目覚まし時計


 望美が起こしに来ないと、聞いたせいか、今日はいつになく早く目覚めた。
 悪い夢を見たあとと、凄く雰囲気が似ている。
 窓から見える望美の部屋は、カーテンごしにひとかげが動いているのが見える。
 今、準備に忙しいのだろう。
 将臣は、望美に追い付くために起き上がると、直ぐに仕度をした。
 望美が起こしに来ないというだけで、凄く苛々する。ぐっすり眠れない。
 仕度を済ませると、将臣は、望美に追い付くために、自転車を取りに行った。
 望美には直ぐに追い付くはずだ。
 カノジョがいるだけで、どうして学校をまで一緒に行けないのだ。それが将臣には解らない。
 将臣は、何だか好きなひとに裏切られたような心境になりながら、自転車で望美を追い掛けた。
 前を歩く望美には、すぐに気付く。
 こんなに華奢な躰をしていたのだろうか。こんなに綺麗な髪をしていたのだろうか。
 あの絹糸のような髪に口づけたい、あの華奢で柔らかそうな躰を背後から抱きしめたい衝動に、将臣はかられた。
「望美!」
 声をかけるとふわりと振り返る。その仕草が妙に色気があり、将臣は緊張するぐらいに呼吸が烈しくなるのを感じた。
「おはよ、将臣くん」
 何も変わらない望美。だがどこかよそよそしさも感じる。
「今日は起こしに来てくれなかったんだな」
「もう、目覚まし役は終わったんだよ」
 望美は苦笑いをすると、頑なに拒絶する眼差しを贈ってくる。一体何なんだと、将臣は思った。
 望美の態度のぎこちなさに、将臣は憤りすら感じた。
 この我が儘で華奢な躰を抱きしめたい。
 将臣は無意識に望美の腕を取っていた。
「い、痛いよ!?」
 望美が苦しげな声を出すものだから、将臣は我に返りその腕を放した。
 思わず強く握りすぎてしまった。
 我に返り、腕を放す。
「痛かったか?」
「ちょっと。だけど大丈夫だよ。将臣くんは先に行ってよ。待たせているんでしょ? カノジョ」
 カノジョは関係ない。カノジョが出来たからと言っても、望美への扱いはいつも通りで変えないつもりだというのに。
 だが何を言っても無駄なのだろう。将臣は苦笑する。
「そうだな」
「じゃあ学校でな」
 将臣はそれだけを言い捨てると、自転車を全速力で漕いでいく。最悪な朝の幕開けだと思った。

 待ち合わせていたカノジョと駅で落ち合い、一緒に江ノ電に乗り込む。
 何だか違和感を感じる。隣にあるべきものがないような、深い喪失感を感じた。
 つい目で望美を探してしまう。カノジョがいる場所にいるのが、望美であるべきだと、強く感じていた。
 カノジョと言っても、一昨日から付き合い始めたばかりで、今はまだ登下校と昼休みを一緒に愉しむだけだ。
 デートらしいデートをしていないのは、アルバイトで忙しいからだと言ってある。
 だが本当のところはどうなのか、自分でも解らないところがある。
 ------カノジョを本当に好きなのか。
 解らない。
「ねぇ、将臣聞いてる?」
「ああ」
 何を言っているのか考えないまま、将臣は気のない返事をした。
 今、気になることは、望美が総てだ。

 学校に行くと、誰もが驚きの眼差しを向けてくる。きっと横にいるのが望美ではないからだろう。
 男たちの囁く声が聞こえる。
「春日さんはフリーか。だったらもう、有川に遠慮せずに、コクることが出来るぜ」
 神経を過敏にさせる一言に、将臣は唇を噛んだ。
 そんなことは絶対にさせない。
 阻止したくなる自分のワガママさに、将臣は苦笑せずにはいられなかった。
 教室に入っても、話題はそのことで持ち切りだった。
 女子クラスメイトからは非難めいた眼差しを受け、男子クラスメイトからは「これで春日にコクれる」といった、囁き声を浴びた。
 その上、望美には「カノジョを優先に」などと言われてしまう始末だ。
 調子が出ない。全く踏んだり蹴ったりな朝だ。
 将臣は機嫌が治まらないのを感じながら、前に座る望美の背中ばかりを見ていた。
 遠く感じた。

