大逆転の恋


 将臣が結婚をするかもしれない------
 しかも他の誰かさんと。
 そんな噂を耳にした。直接本人から聞いたわけでも、弟である譲を通して聞いたわけでもない。
 どうしてぐずぐずしてたんだろう------あんなに大好きだったのに。ずっと、ずっと好きだったのに…。
 あの時空から還って来て、お互いに何だかぎこちないまま、ここまで来てしまった。
 敵同士だったから…。
 将臣にとっては、重くのし掛かっていたのだろうか。
 望美にはそんなわだかまりはなかったのに、将臣はそんなものをずっと持っていた。
 そんな想いが重なってか、幼なじみとしても中途半端なままになり、やがて違う道を歩き始めた。大学も将臣は法学部に、望美は歴史を学ぶ為に文学部に進んだ。
 もうとうの昔に分かれてしまったふたりの道。
 お互いに違うときに飛ばされたときから、こうなる運命だったのかも知れない。
 この手にはもう白龍の逆鱗なんてないから、運命を上書きすることなんて出来ない。
 望美は空っぽの手を何度も見つめては溜め息をつくしかない日々。
 ぎこちなさはそのまま残ってしまうどころか、かえって大きくなった。
 将臣はと言えば、アルバイトをしている企業にその能力を買われて、かなり重要な仕事を任されているらしい。そのまま就職ということになるだろう。そこの社長令嬢と同じ大学に通っており、ふたりは大学を卒業したら結婚するのではないかと見られている。結婚の部分は、あくまで噂だが、将臣と彼女が仲良く腕を組んで歩いているのを何度も見ると、満更嘘でも無さそうだ。
 望美は江ノ電に揺られて、ふらふらと思い出の海岸に来ていた。学園祭の準備で遅くなり、将臣とふたりで電車が来るまで飽きることなく話をしていた場所だ。あの時空で冷たい海を将臣と眺めた時に話したこともある、思い出の海なのだ。
 まるで子供みたいに、将臣のことを想いながら、体育座りをしてみる。
 眩しいくらいに海が光っていて、望美は泣きたくなってしまった。
「将臣くん…。どこで歯車が狂っちゃったんだろ…。将臣くんが手を伸ばしてくれた時に取ることが出来なかったから…? あの時から、私たちの運命はぐちゃぐちゃになってしまったのかな…」
 自然と涙がたまらないとばかりに零れ落ちる。望美は寂しい笑みを浮かべながら、後悔していた。
 何度も運命の上書きをしたから罰が当たったのに違いない。
 みんなの魂が幸せになって欲しかったから。自分だけ幸せになってしまうのは、何だか切なかったから…。
 だから何度も上書きをした。
 そして結果は、欲しいものを何も手に入れられなかった。
 望美の掌には何も残らなかった。
 望美が唯一心から願った将臣との幸せさえも。
 遠くから足音が聞こえる。霞んで見えるその姿に望美ははっとする。将臣だ。
 あの綺麗に鍛えられたボディラインは将臣のでしかない。
 しかもこちらに近付いて来るではないか。
 上手く話せないから、将臣を見ると泣いてしまうから。望美は見つかるのが恐くて慌てて腰を上げると、ぱたぱたと音を立てて、駅まで全速力で走って帰った。
 好きだ。
 どうしてこんなに好きなんだろうと考えてしまうぐらいに、将臣が好きだ。
 望美は良いタイミングで来た江ノ電に乗り込み、ホッとして泣いた。
 今までずっと思い続けていた将臣への想いが、涙となって溢れ出す。
 切なくて苦しくて、望美は声を上げずに泣いていた。

 家に戻ると、世話好きの大伯母が楽しそうに笑っているのが見えた。昔から『お見合いおばさん』と呼ばれている、強者だ。望美も年頃になってきたので、そろそろ逃げることが出来なくなっている。
「いらっしゃい、伯母さん」
「望美ちゃん、ちょうど良かったわよ。今、お母さんにお話をしていたところだったのだけれど、あなたお見合いする気はないかしら?」
 世話好きな大伯母は、ニコニコと笑いながら、お見合い写真を差し出す。
 もう誰とも恋愛なんて出来ないだろうし興味がないはずなのに、望美は無意識に手を延ばしていた。
 もうこれしか家庭を手に入れる方法はないのかも知れない。
 どんな顔をしていても、どんな性格をしていても、今の望美には霞んで見える。誰でもそうだ。
「良い方だと思うのよ。真面目だし、まあ…お隣りの有川さんところの兄弟よりは器量は落ちるかもしれないけれど…。あ、そういえば、望美ちゃんと同い年の将臣くん、結婚するって噂、聞いたわよ」
 望美はビクリと反応すると、そのまま心が麻痺していくのを感じた。
 もう、手に入らないひとを、このまま追い掛けるなんて出来やしない。
 誰よりも将臣の幸せを祈るからこそ、そう思うのだ。
「伯母さん、逢うだけ逢ってみるわ」
 唇が勝手に動いた。
「本当に!!」
「うん…。一度ぐらいはお見合い経験をしていてもいいかな。社会経験に」
 望美は深刻にならないように笑顔で言うと、お見合い写真を置いて、部屋に上がっていった。背中には、喜ぶ大伯母と困惑ぎみの母の様子を感じる。
 落ち込んでいるなんて思われたくない。将臣に変な心配をかけたくない。
 そこまで考えて望美ははたと気付く。涙が溢れてしょうがない。
 部屋のカーテン越しに将臣の部屋が見える。余り交流が無くなった幼なじみの部屋を、望美はただ呆然と見つめていた。

