中編
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小松帯刀清廉は、大坂で亡くなり、墓はふるさとに移されたのだという。 今は、愛妾と愛妻と仲良く眠っている。 ふたりは無言で中に入ると、しっかりと手を合わせる。 小松帯刀という、同じ名前を持ち、同じような立場にあったふたりが、時空と世界を越えて、今、対面する。 これ以上に感動することはないのではないかと思う。 共通点が多いふたりではあるが、同時に共通しない部分も多い。 そのあたりは、ふたりが別人であることの証なのだろう。 ゆきはしっかりと手を合わせる。 ゆきが生まれた世界の小松帯刀が、安らかに眠れるように。 そして胸いっぱいの感謝を込める。 本当に有り難うと、ゆきは強く呟いた。 ふたりは同時に目を開ける。 お互いに、自分の想いを伝えられて満足をしたからか、微笑みあう。 「行こうか」 「はい」 小松が手を強く握り締めてくれる。 小松の表情を見ると、とても清々しい顔をしていた。 何かを成しえたような、そんな表情だ。 「小松さん、やっぱり小松帯刀さんは素晴らしい方なんだなあって思います」 「私よりも?」 小松がほんのりと拗ねた表情で、低い声で艶やかに囁いてくる。 その表情にドキリとさせられる。 「帯刀さんが素晴らしいのは、そばで見ていた私には分かります。あ、あの、そ、その、私が愛して尊敬しているのは、小松さんで……」 ゆきがしどろもどろになりながら言うと、小松はくすくすと笑ってくる。 「ゆき、君は本当に可愛い」 小松は本当に楽しそうにしている。 「この小松帯刀さんと、今、目の前にいる小松帯刀さんは、全くの別人ですから」 「その通り。こちらの小松帯刀氏と私は、行ったことは似ているが、別人だ……」 小松はキッパリと言うと、ゆきを見つめた。 「そうですね。小松帯刀さんがもし長生きをしていたら、時代は明らかに変わったと謂われていますね。西南戦争も起こらなかっただろうと……」 小松は、黙っている。 本当に静かだ。 「……解らないよ。それは……。誰にも、解らない……。歴史に、起こったことに、“もし”や“たら”は、ないよ」 小松の言葉はとても重くて、ゆきの気持ちを締め付ける。 小松が話すからこそ、重みがあるのだ。 「……そうですね……」 ゆきはにっこりと笑うと、小松の手を握り締めた。 「行くべき場所には行けたからね。後は、のんびりとしよう。温泉に浸かって、ゆっくりとしようか?」 「はい」 車に乗り込むと、ふたりは温泉地へと向かった。 小松とのドライブは、すこぶるほどに快適だった。 とても気持ちが良い。 爽快な気持ちになる。 「お休みって感じですね。とても気持ちが良い」 「そうだね。私も解放されたような、とても爽快な気分だよ」 小松は満たされたような表情をしている。とても幸せなようだ。 ゆきもまた、夏の空と同じぐらいに、爽快で幸せだった。 車は、老舗の高級温泉旅館の駐車場に入る。 「ここは部屋にも露天風呂があるから、のんびりと過ごすことが出来るよ」 小松はゆきをしっかりと引き寄せて、強く抱き締めてくる。 降りる前の一瞬、抱き締められて、ゆきは喉がからからになるぐらいに、ドキドキしてしまった。 客室に案内されて、ゆきは感嘆の声をあげる。 絶景だ。 桜島と海を見ながら、ゆっくりと入浴が出来るのだ。 「大浴場でも、のんびりと海を眺めながら、温泉に浸かって頂けますよ」 仲居に言われて、ゆきは先ずは大浴場で入浴をしたいと思った。 それに部屋のお風呂はやはり恥ずかしい。 小松とふたりきりだから、妙に艶のある妄想をしてしまうからだ。 「先ずは大浴場に行きましょう。ゆっくり温泉に浸かってから、行きましょう」 「そうだね。長旅の疲れを癒さないとね」 小松は意味ありげに笑うと、ゆきを真っ直ぐ見た。 「……夕食のあと、ふたりで部屋の風呂に入ろうか? のんびり出来るからね……。もう一日泊まるから、焦らずゆっくりと……、ね?」 小松に意味深に囁かれてしまい、ゆきは緊張し過ぎてしょうがなかった。 女性の大浴場に入りながら、ゆきはのんびりする。 こうしていると癒される。 小松と二人で露天風呂に入った時のことを想像してしまい、ゆきは真っ赤になった。 恥ずかしい。 これ以上のことをしたことすらあるのに、ゆきは恥ずかしくてしょうがない。 ふたりで夜空を見ながら、お風呂に入るのは、とてもロマンティックなのは分かっている。 だが、ロマンティックなことを、考えすぎて、暴走してしまう。 ドキドキが激しい。 ゆきは、楽しみなくせに、恥ずかしい自分が更に恥ずかしくなった。 温泉のお湯はかなり良い。肌がしっとりして艶々になりそうだ。しかも、疲れをしっかりと取ってくれそうだ。 のんびり手足を伸ばしておく。 落ち着いて温泉に浸かれるのは、今が最大のチャンスだろうから。 温泉を楽しんだあとは、薩摩の滋養がある美味しい料理を楽しむ。 魚も肉も野菜も本当に美味しい。 「美味しいですね。ご飯」 「そうだね……。私には懐かしい気持ちも大きいかな? 確かに美味しいね」 小松と二人きりで、薩摩の鹿児島の、美味しいものを食する。 本当に美味しいと思うのは、小松とふたりきりだからだろうか。 ゆきは笑顔になりながら、食事を楽しんだ。 「さてと。のんびりと温泉に入ろうか? ゆき」 「あ、は、はいっ」 ゆきは緊張し過ぎてしまい、ついドキドキしてしまう。 胸が甘く高まってゆく。 「今からは部屋だし、ふたりきりだし、のんびり出来るからね……?」 「はい……」 恥ずかしくて、まともに返事をすることが出来ない。 一緒にお風呂に入るというのは、究極に恥ずかしい行為ではないかと、ゆきは思った。 ふたりで露天風呂に向かう。 「恥ずかしい?」 「かなり……」 「じゃあ、君が先に入りなさい」 「はい」 後から入るよりも、まだ恥ずかしくはないから、ゆきは素早く浴衣を脱いで、露天風呂に向かった。 やはり部屋にある露天風呂は、仕切られていて、安心する。 解放感もあり、ゆきはうっとりとした気分になる。 ゆったりとした気分になったところで、小松が入ってきた。 気配に肌が震える。 小松は微笑むと、ゆきを背後から抱き締めてきた。 ぎゅっと抱き締められて、引き寄せられる。 鼓動が速くなり、ゆきは目眩がしそうになった。 |