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将臣の腕の中で、まあるくなっておさまっていると、まるで母親の胎内にいるような気分になる。 望美が甘えるように、将臣の胸に顔を埋めると、更に強く抱きしめられた。 「幸福だよ」 「俺もすげえ幸福だぜ。今度はもっとロマンスのあるところで抱きたいな」 「今でも凄くロマンティックだよ」 望美がくすくすと笑うと、将臣は柔らかな躰のラインをなぞってきた。 「こんなに綺麗な女は外にいねぇから。こんなに可愛いお前を見せられたら、もう離れられねぇし、離せねぇから」 「私ももう絶対に離れないからね」 ギュッと抱き返すと、将臣は苦笑いをした。 「これ以上くっついてきたら、マジで襲いそうになるからな。だったらエンドレスでやらずにはいられなくなるぜ」 「…もうっ!」 将臣に殴りかかると、それを軽くかわされ、強く抱きしめられた。 「…マジ、お前の中毒になりそうだな」 「…中毒になってよ」 「その前に、お前の腰を鍛えなくちゃならねぇな」 「もう! すぐえっちなことを言うんだから!」 「俺はお前に対してはえっちなの。マジお前に中毒だ…」 将臣はいけしゃあしゃあと言ってのけると、望美を再び組み敷いてきた。 「…もう一回ぐらいは、セックスする時間はあるよな」 将臣は大人の男を思わせるような薄い笑みを浮かべると、望美の躰にキスを落としてくる。 「あっ…将臣くん…」 「マジでお前の躰は気持ちが良いからな。こんな躰は初めてだ」 将臣は夢中になって、望美の躰を貧る。 誰よりも夢中になってくれるのは嬉しかった。 だが、白紙ではない将臣を想うと、ほんの少し胸が痛む。 勿論、これは将臣には内緒だ。 「大丈夫かよ!?」 「うん、平気だよ」 あれから散々愛されてしまい、ホテルを出る頃には、望美はくたくたになってしまっていた。 腰などは砕けてしまいそうだ。 望美の腰はかなり細いせいか、将臣に激しく何度も突き上げられると、もうくらくらになる。 「マジ、ごめん。結局、四連発なんて、流石にもたねぇよな」 「バ、バカっ!」 露骨に将臣が言うものだから、望美は窘める。 誰かが聞いていたらと想うと、恥ずかしくてしょうがなかった。 「お前が可愛い過ぎるからだよ。俺を未知の領域にチャレンジさせたのはお前だけだからな」 「未知の領域って…」 「連続技は初めてってこと」 将臣には羞恥のかけらもなく、それどころかどこか自慢げにすら響いている。これには望美も苦笑いした。 「もう、バカなんだから」 望美は腰を支えてくれる将臣に甘えるようにもたれながら、ゆっくりと歩く。 流石に初めてなのにあんなに攻められてしまったせいか、望美の下腹部はよろよろだった。 「歩き方、それが精一杯かよ」 「だってこんなにまでしたのは誰かさんでしょ」 「まあな」 将臣は誇らしげと取れる笑みを浮かべると、望美を更に強く支えてきた。 のんびりと江ノ電に乗り込み、将臣と一緒にシートに腰を静めた。 車窓を見ると見事に晴れ上がり、清々しい気分になる。 ふと二人の前に視線を感じた。 望美が顔を上げて見つめると、そこには絵梨が夫と共に座っている。 相変わらずなんて綺麗な女性なのだろうかと思う。あれほど透明感のある女性は、なかなかいない。 ある意味将臣とお似合いだと想ってしまい、自分自身で傷ついてしまう。 望美が緊張の余りに震えているのを感じたのか、将臣はぎゅっと強く肩を抱いてくる。 絵梨を意識すればするほど、何故だか下腹部が痛い。先程までそこにいた将臣を思い出すだけで、泣きそうになった。 絵梨はじっと、将臣ではなく望美を見つめている。まるで値踏みをするような視線に堪えられなくなる。 望美がそっと将臣を見上げると、意外なまでに落ち着いた表情をしていた。 安心しろとばかりに、しっかりと肩を抱かれる。 まるで小さな車両のなかに、自分たちしかいないような気分にすらなった。 緩やかに過ぎる時間が、のんびりとした湘南の陽射しが切ない。 望美たちが降りる最寄の駅になり、将臣に助けられながら立ち上がる。 ドアの前に立つと、ハスキィな声が響き渡る。 「お似合いのカップルだわ」 夫に語りかけているようにも聞こえ、望美に語りかけているようにも聞こえた。 ふたりは極楽寺で江ノ電を降りる。 江ノ電が鎌倉に向かって走り去るのを見送りながら、将臣は無くした過去を慈しむような表情をする。そこにはもう、かつてあったやる瀬ない激情はかけらもなかった。 「絵梨なりにお前のことを認めたんじゃねぇかな」 将臣は爽やかな夏の青空のように呟く。 「そうだね。そうだったらいいね…」 望美はひとりごちると、もう遠くに行ってしまった絵梨の残滓を探すように線路を見つめた。 先程まで痛みのあった下腹部が、今度は幸福色に染め上げられる。 「…チャリに乗って…と言いたいところだが…」 将臣がちらりと気遣うように望美を見つめる。直ぐに言わんとする意味を理解した。 「…歩きたい」 「了解」 将臣は自転車を引きながら、望美を護るように歩いてくれる。 「好きだぜ、望美。お前だけだからな」 まるで独り言のように将臣は呟くと、望美の躰を柔らかく眺める。 ただ真っ直ぐ自分だけを見つめてくれるのが嬉しくて、望美は笑顔を零した。 小さな頃から、ずっとこの眼差しがほしかった。 自分だけを甘く見つめてくれる、将臣の眼差しが。 「…私も大好きだよ…」 望美はわざと将臣を見ずに、照れ臭いように真っ直ぐと前を見て言った。 将臣は、望美を抱き寄せると、場所を憚ることなく口づけてきた。 セックスをした時とは真逆の青い煌めきを持ったキスに、また気持ちは高ぶってくる。 唇を離されると、うっとりとした視線を将臣に送った。 「んな顔してると、夜中に部屋に忍び込んで襲うぞ」 「鍵を厳重にかけておくもんね」 「んなこと出来ねぇくせに」 将臣はぴしゃりと言い切ると、望美の鼻の頭にキスを落とした。 「ずっと一緒にいようぜ」 「もちろんだよ。嫌って言っても離れないもんね」 こうしていつものように、肩を並べて仲良く歩く、歩き馴れた道。 だが今までと、今日からの道は明らかに違う。 離れないと誓った後に歩く道は、ふたりに優しさと厳しさ、そして温もりを教えてくれる。 夏の煌めく日に、望美はお姫様を卒業する。 これからは将臣のそばにいるただの女として、歩いて行くのだ。 細くて長い道の先には、温かな明かりが溢れているだろう。 それに向かって、ふたりで歩いていく。 ふたりは友情から恋へそして愛の厳しさを識り、また一歩ずつ確実に歩いていった。 片恋の姫君なんてもうどこにもいなかった。 |
| コメント パラレルな幼なじみです。 完結です。有り難うございました。 |