて疑わなかった。 準備が終わり、ゆきがのんびりと大学の課題をしながら待っていると、インターフォンが鳴り響く。 ゆきは直ぐに玄関先に向かい、ドアを開けた。 「おかえりなさい!」 「ただいま。ゆき、あれほど、インターフォンが鳴ったら、先ずドアを開けずに、映像を確認しなさいと伝えたでしょ?」 小松は冷静な口調で、ゆきを叱る。 確かに小松の言う通りだ。 警戒が足りないのかもしれない。 ゆきは思わずしょんぼりとしてしまった。 「君は少しだけ注意が足りないからね」 「気を付けます」 「そうしてもらうと、私としては助かるけれどね……」 「はい」 小松は過保護なぐらいにゆきを心配してくれている。 だからこそ、ゆきも素直に聞けるのだ。 「帯刀さん、節分の準備を色々としました。楽しみましょう」 ゆきが明るく言うと、小松はフッと優しい笑みを浮かべる。 「君にかかると、節分も楽しい行事になってしまうのだね」 「節分は本当に楽しいですよ。子供の頃から大好きなんですよ」 「楽しみだね。こちらの時空の節分も……」 「そうですよ。御飯も、節分のものにしましたから」 「節分の?」 「はい」 「紫……鰯とか?」 「はい。後は、恵方巻きだとか……」 ゆきは今夜の御飯が楽しみでしょうがなくて、つい笑顔になる。 「恵方巻き?」 小松は怪訝そうに眉を寄せる。 本当に心当たりがないようだった。 「あの、丸かぶりをする巻き寿司のことなんですけれど、恵方に向かって無言で食べながら願い事をすると、願い事が叶うと言われています」 「……へえ。そんなことは聞いたことはないよ。少なくとも薩摩では」 「西の風習だと聞きました。関西あたりの」 「私の生まれ育った薩摩にはなかった。そして、京でも聞いたことはないよ」 「だったらどこの風習なのでしょうか」 ゆきは分からなくて、つい小首を傾げてしまう。 「君が知らなかったら、私が知るわけないでしょ。少なくとも、この世界特有の風習だと、私は思っているけれどね」 「ちょっと調べてみます」 ゆきは、携帯電話を使ってインターネットで調べてみる。 「……大阪の海苔屋の陰謀です……」 「海苔屋。なんともらしいアイデアだ」 小松は苦笑いをした後、フッと甘く微笑んだ。 「君が用意してくれたから、きっと楽しいんだろうね。頂こうか」 「はいっ!」 小松は子供じみた節分の過ごし方だと思うのかもしれない。 だが、楽しい行事を、小松と一緒に過ごすことが出来ると思うだけで、ゆきは幸せだった。 小松が着替えている間、ゆきは夕食の準備をする。 準備といっても、それほどすることはないのだが。 食卓に食事を総て並べ終わる頃、小松がやってきた。 「帯刀さん、節分の丸かぶりをしましょう。今年の恵方はですよ」 「……恵方……ね」 小松は、余り合理的な考えが出来ないものはお気に召さないらしく、唇を皮肉げに歪めた。 ゆきはわざわざ方位磁石を使って恵方を正確に割り出す。その様子を小松が楽しそうに見ていた。 「帯刀さん、こちらですよ。はい、恵方巻きです。これを願い事をしながら、無言で食べきるんですよ」 「はい、はい」 小松はまるで小さな子供の相手をするように呟くと、恵方巻きを手に取る。 「喉に詰まらせないようにね、ゆき」 「そんなことはしませんよ」 ゆきは頬を膨らませると、わざと拗ねる。 「はい、はい。行事だから始めるよ」 「はい」 ゆきは恵方に向かって、恵方巻きを真剣に頬張る。 願い事はもう決まっている。 ずっと小松と一緒にいたい。 本当にそれだけなのだ。 ゆきはただ小松と一緒にいたかった。 純粋な願い。 たったひとりの愛するひとと、ずっと一緒にいたかった。 願いが強いからか、ゆきは喉に詰まらせることなく、全部食べきった。 ほっとして水を飲むと、その水に蒸せてしまった。 「ほら、大丈夫?君はやっぱり、予想をある意味裏切らないよね」 小松は苦笑いを浮かべながら、ゆきの背中を何度か撫でてくれる。優しいリズムで、ゆきはついうっとりと目を閉じた。 「落ち着いた?」 「はい、有り難うございます」 ゆきがニッコリと笑うと、小松は髪をクシャリと撫でてくれた。 「帯刀さんは食べ終わりました?」 「君より先にね。当たり前でしょ」 小松はクールに答える。 「帯刀さんは、願い事をしながら、食べましたか?」 「……まあね」 小松が願い事をしてくれているなら、嬉しいと思ってしまう。 「何ですか?」 「願い事は言うもんじゃないでしょ。それだと、叶わない。だから、言わないよ」 小松は意地悪さとクールさが同居するような声で呟く。 「ケチ!」 「全く……、ケチじゃないでしょ?」 小松は不意に手を伸ばしてギュッと抱き締めてくる。 そのまま、唇を近づけてくると、甘い甘いキスをくれた。 「……君と同じ願い事だよ……。多分ね」 小松は甘く囁くと、ゆきをさらに強く抱き締める。 同じ願い事。 それは真実だろう。 ゆきは強く思いながら、小松を抱き締める。 願いを一つにするために。 |