*ひととき*


 桜吹雪のなかで再会したあなたは、ちっとも変わっていなくて、変わり過ぎるほど変わっていた。
 桜色に輝く笑顔には無垢の明るさと、癒されない影があり、その落差に、私は息を呑んだ。
 私の知らない将臣くんがそこにいて、泣き出しそうになる。
 もう、以前のように無邪気ではいられないような気がして、ひとつのピリオドが終わったような気がして、たまらなくなった。
 今、私の視界に映る将臣くんは、酒を舐めながら月を見ている。まるで何か愛しいものを愛でているように見えた。
 その視線が今はとてもこころに痛い。
 背中を見ていると、以前よりも逞しく広くなった分だけ、背負うものも大きくなっているような気がした。
 声を掛けたいのになかなかかけづらい。
 以前からみんなと騒いでいても、不意にいなくなることがあったけれど、直ぐに近寄ることが出来た。
 なのに…。
 今は近寄ることが出来ない。
 以前なら…、抜け駆けを狙っている女の子を尻目に、そばにいくことが出来たのに…。
 私の気配に気付いたのか、将臣くんはまるで映画のスローモーションのようにゆっくりと振り返った。
「…いたのか」
「うん…いたよ」
 将臣くんのまなざしがフッと柔らかいものになる。
「こいよ。酒に付き合え」
「飲めないよ」
 私が拗ねたふりをして唇を尖らせると、将臣くんは瞳に切ない笑みを浮かび上がらせた。
「解ってる」
「キャバクラ嬢扱いは嫌だよ」
 私たちしか解らない暗号のような言葉に、将臣くんはスペシャルな笑みを浮かべた。
「解ってる」
 あの頃のようにごくあたりまえに、私は将臣くんの横に腰を下ろす。
「一緒に誰かと飲みたかったの?」
「まあ、そんなところかな」
 将臣くんは大人びた表情と声で呟くと、ご機嫌そうに呟いた。
「私は隣りにいることしか出来ないよ」
「ああ。それでも良いからそばにいてほしかった」
 将臣くんは随分と落ち着きのある声で呟くと、盃を煽る。
 電気なんてない。
 ただ昊にある月の光と、無数の星の光だけが、私たちを優しく照らしてくれる。
 とてもロマンティックであると同時に、どこかしんみりとした気分にもなる。
 私はただ将臣くんにぴったりとくっついて、昊を見上げた。
「----少し前、大事な友人を亡くしたとき…、こうやって、お前が黙って傍にいてくれたらって思ってた…」
「将臣くん…」
「お前、ばあさんが死んだとき、泣かない俺の傍にいてくれただろ? あれで随分慰められた」
 将臣くんは、小さな頃と同じような純粋な笑みを浮かべると、私の背中に、自分の広い背中を付けてきた。
 そう。あの時もこうして背中を付き合わせて、無言でふたりでいたことを思い出す。
 背中をぴったりと合わせると、将臣くんの逞しくて、懐かしくて、優しい強さのある温もりが、背中を通して感じられた。
 心地良いのに、どこか泣きそうな温もりだ。
 私は、将臣くんに躰を預けるように、背中を更にくっつける。
 こうしていると、ぽつぽつと話をするよりも雄弁で、お互いの苦しくも甘い感情を知らしめてくれた。
 ずっとこうしていられれば良いのに----
 そんなことが出来る筈はないことは、私が一番解っているはずなのに、夢見ずにはいられない。希望に縋らずにはいられない。
 こんなに好きなのに。
 こんなに傍にいたいのに…。
 私は我が儘を言えない。
 将臣くんを困らせることなんて出来ない。
 だから。
 だから。
 今だけはこの温もりをひとりじめしたいから。
 この背中合わせのひとときを宝物として、私は心の奥に刻みつけた。





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