告白


「将臣くん、横須賀線も止まっちゃってるよ」
「時間を潰すしかねぇな」
 夕方のラッシュ時に起こった地震のために、望美と将臣は電車に乗れなくなってしまった。
 そもそも、ふたりは学園祭関係の用で横浜に来ている。デートの延長と言えばそうなのだが、そこまでの色っぽさはない。
 まだまだ幼なじみの枠から抜けきれていないから。
「東海道も京浜東北もダメだから時間潰すしかねぇな」
「そうだね」
 ふたりは30分ほど、ショッピングモールを回ることにした。
「あ、あのワンピース、可愛くない? ちょっとクラシカルな感じがしてさ」
 鎌倉でこのワンピースを着れば、とても映えるだろうと思う。望美はじっと見つめ、高校生には少し高すぎる価格に溜め息をついた。
「お前、こんなの好きなのかよ? いつもパンツかジーンズだろ?」
「あれはあれて良いんだけれね、やっぱりああいうのも憧れるんだよ」
 望美は目の保養をするために、じっくりとワンピースを見た後、「有り難う」と、店から離れた。
「将臣くんも、見たいものがあるんじゃない? ちょっと見ようよ」
「ああ」
 メンズブティックの通りまで歩き、将臣がよく着ているブランドがあるセレクトショップの前まで来た。
「これいいよな」
 将臣が指差したのはレザーのライダーズジャケット。これからの季節は重宝するだろう、ブラックのものだ。
「うん、将臣くんなら似合うよ。だけどね?」
 望美はお茶目さを滲ませた含み笑いで、将臣を見る。
「だけど、何だよ」
「譲くんにさ、また言われそうだね。”柄が悪い”って」
 くすくすと笑い声を上げると、将臣はぶすっとして望美を睨み付ける。
「悪かったな。あいつには、男のロマンが解らねぇんだよ」
「私も解らないなあ」
 望美がわざと言うと、将臣はヘッドロックをぐりぐりとしてくる。
「もうっ! 止めてよー」
 幼なじみならではのコミュニケーションで、ふたりは大騒ぎをした。
「だけど、きっと将臣くんは凄く似合うと思うよ」
「サンキュ」
 ふたりは店を離れ、あてどなく歩く。
 電車が地震によって止まっているせいか、望美たちのように時間を潰している人達で、駅近くのショッピングモールは人であふれかえっている。
「夕食時もあいまって、どこの食べ物屋さんも満員だね!」
「そうだな。休憩を気軽にって訳にはいかねぇな」
「ホントに!」
 将臣と話すのに夢中になっていたからか、望美は前を全く見ておらず、見知らぬ男性とぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「気をつけろ!」
 電車が止まって苛々しているのか、男はきつく望美に叱責をした。その勢いに、望美はびくついてしまう。
「ちゃんと前を見ていろよ」
「うん、ごめんね」
 望美はしゅんとなり、まるで飼い主に怒られた子犬のようになっていた。
「しょうがねぇな」
 将臣は悪態をつきながらも、望美の手をしっかりと握りしめてくる。
 手を繋いだのは、夏休みの終わりに行った江ノ島以来だ。大きくてしっかりと包み込んでくれる将臣の手がとても頼もしかった。
「これだとまだ電車は止まっているみてぇだな。少し外に出て外の空気を吸うか」
「そうだね」
 ふたりは途中、芋菓子と温かな飲み物を買って、駅の外に出た。
 もう手を繋ぐ理由はないのに、ふたりはしっかりと握り合う。
「もうすぐ冬だから寒いね」
「肉まんがコンビニで売り始めると、そう思うよなあ」
「そうそう!」
 だが今は寒くない。
 将臣としっかりと手を握りあっているから。
 はふはふと芋菓子をふたりで食べながら、イルミネーションが美しい街を歩く。
 こうしていると自分たちは誰から見ても、紛れのない恋人同士に見えるような気がする。
