素直になれなくて


 将臣のほうが、余程怒るようなことをしていると言うのに、どうして怒るのだろうかと思う。
 望美は、自分のほうが、嫉妬でじりじりと妬かれてしまいそうだと、思う。
 将臣の横に、我が物顔で立っていた女。彼女を思い出すだけで、胸の奥が詰まってしまうぐらいに痛かった。
 窓から見える将臣の部屋は、明かりはついていない。恐らくまだ帰ってはいないのだろう。
「実際に綺麗だし、スタイルも良かったものね」
 ベッドにごろごろと横たわると、涙が溢れてきた。
「…好きだから、私は一緒に沖縄に行きたかったんだよ…」
 おびょおびょと泣いている自分が、何だか嫌でしょうがない。望美は、溜め息をつくと、布団を頭まで被って忍び泣いた。

 これが、”幼なじみ離れ”なのかと、望美は改めて想う。
 譲も将臣も、自分がやりたいことを見つけてしまい、望美だけがポツリと取り残された恰好だ。
 寂しくてしょうがなくて、望美は肩を落とす。頬を撫でる初秋の風が、哀しい気分を助長していた。
 とぼとぼと駅まで道を歩いていく。最近は、将臣が先に行くことが多くなり、望美はひとりで登校する。
「望美」
 自転車の急ブレーキの音がして、肩をぽんと叩かれて振り返ると、将臣がいた。
「乗れ」
 将臣のほうは蟠りがないようで、ごく自然に後ろを指差す。
 気にしているのは自分だけ。
 将臣が嫉妬してくれたら良かったのに。
 望美は沈む気分をごまかす為に、ニッコリと笑った。
「おはよう。有り難う、将臣君」
 望美はいつも通りに、鞄を前カゴに突っ込むと、将臣の後ろに乗り込んだ。
 自転車が駅に向かって走り出すと、望美はギュッと背中に縋り付く。
 背中を見ていると、襟の部分にルージュが付いているのが解った。
 あのひとのだ-----
 望美は、このまま自転車から飛び降りてしまいたくなる衝動に駆られる。
「ねぇ、将臣君、昨日、お家に帰った?」
「いいや」
 隠してもしょうがないとばかりに、将臣はキッパリと言い切った。
 やっぱりだと、望美は想う。
 昨日、女のところに泊まったのだろう。
 望美はどんどん自分の気分が落ちて来るのが解った。
 目の前が涙のせいで、視界がぐちゃぐちゃになる。
 どうしてもっと早く、この恋心に気付いていなかったのか。
 後悔してもどうしようもないような気がした。
 自転車が駅に着き、将臣が駐輪場に置きにいっている間、望美は先にホームへと向かった。
 今日は学校に行きたい気分じゃない。
 将臣を待つのも辛い。
 望美はひとりになりたくて、反対方向のホームに上がる。
 どうせ今日は始業式だ。授業もない。
 ひとりになって、今は海を見たかった。
 空は鈍色をしていて、自分の心にピッタリだと思った。
 電車が来て、望美は学校とは反対方向に乗り込む。
 初めてのワガママだった。
「駆け込み乗車はお止めください!」
 車掌の怒るようなアナウンスに、望美は顔を上げると、そこには将臣がいた。
 汗を滲ませて、怒ったような顔をしている。
「…将臣くん…」
「学校とは反対方向だろ、こっちは。次で降りるぞ。遅刻は免れる筈だから」
 将臣に思い切り腕を取られても、望美は頭を横に振った。
「海が見たいんだよ」
「海?」
 馬鹿なことは言うなとばかりに、将臣は眉を寄せる。だが直ぐにいつもの顔になった。
「しょうがねぇな。付き合ってやるよ」
 呆れたように笑う将臣は、どこか楽しんで見える。だが、望美はひとりでいたくて、俯いた。
 将臣を避けて、電車もわざわざ反対方向に乗ったと言うのに、これでは同じことだ。
「将臣君は、次で降りて、学校に行きなよ。間に合うからさ」
「バカなこと言うんじゃねぇ。俺はお前がどう思おうが、海が見たくなったんだ。自分の意思で乗り込んだ。文句、あるかよ」
 長めの前髪をかきあげながら、将臣は機嫌悪げに言う。元々、よく響く低い声をしているせいか、余計に凄みがあった。
「ひとりになりたいから」
「偶然だな。俺もひとりになりてぇんだよ」
「そう。だったら、私、向こうに行くから」
 拗ねたままで言い、望美が車両を変えようとすると、将臣に腕を掴まれた。
 じっと掴まれたままでは、どうすることも出来ない。望美は立ち尽くすしかなかった。
 ただ無言で。
「次で降りるぞ」
「えっ!? あ、あっ!?」
 将臣は望美の腕をしっかりと取ったまま、強引に降り立ってしまった。
「お前が具合悪いって学校に連絡しなきゃな」
 将臣は、望美の手をしっかりと掴みながら、電話をしてくれた。
 しっかりしているし、自分や他人の甘えを許さない将臣は、教師からの信頼もかなり厚い。それ故に、サボるとは取られないのだ。勿論、望美だってそうだ。
