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季節の終わりがすぐそこまで来ていた。まばゆい光の残滓をかき集めて、緑はより深い色に変化をとげようとしている。 将臣の横にいる女の子は、その光がとてつもなく似合っていた。いつもキラキラしているように見える。 きっと将臣のために綺麗になりたいと、ずっと傍にいたいと思っているから。 本当は、望美も将臣の横にいて、きらきらしていたいと思う。だがそうするには、余りにも親しい存在だ。きっと本気になんてしてもらえないと、思っていた。 「望美! 帰るぞ!」 「あ、待ってよ将臣くん!」 いつも放課後に見られる風景。将臣が望美に声をかけて帰るのは、空気みたいに当たり前のこと。 ふたりでじゃれあうように廊下に出ると、見知らぬ女の子が立っていた。 今まで見て来た女の子と同じように、きらきらと輝いている。 それは女の子だけに許された特権。望美は直ぐに気付いた。この子は将臣が好きなのだと。好き過ぎて、どうしようもないのだと。 「…有川くん、い、一緒に帰らない?」 声がひっくりかえっている。それぐらい純粋に将臣が好きなのだ。 この真っ直ぐ過ぎる想いに、望美は脅威すら感じる。真っ直ぐに将臣の心に入ってくるような気がしてたまらない。 どうか、将臣が断りますように。どす黒い感情を感じて、望美は唇を噛んだ。 今はきっときらきらじゃない。誰よりも黒いオーラが光っている。 「ああ、いいぜ。三人で一緒に帰ろう」 胸がえぐられてぐちゃぐちゃにされた気分になった。 三人一緒にだなんて、帰りたくない。 本当はふたりきりで帰りたいなんて、それはワガママなのだろうか。自分の想いを押しつけるのは。 「お前、家はどこだよ?」 「雪の下だよ」 「俺、バイトに行くから通り道だな。途中まで一緒に行こうぜ」 「うんっ!」 望美が薄暗い気分になっているにも拘わらず、女の子は本当に嬉しそうだ。 余計に酸素が足りない。呼吸困難で倒れてしまいそうだ。 ちらりと女の子は試すように望美を見る。 「春日さんは極楽寺だよね?」 「うん、そうだよ。だけど今日は藤沢にでも行こうかなあって思っていたから、反対方向だね」 望美が引き攣った笑顔を必死に隠そうとすると、女の子は嬉しそうに笑った。 「じゃあ、日坂を下りるときだけだよね。三人一緒は!」 「そうだね」 明るく笑いながらも、なんとなくつまらなさを感じる。望美は解らないように小さく吐息を漏らした。 女の子は、きらきらと輝きながら、将臣の傍にくっついていく。望美よりも親密なぐらいに。 本当に将臣が好きなのだと、望美はひしひしと感じていた。 駅まで着くと、直ぐに鎌倉行きの電車が、駅に滑り込んでくる。女の子と将臣はそれに飛び乗る。 「じゃあ望美、後でな」 「春日さん、さよならー」 ぎこちなく手を振った後、望美は大きな溜め息をついた。ここまで言った以上、気分転換に藤沢へ行ってみようと思う。 「バスボムでも買って、さっぱりとしようかな…。気分もリセットするし…」 望美は次に滑り込んできた藤沢行きの江ノ電に乗り込むと、窓辺に佇み、外の風景をぼんやりと眺める。 もうすぐ季節が変わる。 それは自分たちの関係も変わることを暗示しているような気がしていた。 藤沢では、バスコスメやナチュラルコスメを取り扱う店で、薔薇の香がするバスボムを買った。少し高いが、気分をリセットするには痛くない出費だ。これでどんよりとした気分を、払拭出来るだろう。 望美は少しだけ元気になり、江ノ電に乗り込むと、闇に沈み始めた空を眺めていた。気分が乾いてくる。 時間の感覚が無くなり、闇に浮かんでは沈むようだ。 鎌倉高校前までくると、部活帰りの生徒たちが大挙して乗り込んでくる。その中で、望美は譲の姿を見つけた。 「譲くんっ!」 「先輩! どうしたんですか? こんな時間に」 「お買い物に行っていたんだよ。バスボムが欲しかったんだ」 望美は自慢げにバスボムが入った袋を、譲に掲げた。 「兄さんは?」 