夜空の約束


 左手の薬指は、約束の場所。ここに指輪をはめてくれたのはただひとり…。
 私はそのひとが、”ごっこ”ではなく、ホントに指輪をはめてくれることを望んでいる…。

 小さな頃、私たちを可愛がってくれていた、近くのお姉さんが結婚した。結婚式には、私と将臣君がベール持ちでお呼ばれをして、間近でうっとりするぐらいの素敵なシーンを見られた。
 初夏のキラキラとした光りに照らされたお姉さんは、まるで宝石を纏っているように綺麗で、憧れずにはいられない。
 ステンドグラスを通して教会に注ぎ込み、厳粛で清らかなスポットライトになり、花嫁さんを照らしていた。
 横にいる花婿さんも、映画に出てくるヒーローみたいに見える。うっとりと花婿さんを見つめていると、隣で一緒にベール持ちをしている将臣くんがワンピースの裾を引っ張ってきた。
「ちゃんと真っ直ぐ見てろよ」
「うん…」
 それから、私はちゃんとまっすぐ見ていたけれども、将臣くんはムッとした顔のままだった。
「…それでは、指輪の交換を…」
 牧師様のお言葉の後、花嫁さんの左手の手袋が外されて、その手を、花婿さんが愛おしそうに取る。左手の薬指に指輪をはめた瞬間、きゅんと音が鳴るぐらいに、私の心は甘く高まった。
 こんなシーンを見せられたら、ロマンティックな気分にならずにはいられなかった。
 いつか自分もこんなシーンを体験出来たらいい…。
心から思った。
 ベール持ちから開放された私たちは、おやつを貰って、花が美しい庭をずっと眺めながら、お話をした。
「将臣くん、花嫁さんも綺麗で、花婿さんもカッコ良かったよね!」
「そうだな」
 将臣くんはほんの少し、ご機嫌ナナメで、辺りの草をブチブチ抜きまくっている。ほほえましいような、そうでないような、何だかへんな感じだ。
 私が無邪気にきゃきゃと騒いでいると、将臣くんはポツリと呟いた。
「…お前、あんな花婿の何処がいいんだよ」
「カッコ良かったからだよ。でもお姉さんのほうがもっとステキで、きらきらしてたよっ!」
 私は興奮を押さえ切れずに、早口で思ったことを口に出す。将臣くんはと言えば、眉間にシワを寄せているだけ。
「いいなぁ、花嫁さん! 大きくなったら、花嫁さんになりたいっ!」
 ついこの間まで、私は先生になりたいと言っていたのに、今や花嫁さんが一番なりたいものになっちゃった。
「そうかよ」
「うん! あの指輪をはめる時もステキだったなぁ。あんな風に指輪を送って貰ったら、一生、大事にするよっ! そして、くれたひとも一生大事にするのっ!」
「ふうん」
 将臣くんは、ちっともそんな気分はないとばかりに、相変わらず、草をぶちぶちと毟っている。
 そのときは、男の子には、こんなことは気にならないのだと思った。

 江ノ島花火大会の日、私は無意識に白いプレーンなワンピースを身につけていた。飾り気のないものでだが、私は大好きなものだった。足元にはサンダル。お祭りを回るには、これが一番楽なスタイルだと思っていたから。
「望美、白いお洋服を着ているんだから、イカ焼きの汁とかで汚してはダメよ!」
「はあい!」
 花火大会の醍醐味は、便乗して並ぶ夜店の美味しい食べ物と、可愛いおもちゃ。
 きらきらした指輪とか、ペンダントなどを、私はいつも物色する。
 見ているだけで、楽しかった。
 子供用アクセサリー屋台に顔を出すと、将臣君が何かを受け取っているところだった。
「将臣くん、どうしたの?」
「望美っ!」
 将臣くんは真っ赤になって、慌てて白い袋を隠した。
「何か買ったの?」
 私がキョトンとしていると、将臣君は、照れるように俯いた。
「なぁ、後で花火を一緒に見ねぇか」
「うん、いいよ」
 当たり前のことのように思えて、私は、ふたつ返事をする。だって、将臣くんと見たいから。
 将臣くんはどこかホッとしている顔をしていた。

