前編
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「今年のお盆休みには、薩摩……いや、鹿児島に行きたいと思っているけれど、構わない?」 小松の提案に、ゆきは強く頷いた。 小松の故郷である鹿児島には、ずっと行きたいと、行かなければならないと思っていたのだ。 「小松家の墓参りをしたいと思っている。そして、私を家老として引き上げてくれた殿にも、ご挨拶がしたい。実際には、この世界と私がいた世界は、似ていて異なるんだけれどね。この世界にも、私の世界に似た状況がかつてあって、同じような名前を持った、同じような人間がいるけれども、それは、私とは違う人間だから、こちらにも殿に似た、あるいは、小松家の代々の当主に似た、人たちなのかもしれない……。だけど、そのような人たちだけど、私は墓参りに行きたくなってね……。君と一緒にね。皆に、君を紹介しようと思っているからね」 小松は遥か時空を隔てた時に想いを伝えるように、遠くを見つめている。 その瞳はとても澄んでいて、美しかった。 「私もご挨拶がしたいです」 「ああ。是非そうして。今回は、挨拶をするのが目的だけれど、薩摩は、温泉もあって、のんびりすることが出きるからね。こちらでもそうだと聞いた。だから、リゾート感覚で楽しむのもありだけれどね」 小松の故郷である薩摩と鹿児島とは、少し違うところがあるかもしれない。だが、それでも似たような場所に向かうことが出来ることを、ゆきは嬉しく思っていた。 鹿児島へは、朝一番に、飛行機で向かう。 「飛行機に乗ると、本当にすぐなんだね……。こちらに来てから、それも驚きのひとつだったよ」 「あちらでは旅をするのにも時間がかかりましたからね」 「まあ、君のお陰で、都合の良い時間と場所に、飛ばされることも多かったけれどね」 小松は苦笑いをしながら呟く。 もう、かなり昔のことのように思える。 幕末に似た時空に飛ばされて、神子として闘っていたことが。 遠い昔過ぎて、ゆきはめまいがしそうだ。本当に、遥か彼方になってしまった。 小松としっかりと手を繋いで、飛行機に乗り込む。 流石にお盆休みの時期だから、ひとがいっぱいだ。 「今度は、ずらして休みを取ったほうが良いね。この時期に休んでいるのは日本だけだから、ずらしても何の問題はないからね」 小松は流石に人の多さには辟易しているようだった。 「そうですね。のんびりしたいという視点であれば」 「ああ。そうしよう。夏ならずらしても、何の問題もない」 小松はキッパリというと、ゆきに柔らかく微笑んだ。 今回の旅は、お盆であることが、そもそも大事であるから、この時期になってしまった。 ゆきと小松はただ、手をしっかりと繋いで、飛行機に乗る。 乗っている間は、特に何も話をしなかった。だが、話さなくても、手を繋いでいるだけで、お互いの想いを感じていられる。 鹿児島空港に到着する間、ふたりは静かに想いを通わせていた。 鹿児島空港に到着し、小松が予め手配をしていた、レンタカーを取りに行く。 「……桜島か……。こんなところまで薩摩と同じで、故郷に帰ってきたと錯覚してしまうね……」 小松は桜島を仰ぎ見ながら、何処か懐かしそうに呟いた。 遠い、遠い、昔を懐かしむかのように、小松は目を眇めた。 空港のお土産店の前を通ると、“小松帯刀”と書かれた焼酎が売られている。 ゆきは思わず手にとってしまう。 「……小松帯刀ですって」 「酒ね……。帰りにお土産物にでもすれば良いよ。行くよ、ゆき」 「はい」 小松に手をしっかりと繋がれて、ゆきはレンタカーを取りに行った。 今回はレンタカーを使った旅にした。 そのほうが自由に見て回れると思ったからだ。 先ずは、島津家の墓所に向かう。 「こちらの世界の殿も立派だったと聞いている。だから、是非とも墓前で挨拶をしたかった」 小松は、カーナビを難なく使いこなしながら、ハンドルを切る。 少しばかり、横顔が緊張しているように思えた。 小松は、島津家代々の墓所近くの駐車場に車を止める。 流石に歴史的な遺産だからか、墓であってもきちんと管理がされている。 小松と二人で、神妙な気持ちになりながら、墓前に手を合わせる。 ゆきはただ、感謝の気持ちしか伝えられない。 ただ有り難うと、この時空の島津斉彬と、小松の時空の島津斉彬に伝えた。 きっと小松も同じ気持ちだろう。 それは彼の表情を見ていればわかった。 念願であったのか、小松の表情は、とても清々しいものだ。 ほっとしたと表現しても良いような、そんな顔をしていた。 どれぐらい手を合わせていたかが解らないぐらいに、ふたりはしっかりと手を合わせていた。 小松の目がゆっくりと開かれる。 「……殿とお話が出来ましたか?」 「充分に話をすることが出来たよ。有り難う」 小松は静かに呟くと、ゆきの手を握り締める。 もう離さないとばかりに、小松の手を握り締める力は、とても強かった。 「……行こうか。君の紹介もしっかりしておいたよ」 「有り難うございます。私は、有り難うとお伝えしました」 「そう……」 小松は穏やかに微笑んだ。 正確に言えば、この墓所で眠るのは、小松が仕えた殿ではない。だが、同じような立場で、同じような働きをした、相似の人物であることは、確かだ。 ゆきと小松は手を繋いだままで、しっかりと頭を下げた。 「じゃあ、次に行こうか。疲れてしまうかもしれないけれど、後で温泉でゆっくりとすれば良いから」 「はい、有り難うございます」 今回の旅は、ご先祖様にご挨拶をするような気分にさせてくれる。それだけ、ゆきにとっても、かなり重要な旅になった。 小松と二人で車に乗り込み、次に向かう。 次は更に緊張してしまう。小松家の墓所であり、もうひとりの小松帯刀が眠っているのだ。 ゆきは背筋を伸ばす。 小松家の墓所も、やはり歴史的な遺産として、保護されていた。 地味に派手に。 そんな素敵な生き方をしていた、小松帯刀を、地元が敬っている証拠だろう。 ゆきは、胸が熱くなった。 ゆきの隣にいる、小松帯刀も、また、同じように素晴らしい生き方をした、男性なのだから。 彼が、維新を成した革命家たちに協力したからこそ、時代は変わったのだから。 小松は、車を静かに停める。 その横顔を見ていると、小松自身も些か、緊張しているように思えた。 「行こうか」 「はい」 ここでも見せつけるように手を繋いでくれる。 ゆきは、この手を決して離さないと思った。 |