 それがこっそりと嬉しかった。
 同じ鎌倉高校の制服を着た男の子がじっとこちらを見ている。
 同じように電車が止まって、時間を潰しているのだろう。望美はひとりでなくて良かったと思った。将臣と一緒にいるだけで、凄く嬉しい。
「おら、ぶつかるぞ」
「うん、有り難う」
 よそ見をしていてぶつかりそうになった望美を、将臣はしっかりと回避し、支えてくれる。
「なんかね、寒いときに将臣くんと手を繋ぐのはいいね」
「暖かいからな」
「確かに暖かいけれどね」
 望美が笑うと、将臣はしっかりと握り直す。まるで指をしっかりと絡ませ合った恋人繋ぎみたいだ。
 普段、こうしてしっかりと繋げられればずっと良いのに。
「こんなにしっかりと握りあってたら、将臣くんが好きなコが誤解するね」
「しねぇだろ」
 将臣はあっさりと言うと、もっと近くに躰を密着させてきた。
「それより、お前こそ、お前か好きなヤツが誤解するだろ?」
「しないよ。絶対」
 望美もキッパリと言い切る。
 将臣は切れるような鋭い眼差しを望美に向けながら、ごく自然にきいてきた。
「いるのか? 好きなやつ」
「うん、いるよ」
 素直過ぎるぐらいに、望美はあっさりと認める。将臣の手に汗が滲んだ。
「どいつだよ? 俺が知っているヤツか?」
「そうだよ。将臣くんが誰よりも一番識っているひとだよ」
 名前こそ望美は言わなかったが、答えを聞いたも同然だった。
 たったひとりの名前が浮かび、将臣は背筋を凍らせる。
 譲。我が弟であり、ある意味人生最大のライバルだ。
「譲か…?」
 動揺しているのが丸解りのように、語尾が高くなる。
「違うよ」
 望美が呆気なく否定したものだから、将臣は益々解らなくなった。
「将臣くんはどうなのよ? 好きなひといるんでしょ?」
 望美はさりげなさを装いながら聞いてみた。
「ああ。いる」
 同じ答えだ。望美はチクチクと胸が痛い。
「どんな女性? 私が識っているひと」
「ああ。お前が一番識っているひとだな。理解者と言っても良いな」
 望美は友人の顔を思い浮かべたが、将臣とはみょうにしっくりこないし、みんなはそんなに仲が良くない。
 まさか?
「禁断の愛じゃないよねっ! ゆ、譲くんとか、うちのお母さんとか…っ!?」
 どこからそんな考えが出来るのが、全く訳が解らない。
「んなわけねぇだろ? 俺の好きな女はおっちょこちょいだし、すぐへんな勘違いもするか、俺にとっては離せねぇ相手なんだよ」
「そ、そうなんだ…」
 望美は少し目を伏せ、将臣をまともに見ないようにする。
 見れば辛いような気がするから。
「望美の好きな男はどんなんなんだよ?」
「いつもピンチの時は私を助けてくれるひとだよ。はぐれないように手を繋いでくれるステキなひと」
 ふたりはお互いを見つめあう。
 互いの目が少し驚いたように見開いてから、笑みを瞳に浮かべる。
 ふたりだけの”ひょっとして”が、重なった。
「望美、お前の好きなヤツは、こんな顔をしているんじゃねぇか」
 将臣は顔を覗きこむように見つめてくると、望美の唇に軽く自分のそれを押し当てた。
「あ…」
 触れるだけのキスに、ドキドキせずにはいられない。
「お前の好きなやつは?」
 望美は頷くと、そっと背伸びをして、将臣の唇にキスをした。
「好きなひとにしかキスしないから」
 望美は頬を紅くすると、将臣にはにかむ笑みを浮かべる。
「電車が動いたって!」
 通り過ぎる人々が口々に言っている。
 だがふたりは、駅に急ぐこともなく、横浜の夜景を見つめる。
「もうひとまわりするか?」
「そうだね」
 ふたりは手を繋ぐと、闇に甘い気持ちを溶かした。
 
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