君影草


 君ヲ深ク想ウ-----
 誰ニモ渡シタクナイ----
 ダカラ、心ニモナイ酷イコトヲ、云ッテシマフ----
 アマノジャクナココロ-----

 あんなにも永い時間が流れたというのに、何事もなかったように、高校生をやっているのに、吹き出しそうになる。
 これは時空を旅したさんにんだけの、極上の秘密だ。
 いつもと変わらない日常。
 源平に別れて闘ったことなど、総てが夢みたいだ。
 望美は掃除の後にゴミを捨て終わった後、近道である裏庭を通って教室に戻った。
 途中、将臣が友人たちと車座になって話しているのを見掛けた。
「お前はいいよなぁ?」
「何がだよ」
「あの春日と幼なじみの特権で一緒にいられるんだからな」
 自分が褒められているのがひどくくすぐったい。嬉しいというよりは、将臣がどのような反応をするほうが、望美には緊張ものだった。
「望美? あいつがどうしたんだよ?」
 将臣はいつもの調子で、飄々と話している。何でもない娘のように言われるのが、望美は苦しかった。
「髪は真っ直ぐで長くて、触ったらきっとドキドキするぜ? スタイルはモデルみてぇだし、顔も可愛いときてる。あんなのが傍にいて、お前が羨ましいよ」
 溜め息をつく将臣の友人を見つめながら、望美は恥ずかしさの余りに頬を赤く染める。褒められ過ぎというのも、余りいいものではない。
「お前ら褒め過ぎ」
 将臣はあくまでクールで、それが寂しくもあった。
「そんなことはないぜ。春日がずっと傍にいて、お前は何も感じねぇのかよ」
「あんな筋肉で逞しい腕の女に何も感じねぇよ。あいつは女ヘラクレスみてぇだからな。勃たねぇよ。握った手なんてゴツゴツしてんだからよ」
 将臣が冷たく言い放つものだから、望美は心がナイフでえぐられてしまうのではないかと、思った。
 ショック過ぎて涙も出ない。望美は深い闇に突き落とされる気分になりながら、その場を立ち去った。
 自分の手の平をじっと見る。
 好きで剣を握ったわけじゃない。
 好きで筋肉がついたわけじゃない。
 好きで手を豆だらけにしたわけじゃない。
 なのに…。
 将臣も、きっと柔らかな女の子が好きなんだろう。ふわふわしたわたあめみたいな。
 涙が手の平に何粒か零れていた。

 掃除が済み、鞄を手に取ると、タイミングよく将臣が教室に入ってきた。
 必死になって平常心を装う。
「帰るのか?」
「そうだよ」
 さらりと答えて、望美は将臣の横をすりぬけていく。
「おい、一緒に帰ろうぜ」
 今日はそんな気分ではなかったが、望美は自然と頷いてしまっていた。
 手の平を将臣と触れるのが嫌で、望美は少し間隔を開けて歩く。
 余り話せなくて、一日で一番楽しみにしている時間が灰色になった。
 重い、重い時間-----

