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女の子が憬れるひとは、年を経るごとに変わってくる。 小さな頃は、みんな同じ男の子が大好きで、取り合いとまではいかないが、それに近い状況によくなったものだ。 なのに成長するにつれて好みも細分化してくる。 繊細で綺麗な男の子を好きになる子もいれば、逞しい豪放磊落な男の子を好きになる子もいる。 始めはみんな同じようなひとを好きだったのに。 それと同時に、“憬れ”と“本物”の区別がつくようになり、本当の“自分だけのひとを探し当てることが出来るようになる。 高校生はその端境期で、“憬れ”と“本物”が交錯する微妙な時期。 だからモテる子に、自分のこころをとろとろにしてくれる人を“本物”だと勘違いをして、アタックを繰り返す時期にもなる。 第一次恋愛ブームといったところだろうか。 望美はと言えば、熱病のように誰かにのぼせ上がることもなく、かつアイドルやヒーローを崇めるようになることもなかった。 誰もが遠回りをして見つける“憬れ”と“本物”の違いを、既に知ってしまっているから。 小さな頃から本能で刻まれていたから。 誰が“本物”であるかを、ちゃんと解っていたから。 望美はある意味それはとても幸運なことではないかと、思わずにはいられない。 間違えることがないのだから、信念を持って進めば良いのを解っているから。 本物は近くにいるひとだと、ずっと解っていたから。 「望美、有川くんさ、また違う子と付き合い始めたみたいだよねー。あ、今度は近くの女子大生だか、OLだか、ま、とにかく年上の女であることは間違ないみたいだねー」 “早耳”と異名を持つ友人が、また将臣の恋話をどこからだか拾いあげてきた。 いつものことだからだと、常に冷静になってどんと構えてはいるが、それでもこころの何処かがチクチクと痛くなるのを止めることは出来ない。 いちいち気にしていてはいけないと思っているのに、どこか意識をし過ぎる自分がいる。 「…まあ、いつものことじゃないかな…」 望美はわざとクールに装って、あしらうように呟く。将臣に関しては、たとえ友人であったとしても、本音を言うことが出来なかった。 “本物”だと確信をしているから、小さな動揺を見せたくはない。 友人はそれを感心するように見ていた。 「望美はいつも有川くんの恋話だけには、クールだよねぇ。本妻の余裕と言うか…」 「そんなんじゃないよ。からかわないでよ」 「だってそんな感じだよ。相手が浮気をしても何をしても、自分のところに帰ってくるのが解りきっているような感じだものね」 友人は何度も頷くと、まるで芯の強い女を見るように望美を見つめた。 「そんなことないよ。幼馴染みだし、将臣くんとお付き合いしているわけではないし…」 望美は自分で落ち着いた風に言っていると思ってはいるが、時折、声の端々が揺れてしまう。 動揺をしているのを知られたくないのに、どうしてこんなに綻びが出てしまうのだろうか。 「あ、噂をすれば有川くんだよ」 将臣が教室に入り込んでくるところを、望美はドキりとしながら眺める。 相変わらず女を寄せ付けない艶やさを持っていた。 将臣は望美の姿を認めるなり、直ぐにやってくる。まるで付き合っているかのように親密なのに、ふたりはただの友達。 「望美、今日さ、横浜に付き合ってくれねぇか?」 「買い物?」 「ああ、んなところ。俺にはよく解らねぇもんを買いに行くから、お前のアドバイスが欲しいと思って」 どうせ彼女にプレゼントなのだろう。 今までなら、将臣は彼女が出来たとしてもプレゼントなんて買おうともしなかった。 なのに今回は、プレゼントを買おうとしている。 それはひょっとして、見せかけの本物を、見つけたということなのだろうか。 望美は目の前がくらくらと歪むのを感じながら、将臣を見つめた。 「付き合うのは高いよー」 「何かおごる。あ、フルーツパフェだろうが、ラーメンだろうが」 「その言葉、ちゃんと覚えているよ。解ったよ。横浜まで付き合うね」 「ああ。サンキュな」 将臣はホッとしたかのように笑ったが、望美は引きつった笑みしか返すことが出来ないでいた。 「じゃあ、放課後頼んだぜ」 「うん」 席に戻る将臣に明るい笑顔で手を振りながらも、望美のこころからは切ない溜め息をこぼれ落ちた。 デートなんかじゃない。 ただ友人として一緒に出掛けるだけだ。 男と女でありながら、永遠に平行線な恋しか出来ないのではないかと、望美は思っていた。 将臣が本物の相手であることを自分は解っているのに…。いつになったら将臣は解ってくれるのだろうか。 いつになったら愛を感じられるのだろうか。 自問してもいつまで経っても答なんて得られないような気がした。 将臣が掃除当番だったので、望美はひとり待っていた。 「春日さん、有川待ち?」 男子クラスメイトが声を掛けてきたので、望美はしっかりと頷いた。 「そうだよ、将臣くん待ち」 「そうなんだ。だけど君たちは凄いよね」 「え? 何が?」 望美がキョトンとしていると、クラスメイトは薄く笑う。 「絆がだよ。普通は異性間ではこんなことにはならないだろ?」 「幼馴染みだからね。兄妹みたいにころころ育ったし…」 「だからと言って、異性同士で、付き合ってもいないのにお互いに離れることないなんて、おかしくない?」 クールに言われて、望美は返す言葉に困り果てる。 心臓が激しく揺れて、おかしな汗まで出て来る始末だ。 総てを見抜かれているようなまなざしを向けられて、望美は何も言えなくなった。 目を逸らして、息を整える。 「有川は彼女がいるみたいだけれど、春日さんは今のところ誰とも付き合ってはいないよね?」 「…そうだけれど…」 望美は何を言われるのかと考えるだけで、嫌な鼓動を鳴らした。 「…有川は本当は春日さんのことを好きなのかな…」 ひとりごちるように言われて望美は唇わ噛む。そうなればと何度か祈ったことはあっても、結局はそうならなかったのだから。 「…それは違うと思うけれど…」 「じゃあ、俺、春日さんのカレシに立候補して良い?」 「え!?」 このようなことは青天の霹靂過ぎて、望美は思わず息を飲む。 「…それとも…、本当は春日さんが、有川のことを好きだったり…して」 まるで望美のこころを覗きこんでいるような口調で言われて、固まった。 「…あ、あの、わ、私たちただの幼馴染みだしっ」 動揺していると、どうして声がこんなにも大きくなってしまうのだろうか。 「そうだ。俺たちは幼馴染みだ。だから変な詮索はしねえで貰いてぇんだけれどな」 将臣の冷たさが滲んだ声に、望美は驚いて振り向いた。 「…ま、将臣くん…」 「行くぜ、んなやつの相手はするな」 腕を強引に取られ、望美は立ち上がるしかない。 「じゃあな」 「ま、またね」 望美は将臣に急かされるようなかたちでクラスメイトに挨拶をすると、鞄を手に取った。 「じゃあ、また、春日さん、またな、有川」 クラスメイトはしょうがないとばかりに溜め息を吐くと、ふたりを優しく見送ってくれた。 望美を掴んだままで、将臣は無言で足早に行く。 どうして怒っているのか。 いつもなら軽口を叩くように言えたのに、どうして訊けないのか。 望美は自分の不甲斐なさにただ唇を噛んでいた。 |