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将臣にとってはきっと都合の良い女なのではないかと、時々思う。 いつま声を掛ければ着いて来る忠犬のようなものだ。 解っているならば断れば良いのにそれが出来ない自分は、なんとふがいがないのかと、望美は思わずにはいられない。 今もこうして買い物に付き合って、横浜まで向かっている。 「…将臣くん、何を買いに行くの?」 「あ? もうすぐ誕生日なんだよ、あいつが。で、お前にプレゼントを見立ててもらいたくて」 「そうなんだ…」 心臓が泣きたくなるぐらいに痛くなった。なのにこうして笑っている自分がいる。 こんなに苦しくて痛いんだから止めてしまえば良いのに、どうして止めることが出来ないのだろうか。 きっとそれは嫌われるのが怖いから。臆病過ぎる自分がいる。 「アクセサリーだとか、俺はよく解らねぇからさ。お前だったら知っていると思ってさ」 「お見立て料高いよ?」 「解ってるって。何か適当におごるからさ」 将臣は爽やかに笑い、どこか幸せそうにしている。当然だ。大好きな人へのプレゼントを買いに行くのだから。 一緒にいるだけでも本当はとても嬉しいのに、何処か息苦しい感情がこころのなかを渦巻いている。 苦しいくせに、笑う自分が嫌だった。 横浜駅前のショッピングモールに入り、アクセサリー店を物色する。 「この薄いブルーの天然石が入ったペンダントトップ可愛くない? 海の色みたいだし」 「そうだな、綺麗だな。値段もそんなに高くねぇしな…」 将臣はペンダントをじっと見つめて、細部までチェックをしている。彼女にプレゼントするものだから、そのあたりのチェックは抜かりないようだ。 将臣がしっかりとチェックしている間、望美は他のアクセサリーも見て回る。 可愛い飾りのついたものなどを見ると、とても幸せな気分になった。 そのなかでも、小さな珊瑚がついた指輪に目が入った。 値段を確認すると余り高価なものではなく、望美のおこずかいで買えるぐらいのものだ。 サイズを試してみるとちょうどピッタリだった。 鏡に映して、珊瑚で出来た指輪を何度も見つめてみる。 きらきら輝いていて、望美にはとても魅力的な宝石に映った。 「買っちゃおうかな」 指輪と言えば、小さな頃に将臣にプレゼントして貰ったことがある。 まるで結婚式のように、左手薬指に入れてくれたおもちゃの指環は、まだ大切にジュエリーボックスに入っている。 もうあのジュエリーボックスに、将臣がプレゼントしてくれた指環が入ることはないのかもしれない。 「おい、済んだぜ」 突然、将臣に背後から声を掛けられて、望美は飛び上がってしまいそうな気分になった。 「何やってんだよ?」 「気に入った指環があったから買おうと思って。珊瑚の飾りがとても綺麗でしょう?」 望美は、将臣に自慢するように見せると、レジへと持って行こうとした。 「おい、その指環、俺が買ってやるよ」 指環を買って貰う。その重要さを、きっと将臣は解ってはいないだろう。指環を贈る行為は、将来をつなぎ止めるためのものであることを。 「いいよ。これぐらい自分で買えるし…。あ、だったらさアイスクリーム奢ってよ! 新作のティラミス、凄く美味しいらしいんだよ!」 「それぐらい指環と一緒に奢ってやるよ」 「じゃ、じゃあカスターも一緒に買ってよ」 望美はなるべく将臣に気付かせないようにわざと明るく言ったが、かえって機嫌を損ねてしまった。 「…なんだよ、お前は指環を俺に買って貰うのがそんなに嫌なのかよ!?」 将臣の声は低く響いて、益々険悪になっていく。 睨み付けられて、望美は石のように固まってしまっていた。 「…あ、あの…ね」 「なんだよ」 「彼女以外の女の子に、指環を贈るのはやっぱり良くないよ…。だって指環は“約束”を象徴するものだし…。そのひとが大切だと囁くようなものだし…。彼女を差し置いて、私になんか贈ったらダメだよ…」 半分泣きそうになっていた。まるで自分が将臣の特別ではないことを、認めてしまうようだったから。 望美は力ない笑みを将臣に浮かべると、複雑な意志を突き付けた。だが、返ってきた言葉は、意外過ぎるものだった。 「いいんだ。んなことは、いくらロマンスが足りない俺でも解ってるさ。だけど俺はお前にプレゼントしてぇんだよ。この指環」 「将臣くん…」 嬉しいのに、どうしてこんなに切なくて悲しいんだろうか。 「彼女に知られたら…」 「別に知られても構わねぇさ。俺にとって、お前が大事な存在だってことは、変わらないんだからな」 「…うん…」 だからこそ受け取ることが出来ないことを、きっと将臣は解ってはいないだろう。 「幼馴染みだから、だよね」 「まあ、な」 将臣は曖昧に認めると、望美に手を差し出した。 「ほら、レジに行くから、それを寄越せよ」 「だけど…」 やはりダメだ。他人を傷付けるようになことを、望美は受け入れるわけにはいかなかったから。 「何、戸惑ってるんだよ。それとも、指環をプレゼントして貰えるような相手がいて、そいつに悪いからか?」 見つめてくる将臣の視線が怖い。何かにギラギラしているように見えた。 「…そ、そんなことはないけれど…」 「だったら決まりだ。その指環は俺が買う」 将臣は、望美が逆らえないようにキッパリと言い切ると、指環を取り上げてしまった。 「これでこの議論は終わりだ。良いな?」 「う、うん。解った…」 望美はレジに向かう将臣を見送りながら、薬指を無意識に撫で付けてしまう。 また指環を将臣から貰うことになるなんて、思ってもみなかったから。 「ほら、指環」 将臣は飴玉を渡すのと同じように、袋ごと望美に渡す。 先ほど彼女のためにした丁寧なラッピングではなく、明らかにがらくたのような扱い。 それでも望美は嬉しくてしょうがなかった。 「有り難う、大事にするよ。将臣くんから貰った指環に仲間が増えるね」 純粋に喜ぶ余りに笑うと、逆に将臣は驚いたように望美を見た。 「…お前、まだあんなもんを持っていたのかよ…」 「だって大切なものだよ? 将臣くんが怒られてまで買ってくれた指環だもん」 将臣は望美をじっと見たあと、不意に先に行く。 そんなものを後生大事に持っているなんて馬鹿げているとでも思ったのだろうか。 そう思われていたら、このこころが粉々になってしまうぐらいに痛かった。 望美がのろのろと歩いていると、不意に将臣が振り返る。 望美の手を取ると、まるで駆け落ちでもするかのように、歩いていく。 大きなストライドで、男らしく引っ張っていってくれる。 そんなに素敵なことをされると、もっともっと将臣を好きになってしまうではないか。 店を出て、将臣はオープンエアのカフェの前まで歩いて行くと、突如、立ち止まった。 「望美、貸せよ、指環」 「え、あ、うん」 返せと言われたような気がして、望美は素直に将臣に指環の入った袋を渡した。 名残惜しい気分で、じっと袋を見つめてしまう。 「手を出せよ?」 「え?」 「だから、左手を出せって言っているんだよ」 将臣が怒るように言うものだから、望美は仕方がなく手を差し出した。 左手を取られたかと思うと、将臣は指環を袋から取り出す。 珊瑚の指環を、将臣は左手薬指にはめた。 望美は一瞬、時間を止めたかのように固まっていた。 |