 翌日、望美は当番で、重い荷物をいくつか持つはめになった。
 いくら鍛えていたと言っても、あれから時間がたち、望美はごくごく普通の力に戻りつつある。あの力自体、龍神の加護に違いなかった。
 今の望美はふつうの女の子の力しか持っていない。
 なのに重い荷物運びをさせられる。
 そのせいで、望美にとってはかなり重い荷物になった。
「おい、半分持ってやるよ」
 ひょこひょこと歩く望美が気になったのか、将臣が助太刀を申し出てくれた。
 あんなことを言われた以上、反発心がない訳じゃない。つい、好意を否定したくなった。
「いいよ。これぐらいは何ともないもん」
 重くて苦しいくせに、望美は素直に認められなかった。ヘラクレスなので、これぐらい持てなければならない。
「貸せ!」
「いいって言っているでしょ! 煩いな、将臣君は…」
 望美がやぶれかぶれに言うと、将臣に言う。すると幼なじみの顔色が明らかに悪くなった。
 かなり怒っている。
「ったく、勝手にしやがれ」
 怒りの背中を向けられて、望美は胸に苦い痛みが走るのを感じる。
 ヘラクレス。筋肉。ゴツゴツ。
 そんな単語が頭の中にぐるぐると回った。
 ゆっくりともたつきながら歩いていると、今度は譲に逢った。
「先輩! 重いでしょう!? 半分持ちますよ」
「有り難う」
 譲にならこんなに素直になれるのに、将臣にはなれない。
 その理由は全部恋心であることに、望美は気付いていた。
 譲に荷物を半分持ってもらい、望美が教室に入ると、将臣の鋭い眼差しが待ち構えていた。
「先輩、これでいいですか?」
「うん、有り難う」
 背中に突き刺さる将臣の眼差しを感じながらも、望美はクールに振る舞う。
 ヘラクレス。
 将臣のあの言葉を思い出し、また胸の傷みが喉まで上がってくるような気がした。
 授業が終わり、望美は将臣よりもひと足先に教室を出る。
 その後を将臣がぴったりと着いて来た。
「今日のは何だよ…」
 背中に凶器のように突き刺さる声。だが振り向いたら負けてしまうから、望美は振り返らなかった。
「別に何もないよ」
 動揺していることを知られたくなくて、望美はさらりと言った。
「譲は頼れても、俺は頼れねぇのかよ!?」
 恐い。
 将臣が恐い。
 還内府の時よりも、更に凄みを増してしまっている。
 望美は負けないことを自分で言い聞かせて、呼吸を整えた。
「そんなことないよ」
「そんなことはある。敵だった俺を、信じられねぇんだよな、お前は」
 将臣は望美が思ったこともないことを、冷徹に言い放つ。望美は思わず声をあらげた。
「そんなことは絶対にないっ…!」
「あるさ」
「ない…っきゃあっ!」
 将臣の勢いに驚いてしまい、望美は思わず何かに躓く。
「望美っ!」
 直ぐに将臣が手を伸ばしてくれ、転ばなくて済んだ。
 手を握られている。ゴツゴツしていると言われた手を。
「有り難う、大丈夫だから手を離してもいいよ。嫌でしょ? こんなゴツゴツした手」
 こんな手を握らないで欲しい。
 将臣が良く思わない手を。そんな手を、大好きな将臣に包まれたら、余計に惨めな気分になる。
「嫌じゃねぇ。お前の手はすげぇ柔らかいんだ。んなことは言うな」
 将臣は怒りを滲ませながら言う。
 きっと嘘をついている。そう思った。
「柔らかいなんて思ってないでしょ? 剣を握ってたから、ヘラクレスみたいにゴツゴツしてるって、思ってるでしょ?」
 自分で言うのが切なくて悔しい。望美は鼻をすすりながら、将臣に言った。
 途端に将臣の顔色が変わる。
「お前、あの話を聴いていたのか…」
 将臣は望美のよそよそしい態度の意味をようやく理解したようで、切なそうに目を伏せると、強く手を握ってきた。
「こんなに柔らかい女がいるかよ!? あの時は、お前のことを褒めるヤツがあんまりに多いから、牽制する為に言ったんだよ。じゃねぇと、アイツらお前に直ぐアプローチをかけやがるだろうからな。そんなことは俺が許さねぇ」
 将臣は自分の手に望美の小ぶりな手をしっかりと握りしめて、歩き出す。
「お前はヘラクレスじゃねぇし、俺が柔らかいって思っていることを、しっかりと教え込ませてやる。来い」
 将臣は力強く望美の手をにぎりしめたまま、学校を出ていく。
 誰もがしっかりと結ばれたふたりの手を、興味本位に見つめている。
「みんな見てるよ」
「かまわねぇ。見たいやつには見せてやれ」
 電車に乗り込んでも、将臣は望美の手を握り締めた。
 ゆらゆらとふたり並んで、江ノ電に揺られる。
 握り締められた将臣の手は、今までで一番優しかった。
 電車を降りた後、ただ引っ張られて、将臣に連れて行かれる。
 帰り道をたどっているのだと想った。
 何も将臣が教えてくれないものだから、望美も聴くことが出来ない。
 そうしてとうとう。
 将臣の歩みがぴたりと止まる。
 そこは望の家のお隣。まさに将臣の家だった。
「俺の部屋でたっぷり教えてやる。お前がすげえ柔らかいことを-----」
 将臣は有無言わせないように言い、望美はその強引さに惹きつけられていた----
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ED後です。
次はR-18部分があります。




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