千年の恋も覚めてしまう

10


 今、勇気を持たなければ、チャンスを失ってしまう。
 望美は浅い呼吸をすると、背筋を伸ばして将臣を見つめた。
 整った顔立ち、綺麗だと魅入らずにはいられないほどの瞳のきらめきに、望美は緊張する。
「将臣くん、あ、あのっ!」
 ストレートに言えばほんの数秒しかかからないのに、緊張し過ぎてもたもたしてしまう。
 不意に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
 タイムリミットだ。
 喉まででかかった勇気が、途端に萎んでしまう。
 望美は舌打ちの代わりに深呼吸をすると、自分の不甲斐なさに泣きそうになった。
「望美、急ぐぜ」
 将臣が真っ直ぐと大きくて綺麗な手を差し延べてくれる。
 まるでホワイトナイトのような大きな手に、望美は自分の小さな手を差し延べる。
 もどかしい望美の動きを制するかのように、将臣は強く手を掴んでくる。
 握り締められる力は、本当に童話のなかにいる騎士さまのようだった。
「行くぜ。授業に間に合わなくなっちまうからな」
「うん!」
 握り締められた手から恋を感じる。
 ふたりで手を取り合って走りながら、ロマンティックな気分に浸った。

 タイミングが悪い。
 もう少しで、想いを確かめられたのかもしれなかったのに、あんなところでチャイムが鳴るなんて、全くことごとくついていない。
 ひょっとすると、まだお互いに準備が出来ていないからかもしれない。準備が出来るまで待てという、神様の計らいとしては、痛すぎた。
 授業中だというのに、将臣の頭には全く内容が入らない。
 望美のことばかり考えてしまう。
 好き過ぎて、お互いに知り過ぎて、どのようなタイミングで告白していいやら、そればかり考えている。
「…どうせなら…、鎌高祭を一緒にまわりてぇよな…。来年は体育祭だから、今年がラストチャンスだからな…」
 将臣は誰にも聞こえないようにひとりごちると、浅い溜め息を何度も吐いた。
 全く不甲斐ない。
 何時になれば、望美に告白することが出来るのだろうか。
 相手が相手なだけに、いつもはしない緊張をしてしまう。
 先ほどもチャンスだったのに、望美の顔を見ていると、言えなくなってしまった。
 潤んだ瞳が、必死になって将臣に語りかけているのに。
 その感覚が狂っていなければ、望美は囁いている。
「好き」だと。
 将臣は先に言われないようにと、ただそれだけを考える。
 なのにいつもいつもいつもタイミングを踏み外してしまっていた。

 鎌高祭が迫っているせいか、誰もが総てをそっちのけで、準備にかけづりまわっている。
 将臣と望美は実行委員なので、その忙しさと言えば半端ではなかった。
 いつもよりもかなり長めに一緒にいるというのに、ふたりきりになれるタイミングも、ましてやロマンティックな雰囲気すらない。
 準備は本当にバタバタで、毎日が疲労困憊で過ぎていった。
 後夜祭のダンスミュージックを選んだことも、はるか遠い昔のようだ。
 バタバタ準備をしている間に、時間は過ぎ行き、明日は鎌高祭となった夜、ふたりは寂しさを引きずるように、いつもよりも遅い帰宅を余儀なくされた。
「これで、何とか形になりそうだね」
「そうだな…。結局は、突貫工事みてぇにバタバタしていたけれどな。いよいよ明日なんだよな」
 ふたりはお互いを見合わせる。
 明日は鎌高祭。
 恋の想い出作りにはもってこいの日だ。
 一緒に回りたいが、実行委員のふたりにはそんな時間は取れそうにない。
 だがせめて、最高の恋の記憶だけは、このこころに刻み付けたかった。
 互いにちらり、ちらりとお互いを牽制するように見つめ合う。
 同じタイミングで深呼吸をすると、ふたりで同時に声を出した。
「「明日な」ね」
 互いの声が重なり合い、ふたりは視線をしっかりと絡ませあった。
「将臣くん、どうぞ」
「あ、明日は本番みてぇなもんだから、お互いに頑張ろうって思ってな」
「わ、私もそう言おうと思って」
 ふたりは互いに引きつった笑いを浮かべて、同じように溜め息を吐いた。
 肝心なことが言えない。
 たった一言なのに、どうして上手く伝えられないのだろうか。
 胸の奥が軋んで痛かった。
 気まずいようなそうでないような微妙な空気が流れるなかで、ふたりは互いを意識する。
 明日はとうとう鎌高祭。
 後夜祭のダンスまで、もう24時間もない。