 大学も違うし、将臣と特に話すこともない。
 望美は、見合いの話をすることも特にないまま、前日を迎えた。
 やはり、将臣以外の男性はダメだと、望美は深く思ってしまう。
 このままではダメかもしれない。上手く切り替えられない。
 明日の為に笑顔の練習をしなければならない。鏡の前で何度も百面相をしながら、望美は笑えない自分に気付いた。
 将臣がいないと、本当に笑えない。哀しくて涙が溢れてしまう。
 ふと、硝子がカーンと哀しい音を立てているのに気付いた。
 それは子供の頃、将臣と約束しあったシグナル。お互いに何か言いたい時は、小さな石を何度か窓に当てるのだ。
 望美は慌てて窓を開けると、そこには将臣が立っていた。
「よう。久し振りだな?」
「将臣君…」
「ちょっと話したい事があるんだが、いいか?」
 将臣の眼差しが部屋に向かったので、来いという合図なのは解った。
「このままじゃダメ?」
 望美は切ない余りにそわそわしてしまう。このまま顔を付き合わせていたら、本当に泣いてしまいそうだ。
「ダメだ」
「今度じゃダメ?」
 望美はお伺いを立てるように言うと、将臣の表情はより険しいものとなった。
「ダメだ。今夜じゃねぇとな」
 いつもに増して強引な将臣に、望美は結局折れてしまう。切ない溜め息をつくと、素直に頷いた。
「ちょっとだけならいいよ…」
 望美は仕方がなく僅かな隙間を飛び越えて、将臣に支えられながら部屋に入る。将臣の部屋に入るのは久し振りで、懐かしさと重さを感じた。
 部屋はベッドサイドのライトがついているだけで、薄暗い。
 もうすっかり男の香りがする部屋だ。胸を激しく焦がしていく。
「おまえさ、明日見合いするんだってな」
 何だか怒っているような声で言われ、望美は躰を硬くする。
「…うん、そうだよ…。明日品川プリンセスホテルでお見合いなんだ。ま、将臣君も、けっ、結婚するって噂があるから、お互いに結婚する時期は、い、一緒かもしれないね」
 望美はしどろもどろになりながら、努めて動揺を隠そうとする。
「見合いなんかするな」
「え?」
 望美は一瞬、将臣が何を言っているのかを、上手く理解出来なかった。
「だから見合いなんかはするな」
 どうしてこの幼なじみは、いつもかつも強引なのだろうか。今もまた、持ち前の俺様気質で、望美を翻弄してしまっている。
「ど、どうして将臣君に、め、命令されなくっちゃならないのよ」
 強く出ながらも、望美は動揺を隠すことが出来ない。なぜいつも突然に言い出して、望美の心を激しく乱すのだろうか。
「いいから止めろ!」
「止めないっ! ど、どうして将臣君にはそんな権利はないはずじゃないっ!」
「権利はある! 俺はおまえの幼なじみだからな。へんな男にひっかからねぇようにしねぇとダメなんだよっ!」
 将臣はいつも以上に激しい口調で言ってくる。望美は泣きそうになりながらも、毅然とした態度を取った。
「話がそれだけなら、明日はお見合いだから寝るね」
 将臣の部屋を出ようとするなり、肩を強く掴まれる。痛いぐらいに肩に指先が食い込んできた。
「こうなったら実力を行使するまでだ」
「えっ! あっ…!」
 将臣は華奢な望美の躰を強引に抱き寄せると、その唇を貧るようにして奪ってきた。
 息が出来ないくらいに激しい。
 唇が腫れ上がる程に吸い上げられ、強引に歯列を割られる。こんな野獣のようなキスを受けるのは、産まれて初めてだった。
 どうして? どうしてこんなにも激しいキスを投げ掛けてくるのだろうか。望美は虚しい気分になり、涙を零した。
 だが、それぐらいでは、将臣の決意が揺らぐ筈もない。
 てっぷりと唇が腫れ上がるまでにキスをされた後、将臣はベッドに押し倒してくる。
 こんなことは今までに一度もなかった。
 こんなに危険な将臣を、望美は見たことがない。
「解らなかったら、おまえを犯してでもやめさせる。おまえを俺のものにしてまでも止めさせる。もう、途中では止められねぇからな。覚悟しろよ」
「いやっ…!」
 望美は形だけの抵抗しか出来ない。
 好きだから、その腕に抱かれたいと思っていたから抗えない。
 望美は将臣の躰の重みを感じながら、嵐に身を任せていった。
コメント

もし、大団円で、ふたりが恋の進行を遅らせていたら?
というパラレル要素たっぷりのSSです。
次回はたっぷりと濡れ場を…





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