前編
|
夏というのは、どうしてこんなにも暑いものなのだろうか。 怒ったところでしょうがないのだが、ついそんなことを思ってしまうぐらいに暑い。 ゆきはくったりとしながら、小松の家へと向かった。 小松の現在の家は、和と洋の良さがミックスされた、とても居心地が良い場所だから、ゆきはついつい居着いてしまう。 休みごとに行っているのかもしれない。 本当にそれぐらいの頻度で小松のところに行っている。 今日も、ワラビ餅を片手に小松の家に向かう。 小松が甘いものを好まないのは知ってはいるが、甘味を抑えたワラビ餅ならば食べられるのではないかと、思ったのだ。 それと、京風の漬物も忘れない。泉州の水なすが旬だと聞いて、漬物に選んだ。 これで完璧だ。 涼しいマキシワンピースを着て、ゆきは小松の家を訪ねた。 「帯刀さん、こんにちは」 ゆきが声を掛けると、小松がゆっくりと玄関先にやってきてくれる。一緒に、猫の“平田殿”も来てくれる。 小松らしく、浴衣を小粋に着こなしていた。 白地に、紺色でシンプルに染められた幾何学模様がとても素敵な浴衣を、小松は艶やかに着ている。 ゆきはドキドキしながら、小松をうっとりと見つめることしか、出来なかった。 「いらっしゃい。中に入りなさい」 「はい。平田さんもこんにちは」 ゆきが声を掛けると、平田殿は、喉をゴロゴロと鳴らして喜んでいた。 「おみやげです。ワラビ餅と水なすのお漬け物です」 「有り難う。縁側で涼むと良いよ」 「有り難うございます」 浴衣姿の小松にうっとりと見惚れながら、ゆきはその後ろをひょこひょこと着いていった。 ドキドキが止まらない。 甘い緊張にどうにかなってしまいそうだ。 「中庭に打つ水がしてあるから、少しは涼しい筈だよ」 「楽しみです」 ゆきが笑顔で呟くと、小松はじっと見つめてくる。 「どうかしましたか?小松さん……」 「浴衣に着替えたら?君の浴衣を用意しているよ。うちで過ごす機会が増えているでしょ?だから、浴衣を仕立てておいたよ。君はひとりで着られるよね?」 「だ、大丈夫です」 「残念。ひとりで着られなかったら、私が着せようと思ったけれどね」 小松は意味ありげな笑みを浮かべてくる。その眼差しが艶やか過ぎて、ゆきは恥ずかしくてたまらなかった。 ゆきは、空調が入った部屋に通されて、そこで浴衣に着替える。 暑いからと思って、髪をアップにしてきて良かったと、ゆきはしみじみ思った。 浴衣を着る間、甘い緊張が全身に走り抜けてゆく。 喉がからからになりながら、ゆきは肌がしっとりと震えるのを感じた。 小松が用意してくれた浴衣は、白地に紺色のラインで朝顔が描かれた、とてもシンプルで、大人っぽいデザインだった。 色香がほんのりと滲むようなデザインに仕上げられている。 ゆきは甘いドキドキに、何だかおかしくなりそうだ。 浴衣ひとつで、こんなにも官能的な気持ちになるなんて想いもよらなかった。 浴衣に着替えた後、中庭に面した縁側に行くと、小松が座って待ってくれている。 庭は打ち水がされていて、ほんのりと涼しい。 やはり自然の風は素晴らしい。 「気持ちが良いです」 「それは良かった。こちらに来て、クーラーというものもそれなりに良いとは思ったけれど、だけど自然の涼は良いね。気持ちが良い。ただ、道が土ではなくなったから、暑さはかなり感じられるのが残念だね……。私は、やはり自然の風が好きだけれど……」 「私も自然の風が好きです。気持ちが良いですから。後は、浴衣も、とても良いなあって思います」 「確かにね。浴衣はとても気持ちが良いね」 小松の言葉に、ゆきは笑顔で頷いた。 本当に心から思う。 「ゆき。どうぞ、ひやしあめだよ。京の夏の飲み物だ」 「有り難うございます」 ゆきは、小松から冷たくした琥珀色の飲み物を受け取る。 一口飲むと、夏にはぴったりの飲み物だと思った。ほんのりとショウガ味なのがさらに美味しさを感じさせてくれる。 「美味しいです!」 「それは良かった」 小松らしく静かに微笑んでくれる。 小松の微笑みは一等素晴らしいと、思わずにはいられない。 この微笑みに完全に癒されたのだ。 「こうしてのんびりしているだけで、とても幸せですね」 「そうだね。とてもね」 小松はゆきをそっと抱き寄せると、そのまま唇を重ねてくる。 日向の匂い。夏の匂いがするキスだ。 ゆきは、夏のキスに、甘酸っぱい幸せを感じずにはいられなくなる。 唇を離した後、ゆきは強く抱き締められた。 「……君が綺麗で、可愛いから……、私は、欲しくてたまらなくなる……」 小松は低い声で、ゆきに艶やかに囁いてくる。 「あ、あのっ!?」 ゆきがとまどっても、小松は全く動じていないようだった。 クールなままだ。 「あ、あの、こ、小松さん!?」 「こういう時は、冷房があるととても便利だね?汗だくで不快になる心配はないんだから」 心配するのはそこではないのに、小松はしらっと呟いた。 「ゆき……」 名前を官能的に呼ばれたかと思うと、そのまま唇を強く重ねてくる。 艶やかなキスに、ゆきは直ぐに溺れた。 小松に強く抱き付いてしまう。はしたないかもしれないが、ゆきにとっては、甘くて素晴らしい愛の確かめあいなのだ。 何度かキスをしていると、これが夏の暑さによるものなのか、それとも、小松との情熱によるものなのか、ゆきには分からなくなる。 だが、それがとっておきのものであることは、ゆきには分かっていた。 浴衣の袷が少しだけ乱れてしまう。恥ずかしくて動くと、また乱れてしまった。それがゆきには恥ずかしい。まるで小松を誘っているように見えた。 唇の周りがベタベタになってしまうぐらいにキスを交わした後、小松は艶やかな眼差しでゆきを見つめてくる。 「ゆき、少し涼もうか? 同時に熱く燃え上がれば良い……」 掠れた声で艶やかに囁かれて、ゆきは小松をしっかりと抱き寄せてた。 恥ずかしくて、声を出して返事をすることは出来ない。 小松はゆきの気持ちを察してくれると、ゆきを寝室へと運んでくれる。 風鈴がロマンティックに音を立てた。 甘い期待に心も肌も震える。 夏の休日。 気だるい時間は、愛し合うのにはぴったりの時間。 ゆきは、夏の日差しと小松の眼差しに抱かれて、焦がれたかった。
|