 一緒に回りたいと、あれ程までに願っていたせいか、将臣と一緒に回る時間が訪れた。
 ただし、それは巡回を兼ねたもので、こころから楽しめるものではない。
 たこ焼きも喫茶店も、純粋に楽しめないのが切なくて、望美は思わず表情に表してしまった。
「なあ、たこ焼き食って、ジュースぐらいは飲むか」
 将臣の言葉に、望美は思わず顔を上げる。
「良いの?」
「俺たちにとっては、たった一回の学園祭だろ? だったら楽しもうぜ」
 将臣の笑顔が秋色に染まり、望美はときめくあまりに頬を染め上げる。
 当たり前のようにふたりで手を繋いで、模擬店を冷やかしていく。
 たこ焼きをふたり分買い、ジュースを飲んで、まるでデートをしているかのように楽しんだ。
「おーい! 実行委員! あっちで揉め事!」
 まるでふたりの蜜な時間を壊してしまうように、トラブルが舞い込んで来る。
「しょうがねぇな」
 将臣は軽く舌打ちをすると、望美から絡めた指をするりと抜ける。
 まるで大切な何かを失ったような痛みが、望美のこころを貫いてくる。
「悪い」
 将臣もまた切ない色で顔を歪めると、望美から離れていってしまう。
 係だから仕方がないのは解っているのに、泣けてしょうがなかった。

 結局、将臣は後夜祭のダンスの時間になっても、戻っては来なかった。
 望美は本部があるテント下で、音楽を奏でながら、じっとファイヤーを見ていた。
 あの向こうは別世界のように見える。
 あの幸せな世界に入れない自分が哀しくて、望美は瞳に涙を滲ませた。
 ファイヤーの煙が眼に染みると自分自身に言い訳をしてみる。
 あの炎に照らされながら、ずっと将臣と踊りあかしてみたかった。
 なのにこうしてポツリとひとりでいる。
 とうとうラスト前の曲が始まった。
 将臣とラストダンスを踊るのは、夢のままで終わってしまいそうだ。
 切なさの余りに涙が滲んでしまう。
 将臣と鎌高の後夜祭でダンスを踊ることが、望美の夢だったのに。
 鼻をぐすぐすとさせていると、不意に肩をポンと叩かれた。
「おい」
 大好きな声が、耳元で響き渡る。
 涙顔のままで望美が振り返ると、そこには将臣が立っていた。
 慌ててきたのだろう、髪も吐息も乱れている。
「…まだ、間に合うよな」
「何が?」
「バカ! ラストダンスに決まってるだろ?」
 将臣は照れを隠しながら、ぶっきらぼうに手を差し出す。
 差し出された手に、こころが射ぬかれる。
 泣きながら笑みを浮かべると、将臣の瞳にもまた優しい笑みが浮かぶ。
「踊ろうぜ、ラストダンス」
「うんっ!」
 将臣の手を取ると、躰を押しつけられる。抱き締められているような体勢になり、望美の心臓は今にも飛び出してきそうになった。
「…好きだぜ」
 照れと真剣さが入り交じった声が、上から下りて来る。
 顔を上げると、今までで一番輝いて見える将臣の精悍な顔があった。
「返事は?」
 こんなに綺麗に笑われたら、素直になれないはずがない。胸が甘く痛むのに、幸せで、将臣への想いが込み上げてきた。
「大好きに決まっているじゃない!」
 逞しくも広い将臣の胸に顔を埋めたまま、望美は暫く肩を震わせて泣いた。
 こんなにも幸せな日は、今までなかったかもしれない。
 将臣は、泣いている望美をあやすように、何度も背中を撫でてくれた。
 暫くして、望美が大好きなラストダンスの曲が流れ始める。
「踊ってくれるか?」
「もちろんだよ」
 ふたりはぎこちないステップでも笑いながら、ダンスを始める。
 ようやくお互いの想いを認め合えたふたりは、まるで祝福するかのように踊り続けた。




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