「将臣くんはバイトだよ、今日は」 「そうですか…」 譲は、望美の心を総て見透かしてしまうような眼差しで、じっとこちらを見つめてくる。 なにもかも暴露されるような気分になり、望美は胸を痛めた。 「珍しいですね、先輩がひとりだなんて。最近は、兄さんとずっと二人組だったから」 譲の声にはどこか羨望が混じっている。 譲が自分のことを好きでいてくれることは解っている。だが男として、望美は見ることが出来なかった。譲は永遠に、大切な親友であり弟なのだ。 視線が痛くて望美は黙り込んでしまうと、そのまま俯くことしか出来なかった。 やがて電車は極楽寺に着き、ふたりは義務のようにそこで降りる。 改札を抜けた後、譲はポツリと尋ねてきた。 「…兄さんと、何かありましたか?」 「え、何もないよ」 そう将臣とは何もない。表面上は。だが、心の奥深くでは、望美が一方通行に何かがある。嫉妬と言う名のどす黒い感情が、望美を正気でいらせてはくれない。 「何でもなくはないでしょう? 先輩がそんな表情をするときは、決まって兄さんと何かがあった時ですから…。たとえ兄さんは意識をしていなくても、何かあった時は…、先輩はいつも淋しいそうだから…」 譲に気遣う視線を向けられ、弱さが露見してしまうそうになった。本当に泣きそうになる。望美は、何とか踏ん張ろうとした。 「…大丈夫だよ、本当に…」 鶴岡八幡宮の迷宮を解決してから、ふたりの距離は少しは近付いたように見えた。だが、手探りで大好きな 相手の気持ちを掴もうと必死になればなるほど、胸は烈しく痛んだ。 「辛かったら我慢しなくて良いんですよ…。先輩はいつも我慢し過ぎです…。そんな気分にさせる兄さんを俺は…」 譲が握りこぶしを作り、明らかに劣情を将臣に向けていることが解る。 「先輩…、辛いこととかあったら…全部俺に預けて下さい…。楽になって良いんですから、先輩は…」 譲が自分だけに向けてくれる恋心は痛いぐらいに解る。きっと自分も同じ感情を将臣に向けているだろうから。 「有り難う…。だけどね…」 「それ以上は言わないで下さい。惨めな気分になるだけですから…」 譲は眼鏡を直す仕草をしながら、俯いた。 「ごめんね」 余計に心が重くなり、切なくなった。譲を好きになれたら、どれほど楽だろうか。 「謝らないで下さい。俺が勝手に先輩を好きなだけですから」 爽やかな素直さを持つ譲に、望美は思わず微笑み返した。 「有り難う。私も同じだよね。将臣くんを勝手に好きなだけだから」 「…それはどうでしょうか?」 「え?」 思わず譲の顔を見ると、どこか悔しげな顔をしていた。 「…少なくとも先輩は、一方通行な恋じゃないってことです」 「そんなことは…」 「そんなことはあります。ちゃんと兄さんにきいて貰えば、解ります…。兄さんはおおらかそうに見えますが、本当は、誰よりも気を遣う繊細なところがあるんですよ。特に先輩には、そうなのかもしれません…」 望美は譲が話している間、じっとその横顔を見ていた。誰よりも大人な横顔がそこにある。 自分は小さい女の子のまま、少しも成長していないというのに、譲は既に老成していた。 何だか取り残されてしまった気分だ。 「…ずっと将臣くんの傍にいて、解ったつもりでいたけれど、やっぱり譲くんには敵わないね…」 何だかしんみりとした気分になる。まるで秋の夜に寂しくなるような気分だ。 「…俺たちは年が近いから、お互いのことを鏡のように解るんですよ。だから、好きなものも欲しいものも解る。 いつも同じものを欲しがるから、本当は…よく似ているのかもしれませんね…」 欲しいものが似ている。 何だかドキドキして、喉の奥がからからになった。 「譲くん、あ、あのね…、それって…」 そこまで言ったときに、自転車のライトに照らされて、望美は目を眇める。 そのまま自転車は、ふたりの前を立ちはだかるように停車した。 そこにいたのは、将臣だった。 「いつまでほつきあるいてるんだよ、不良娘」 声がどこか厳しかった。 |
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