 望美と余り接点が無くなってからというもの、ずっと苛々が治まらない。譲からも叱られてしまう始末だ。
 望美に告白をしては玉砕するヤツが多発し、将臣にとっては不機嫌が頂点に達していた。
「春日さん、ヤッパリモテるんだね。私たちが付き合い出してから、将臣にとっても、春日さんにとっても、良いように進んでいると思わない?」
「そうかよ」
 将臣はまた素っ気なく返事をしながら、非常階段から見える裏庭を見た。
 そこに現れた人物に目を見張る。
 望美だ。
 しかも、一級上で、ひそかに憧れているものが多い男子生徒と一緒だ。
「あっ! センパイ! そうか、センパイ、委員会で春日さんと一緒で、いつも気にかけていたものね」
 カノジョの言葉が、将臣の胸に深く突き刺さる。そんなことは知らなかった。
 将臣は、眉間にシワを寄せて、じっと望美たちの様子を窺う。
 ふと、望美の視線が将臣を捕らえて、絡み合った。
 困惑するような、どこか物悲しい視線を向けている。
 何かを相手の男に言っている。
 聞きたくてたまらなくて身を乗り出すと、望美が、小さな段から足を滑らせて、ひどく転ぶのが見えた。いつもドジで、将臣がちゃんと見ていてやらないと、望美は危なっかしい。
「望美…っ!!」
 無意識に将臣は、望美に駆け寄ろうとした。
「おいっ!」
 カノジョに腕を強く掴まれて、将臣はきつく睨んだ。
「何をする!?」
「私と春日さん、どっちが大事なのよっ!」
 カノジョがキレたように言うのにウンザリしながら、将臣はキッパリ答えた。
「望美だ」
 迷うことなく出る言葉。だいたいどっちが大事なのかと、自分の尺度だけでものを見て、周りを見ないのが腹立たしい。
「そ、そんなに春日さんがよかったら、春日さんと結婚すればいいでしょっ! 絶交よ! 別れる!」
 だいたいこんなにキンキン声でまくし立てられると、萎える。
「絶交でいい。別れちまおう」
 将臣は未練なくスパッと言うと、望美に向かって走り始めた。
 またいつもの結末だ。
 最後は望美のことで揉めて、終わってしまうのだ。
 望美なら、きっとこんなことは言わない。将臣の友達がピンチなら、一緒にいって助けるだろう。
 そうじゃないなら別れたほうが得策だ。
 どうして、付き合う誰もかれもが、望美よりもずっと劣ると感じてしまうのだろうか。
 その答えを知っていながら、今まで気付かないふりをしていたのかもしれない。
「望美!」
 将臣は一緒にいる先輩に睨みをきかせて押しのけると、小さくうずくまっている望美に駆け寄る。望美は涙目でこちらを見上げてきた。
「どこか傷むところはあるか!?」
「あ、足首…」
 将臣は何の躊躇いもなく、望美の足首に触れる。想像以上に華奢で、ドキリとする。
「痛いか?」
「うん…少し…」
「だったら保健室で診てもらうぞ」
 将臣はひょいと望美を抱き上げると、保健室に颯爽と連れていく。
「将臣くん、カノジョは!?」
 望美は心配そうに眉間にシワを寄せながら、将臣を見上げる。瞳に涙が滲んでいる。いかにも申し訳ないとばかりに、しゅんとしていた。
「別れた」
「えっ!? もうっ!」
 望美の本音だったのだろう。目をまるくして将臣を見ている。
「だから、明日から俺をまた起こしに来いよ。お前から、目覚まし時計の役割、取る気はねぇから」
 将臣は照れ隠しをするかのように、望美の額を指先で弾く。すると甘く顔をしかめたのが解った。
「もぅ! ひとを目覚まし時計扱いしないでよね! 将臣くんもたまには、私の目覚まし時計代わりになりなさいよ?」
 むくれるふりをして言う望美もまた可愛い。
「じゃあ、明日は俺が起こしに行ってやるよ。覚悟しろよ?」
 ウィンクをすると、望美は「望むところよ」と、いつもの勝ち気な瞳で返してきた。

 保健室で診て貰った結果、望美は軽いねんざと判明し、将臣はホッとした。
 そして今日も、今までと同じように、望美と一緒に江ノ電に揺られる。
 これがごく自然なこと。
 温かな気持ちになりながら、将臣は、望美を一生傍から放せないことを自覚していた。

 翌朝----
 将臣は、望美の母親の許可を得て、そっと望美の部屋にはいる。
 自分でもよく早起きできたものだと思う。
 まだすやすやと眠る望美を見つめながら、将臣はベッドの傍らに腰をかける。
 布団から覗く胸元を見て、ハッとする。
 首に大切にかけられていたのは、将臣が幼い頃に望美にあげた指輪だった。
 これをいつまでも大事にしてくれていた望美への想いが堰を切る。
 どうして今まで気付かないふりをしていたのか。
 こんな自分が嫌になる。
 将臣は愛しすぎて、もう恋心が止められない自分をみとめながら、望美の顔に、自身の顔を近づけていく。
「-----起きろよ、望美」
 王子様は、朝日に輝くお姫様の唇をそっと奪った-----
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幼なじみは書いているだけで幸せな気分になれます。




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