 花火が始まり、私たちは並んで体育座りをする。見上げれば、夜空を彩る花火が浮かんでいる。
「綺麗ね」
「そうだな」
 そわそわしたように将臣くんが見てくるので、私は小首を傾げた。
「どうしたの?」
「ああ。あのさ、望美、ちょっといいかよ」
「うん」
 将臣くんは、私の手を取ると、引っ張ってどこかに連れていく。
「ねぇ、どこに行くの?」
「黙って着いてこいよ」
 将臣君はそれだけを言うと、ズンズン歩いていく。私の歩幅では着いていくのがやっとだった。
 ようやくたどり着いた場所に、私は驚いた。そこはロマンティックな雰囲気が満点の、”恋人の丘”だったから。
 その証拠に、結婚したお姉さんとお兄さんの歳ぐらいのひとが沢山いる。何でも、ここで愛を誓いながら鐘を突くと、ずっと別れないらしい。
 私もいつかって思っているけれど…、まだ早いかな?
 それにここから眺める花火は最高。
「ねぇ、どうしたの」
「左手を出せよ」
「左手?」
 私が小首を傾げると、将臣くんは、がさがさとポケットから、先ほど持っていた白い袋を取り出した。
「お前、欲しがってただろ? こんなやつ」
 そう言って差し出してくれたのは、きらきら輝くオモチャの指輪だった。凄くロマンティックで、私は言葉を失う。
「もし、お前が良いって言うなら、左手の薬指に、この指輪をはめてやる。ここは大事な指なんだってよ。だから、俺がその場所を貰う」
 将臣くんは照れ臭いようでほんのり頬が赤かった。
「うんっ! はめて欲しい!」
 やっぱりここには、将臣くんの指輪が欲しい。横にいて欲しいのは将臣君だけだから…。
 しっかりと返事をすると、将臣くんは照れたように笑い、私の手を取った。
「ごっこじゃなくて、いつか結婚しようぜ。これはリハーサル」
「うん。約束!」
「約束!」
 あれほど、ドキドキして嬉しい瞬間はなかった。私は頬を真っ赤にしながら、将臣くんが指輪をはめてくれるのを待つ。
 子供心に厳粛な感じがした。
 指輪がするりと小さな薬指にはめられ、私は涙が零れるのを感じる。
 あの指輪は私に取って、最高の贈り物。
 花火が夜空に華麗に花を咲かせ、私たちの模擬結婚式に彩りを添えてくれた。

 今でも鎌倉の部屋の宝石箱には、将臣くんから贈られた指輪が大切に置かれている。
 蝶が模られた、きらきら輝く指輪が。
 …婚約したことを、私はちゃんと覚えているよ、将臣くん。あなたが、私を、ただの”幼なじみ”にしか扱わなかくなった時も、いつも思っていたんだよ。
 あなたが他の誰かと付き合っていたときも、いつも、いつも、大好きだったんだよ…。

「おい、こんなところにいたのかよ」
 将臣くんの声に、私が顔を上げると、そっと横に腰を下ろしてくれた。
 星と綺麗な月だけが、将臣くんの精悍な顔を照らしている。
「色々ね、思い出してたんだ。小さい頃のお祭りの日とか…」
「ああ、お前と”婚約”したこともあったな…。あの頃は、俺も純情で素直だったからな。感情にも正直だった」
 将臣くんは月を見つめながら、遠い昔に想いを馳せるように言う。
嬉しかった。
 覚えてくれていたことが。
 目頭がホントに熱くなる。
「将臣くん、覚えてくれていたの?」
「俺も覚えていたさ、ずっと忘れられるはずなんてない…。大事な、大事な、お前と婚約した日だったんだから」
 将臣くんは切なげな笑みを瞳に滲ませて、私を見つめる。
 今はもっとときめいてしまう。
 あの頃とは、比べものにならないぐらいに、私は将臣くんにドキドキを感じていた。
 将臣くんとずっと婚約していたから、江島神社の弁天さまは、嫉妬したのかな。
 『恋人同士じゃない』から大丈夫だと言って、手を繋いだあの日…。
「将臣くんとは、ホントは恋人の丘で婚約していたから、弁天様が嫉妬したのかな? だから違った時間に飛ばされちゃったのかな?」
 私は笑いながらも、泣きそうな気分になっていた。
 事実のような、気すらする。
 時空のイタズラが、何度も私たちを引き離そうとしたのだから…。
「そうだな。----なあ、望美、あれは今でも有効か?」
 さりげなく言われた台詞に、私は胸が跳ね上がってしまうような気がした。
 てのひらに汗がしっかりと滲む。
「勿論、有効だよ!」
「良かった。マジ俺達の仲を嫉妬して、弁天さんは、手を触れないようにしたのかもな」
 将臣はの望美の手を取ると、ぎゅっと握り締めた。
「今は指輪はねぇけれど、俺は誓う。どんな苦しいことがあっても、金輪際、お前を離さない。この4年間、お前を守れなかった分、しっかりと護ってやる」
 将臣くんはきっぱりと言い切ってくれる。
 その力強さが、何よりも私の心に染み込んでくる。
 形だけの指輪なんか、無くても良いんだよ。
 だって、充分、将臣くんが態度で示してくれるから。
「…有り難う…、将臣くん」
 私は嬉しすぎて、月並みな言葉しか言えなくなる。
 泣き出したいぐらいに嬉しくて、将臣くんを潤んだ瞳で見上げた。
 すると将臣くんは、私の左手を手に取り、薬指を思い切り吸い上げてくる。
「…あっ…!」
 思わず漏れた甘い声は、自分のものだとは思えない。
 背中が震えて、私は膚を粟立たせた。
「はぁ…」
 将臣くんに吸われた指は、ほんのり桜色に染め上がっている。
 それがまるで約束のリングみたいに見えた。
「-----総てが上手くいって、幸せになれたら、今度こそ本物の指輪を贈るからな」
「指輪はなくていいよ…。将臣くんの気持ちさえあれば」
 私は今思っている気持ちを素直に口にする。
「ああ。あの約束を果たそう。総てが終わったら、結婚しねぇか?」
 私は返事の代わりにしっかりと将臣くんに抱きつく。
 これからまだ、頼朝の追っ手はやってくる。
 それでも私は、不安になることなく、幸せだった。
 だって、傍には、愛する男性がいるのだから-----
コメント

十六記フライング小説です。
アラモードで見た、スチルと台詞を元にして書きました。



この後の濡れ場、お読みになりたいですか?(笑)



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