「終わったぜ。これで俺達は自由だ」
 将臣は、ズンズンと歩いていく。真っ直ぐ歩く様は、とても堂に入っていた。
「ひ、ひとりになりたいのに」
「ひとりになんてしねぇよ。お前はマジで病気だもんな」
 抗おうとしても抗わさせないようにすると、将臣は望美を牽制するように睨む。
「ピンピンしているよ!」
 海岸まで歩きながら、望美は必死になって抵抗する。だが、将臣は素知らぬ顔だ。
「海に着いたら叫んでしまぇ。全部嫌なことは忘れるんだな」
「……」
 嫌なことを、切ないことを思い出させる相手の前で、吐き出せなんて、間違っている。
 望美は俯いたまま、将臣に手を引かれながら、海岸に向かう。胸が痛んで、顔を上げられなかった。
 流石に、海岸に着くと、少しは落ち着きを取り戻す。
 望美は誰もいなくなった浜辺をじっとみる。
「流石に、夏休みは終わったって実感するな」
「そうだね…」
 望美は気のない返事をすると、海だけを見つめた。
「なぁ、嫌なことがあったんなら吐き出せ。俺が受け取ってやる」
 将臣に言葉を噛み締めながら、こんな気分になったのは誰のせいなのかと、キレたくなる。
 大きな優しさを持った将臣を見ていると、望美は感情が逆流してくるのを感じた。
「将臣君のバカっ! あなたが私を怒らせるの!」
 胸を叩くと、将臣は驚いたように、一瞬、躰を引く。だが、直ぐに望美の感情を受け止めてくれた。
「しょうがねぇやつだな…」
「だって、将臣君は、私よりずっと綺麗な彼女がいるくせに、私がオーナーと一緒にいただけで恐い顔をするし…、なのに自分はもっと酷いことをしてさ。彼女のところに泊まって、せ、制服にルージュをつけてくるくせに!」
 完全に興奮してしまい、望美は胸をしゃくりあげる。涙がポロポロと溢れて、感情がどんどん流されていった。
「あいつは彼女なんかじゃねぇよ!」
 将臣は、頭ごと望美を抱き寄せ、力を込めて離さない。
「だって、ルージュがカッターについてたっ!」
「それはちょっとした事故でつけられたんだっ!」
「嘘ばっかり!」
 お互いにキツイ言葉の応酬が繰り返される。息も粗くなる。
「ったく、減らず口はこうする」
「や、ヤダッ…!」
 顔を背けるだとか、そんな考えの前で、将臣は唇を塞いできた。
 最初はかなり強引だったのに、徐々に甘くなる。
 いつしか望美はキスに夢中になっていた。
 唇をはなされた後も、減らず口は治らない。
「私のファーストキスだったのに…」
 ほのかに頬を赤らめながら言うと、将臣は初めて優しい笑みをうかべてくれた。
「俺はお前の”初めて”を全部、奪うつもりなんだよ」
 将臣は望美をストレートに抱きしめると、髪をそっと撫でてくれた。
「俺が機嫌が悪かったのは、お前があのオーナーとやらと、仲良しこよしし過ぎてたからだ。アイツ、絶対お前を狙っている」
 将臣は嫉妬に塗れた顔で、じりじりしている。
 妬いていてくれたことが、今は嬉しかった。
「望美、慶子とは恋愛感情は一切ねぇさ。昨日は、お前ときざなオーナーのことでむしゃくしゃして、ダチのとこに泊まった。制服を持っていってなかったから、今朝着替えに戻ったんだ。その時にお前の鈍臭いお袋さんが、俺にぶつかって口紅をつけたんだ!」
「嘘?」
「確かめたかったら、ちゃんと直接聞け」
 将臣がそこまで言うのだ。それは真実に違いないだろう。
 望美はようやく嫌な緊張を躰から抜き取ると、将臣をはにかむ眼差しで見上げた。
「…ごめんね」
「ああ。俺こそごめん。嫉妬からお前に八つ当たりしちまって」
 将臣は困ったように照れ笑いを浮かべると、髪をかき上げ、望美を真っ直ぐ見てくれた。
「ちゃんと言わなきゃ、お前も不安だよな」
 将臣の指が、望美の頬を甘く触れる。
「好きだぜ。これは素直になった法が得策だからな」
「私も、大好き」
 嬉しすぎて涙がにじむ。望美は泣き笑いを浮かべながら、将臣の手にそっと触れる。
 ほんの少し素直にさえなれば、幸せは手にはいる。
「来年、沖縄に一緒に行こうぜ?」
「うん!」
 手をしっかり繋いで、故郷の海岸を歩いていく。
 
 手を離したらダメ------

 そんな言葉が脳裏に浮かんで、リフレインする。
 この言葉の意味を識るのは、あと数ヶ月先。真の運命が現れてから------
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名前に源平を意識しました。




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