千年の恋も覚めてしまう


 両想いなのに素直になれないふたりがここに。
 幼なじみだからか、お互いに、「好き」であることは自覚してはいるものの、そこから一歩が踏み出せない。
 きっかけがあれば、恋の花は綺麗に咲き乱れる。
 そのチャンスはいつやってくる?
 例えばどこにでも落ちているのかもしれない。

「それでは、今学期の男子クラス委員は有川くんに」
「おい、ちょっと待てよ!」
 ホームルーム中の教室に将臣の不快そうな声が響き渡る。席から立ち上がり、辺りを見据える眼差しは”がらが悪い”と言われても仕方がないほど鋭い。
「多数決だ有川、諦めろ」
 担任のやる気なさ気な声に、将臣のこめかみがひくつく。
 溜め息をつくと、どこか思案にくれているように、望美を見た。眼差しの意味が解らずに、望美がキョトンとしていると、将臣は意地悪にも切り出して来た。
「じゃあ、女子の委員を春日さんがやるなら、やっても良い」
「ちょっ! ちょっと将臣くんっ!」
 委員なんてしたくもない。
 望美は思わず立ち上がると、隣で知らん顔をしている将臣を睨みつけた。
「じゃあ、決定だな。今学期のクラス委員は、有川と春日だな」
 先生はやれやれとばかりに伸びをすると、席から立ち上がった。
 誰もが拍手をして、ふたりを温かくてからかうような眼差しを送っている。
「…決まりだな、全会一致だ。諦めろ、望美」
 将臣はしてやったりとばかりに微笑むと、望美を見つめてくる。
 望美は恨めしい気分になりながら、大きな溜め息をつくしか出来なかった。

「委員なんて面倒臭いことを、気心しれたお前とじゃなきゃ、出来ねぇからな」
 いけしゃあしゃあと言ってのける将臣を、望美は睨みつけた。
 委員とは聞こえが良いが、結局のところは、雑用係なのだ。
「巻き込まないでよお」
「お前と一緒のほうが、仕事しやすいからじゃねぇか。お互いに帰宅部だからな。諦めろ」
「もう」
 将臣と何かを一緒にするのは勿論楽しいし、嬉しくもあるが、何処か腑に落ちないところもある。
 ふたりは委員会が開かれる教室に足を踏み入れると、並んで腰を下ろした。
「あ! 先輩! 兄さんも」
 きまじめな顔をして姿を現したのは譲。やはり彼も委員に選ばれたのだ。きまじめ一徹公務員なところがあるので、選ばれるのは当然といったところだろうか。
「兄さんと先輩が委員だなんて珍しいな」
「クラスの陰謀だ。ったく、どうして俺がこんなに面倒臭いことをしねぇとならねぇんだか」
「それに巻き込まれてのが私なんだよ」
 望美は幼なじみであるふたりを見ながら、軽く溜め息をついた。
 望美は本当に巻き込まれただけだ。実力でクラス委員になったわけではない。
 ぐうたらに見えるが、将臣は勉強もトップクラスで、いざというときには頼りになるし、何よりもクラスを纏める力がある。
 だからクラス委員になっても当然なところはある。
 譲はきまじめさが買われたのだろう。
「あ、有川くんが委員に選ばれたんだ!」
 華やいだ声が異口同音で聞こえ、誰もが憧れの眼差しで将臣を見ているのが解る。
 熱い眼差しに、望美の胸がちくりと痛んだ。
 誰もがあからさまな視線を将臣に向けている。
 男気があり、頭が良く、そのうえ容姿端麗と揃えば、女の子の熱い眼差しを受けるのはごく当然のように思えた。
 何だか気に入らない。
 隣にいる望美を、女の子たちが牽制するように見つめてくる。
 座っていてもどこか居心地が悪くて、思わず咳ばらいをした。
「それでは中央委員会を始めます!」
 生徒会長が教室に入ってくると同時に、委員会が始まる。
 横にいる中央委員会委員長は、まだ空席だ。
 生徒会長と不意に目が合い、望美は思わず会釈をした。
「さて、今日の議題は、中央委員会の委員長を決定する。推薦するひとはいますか?」
 生徒会長のひとことで、真っ直ぐ手が上がる。
「有川将臣くんを推薦します!」
 だらけて座っていた将臣が慌てて立ち上がる。
「おいっ!」
 これ以上面倒臭いことはしたくないとばかりに、将臣は推薦をした女の子を睨む。
 だが余りにもきらきらとした笑みをこちらに向けてくるものだから、仕方なく鋭い視線を引っ込めた。
「有川くん、何か不都合でも?」
 会長は落ち着いた声で、将臣を訝かるように見つめてくる。
「春日さんと一緒ならやります」
 今度は望美が将臣を睨みつける番になる。
 ただでさえ巻き込まれてしまったというのに、とことんまで巻き込まなければ気が済まない質らしい。
「…春日さん異存は?」
「将臣…いえ有川くんが選ばれてから考えます」
「はい」
 会長はふたりを可笑しそうに交互に見ている。まるで見世物になっているような気分だ。
「それでは、推薦したい方、立候補したい方はいますか?」
 会長は教室を見合わせて、周りの様子を探っている。
 委員会に出ている者の中には、堂々と立候補をしたい者もいるようだが、誰もが遠慮しているようにも見える。
 去年まで望美たちと同じクラスだった委員が、くすくすと笑いながら発言した。
「…有川夫妻がすれば、まるく納まるんじゃないですか?」
 これには誰もが忍び笑いを漏らして頷く。譲と本人たちを除いて。
「では決まりだね。中央委員会の委員長は有川将臣くん、その補佐は春日さんということで。君達のコンビネーションを期待しています」
「「ちょっ、勝手に決めるな」いで下さい」
 ピッタリと声が揃ってしまい、くすくすと笑いが起こる。まるでふたりで夫婦漫才をしている気分だ。
「良いコンビネーションだね。流石だよ。ふたりとも、しっかりとやってくれ」
 誰もが拍手をするなか、ふたりは唖然と顔を見合わせる。
 こんな状況である以上は断ることなんて、出来るはずもなかった。

「これで二回目だよ、巻き込まれちゃうの!」
「いいじゃねぇか、お互いに帰宅部だし」
「将臣くんは実力で委員になったけれど私はそうじゃないんだから」
「お前も実力だって」
 鞄を片手にぶつぶつ言いながら、将臣とふたりで日坂をのんびりと下っていく。いつもこの瞬間が好きでたまらない。
「それに俺はバイトとかで色々と忙しいから、お前が補助でいてくれるのは助かる。補助なんて気心が知れたやつが一番良いだろ? 面倒臭く気を遣わなくたって良いしな」
 さらりとこちらがドキリとするようなことを平気で言う将臣に、望美は妙に落ち着かない。
 この「好き」だという気持ちが、心を弾ませてしまう。
「だから宜しくな」
「もう、調子が良いなあ」
 出来ることならば、自分以外の誰にも頼ってなんか欲しくはない。
 望美は笑いながら、どこか誇らしく感じていた。

 近過ぎるから、なかなかきっかけが掴めない。




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