千年の恋も覚めてしまう


 鎌高祭までの間、将臣と望美の関係はぎくしゃくしたままだ。
 恋情すらも潤滑油にならずに、お互いに息苦しい時間を過ごしていた。
 望美は余計に告白する勇気を失ってしまい、悶々とした気分に支配されている。
 将臣と一緒にいるのも息が苦しくなり、望美はひとりで行動することが多くなっていた。
 じゃれあっていたのが遠い昔のような気がする。つい一週間ほど前までは、ころころと明るくいられたのに。
「春日さん!」
 声をかけられて望美が振り返ると、生徒会長がニコニコ笑いながら立っていた。
「後夜祭の手配を有り難う」
「将臣くんに手伝っただけですからそんなには役立たなかったですけれど」
「そんなことないよ。助かったよ」
 あくまで爽やかに笑う生徒会長に釣られて、望美も笑った。
「春日さん、鎌高祭では誰かと回る予定はある?」
 思いもよらなかった申し出に、望美は目を見開く。これこそが晴天の霹靂。あんぐりと口を開け、生徒会長を見上げた。
「あの、あ、一緒に回りたいひとがいて…」
 しどろもどろになりながら、望美は自分が思うことを伝える。こころの準備が出来ていないせいで、挙動不審になってしまった。
「一緒に回りたいって…やっぱり…有川?」
 真実を突かれてしまい、望美は真っ赤に俯く。耳裏までが熱くてしょうがない。
「…解りやすいですか…? やっぱり…」
「そうだね」
 フッと会長は笑うと、淋しげな眼差しを宙に向ける。
「予想通りの答えかな…。解っていてきいた僕も僕だけれどね」
 苦笑いを浮かべると、会長は望美に頷いてくる。
「鎌高祭、成功するようにお互い頑張ろうね」
 声をかけられて、望美は顔を上げた。視界に入ってきた会長の微笑みは、どこか切ない。
「じゃあ」
「あ、はい」
 会長が行くのを見送りながら、望美は溜め息をひとつついた。
 もしこれが将臣からの申し出であったのならば、これ以上に嬉しいことはなかったのに。

 たまたま通り掛かった将臣は、望美と会長の様子を、ふたりの背後から立ち止まって眺めていた。
「…何だよ…。やっぱり一緒に回りたいのはあいつじゃねぇのかよ」
 学食の購買で買った、ヤキソバパンやカツサンドを握り締めながら、将臣は鋭い眼差しで会長を見つめた。視線だけで会長を傷つけてしまいそうだ。
 望美と会長が何を話しているかまでは、具体的には解らなかったが、それでもふたりが見つめあい話をしている様子は、嫉妬を盛り上げるのには充分だった。
 会長が将臣のきつい眼差しに気付き、酸っぱそうな切なさを含んだ視線を投げてくる。
 最初から解っていた。
 会長が望美を好きなことぐらいは。
 だてにずっと望美を見ていたわけではないから当然だ。
 程なくして会長は望美に背を向け、行ってしまった。
 将臣は望美の傍に行くと、さりげなく横に立つ。
「どうしたんだよ?」
「鎌高祭に一緒に回らないかって言われたけれど、断っちゃった」
 望美はあっさりと言うと、場を和ませるつもりなのかほんのりと笑う。
「良いのかよ?」
「良いもなにも、会長とは回らないよ。予想外だもん」
 キッパリと言い切ってしまった望美は、秋の空のようにさばさばとしている。
 会長に恋情などはひとかけらも持ち合わせてはいない様子だった。
 将臣は内心、狂喜乱舞したい気分だ。これでライバルが確実にひとりは減ることになる。ラッキーだと思った。
「悪いことしちゃったけれど、しょうがないよね」
「そうだな」
 望美は後悔など微塵も見えない。口に出た台詞は、こころからのものなのだろう。
「おら、やる」
 嬉しくて、そして青空よりも澄んだ笑顔が美しくて、将臣は思わず、パンを望美に押し付けた。
 元々、将臣が食べない菓子パンだが、望美の大好きな甘いパン。マロン、生クリーム、カスタードが程よく絡み合った女子には人気のあるパンだ。 久しぶりに実物を見て、思わず買ってしまっていた。
「有り難う! 将臣くんっ! このパン大好きなんだよねー。流石は幼なじみ! ちゃんと私の好みを解っているねー。これとミルクがあったら、凄くあって美味しそう」
 望美は先ほど会長に見せた微笑みよりも、数倍も明るい笑顔を見せ、将臣をドキリとさせる。
 キラキラと宝石や星屑をちりばめたような笑顔を、独り占めしたい衝動にかられた。
「将臣くんはやっぱりツボを識ってるね、うん」
「あたりめぇだろ? 何年、お前の幼なじみをやっていると思ってるんだよ」
 照れ隠しにわざとぶっきらぼうに言うと、望美はにこにこと笑っていた。
「さてとお昼ご飯食べに行こう! ミルクも余分にある?」
「ああ。お前が絶対に欲しがると思って買っておいた」
 望美の顔が益々笑顔になる。満面の笑みを見ると、小さな頃の素直な望美を思い出す。
「流石! これでデザートは完璧!」
「昼飯じゃねぇのか?」
「お弁当あるもん」
 こんなに明るく話せたのは、久しぶりかもしれない。これなら、ふたりの重い雰囲気を払拭出来る。
 将臣は久々に笑顔を零した。

 ふたりで昼食を取るなんて久々だ。最近はお互いに避けていたところがあったせいか、こうしてまた一緒に食べられるのは格別の幸福だった。
 久しぶりに食事を美味しいと感じる。
 将臣は存在だけで格別なスパイスなのだ。
 ふたりで美味しく食事を取っていると、視界に副会長が入ってきた。
 嫌な予感がする。
 可能のお目当ては将臣しかいないのだ。
 望美と視線が合うなり、副会長は真っ直ぐに将臣に向かって歩いてきた。
「有川くん、話があるんだけれど、良いかしら?」
 嫌な鼓動が一気に望美を支配し、箸を持つ手を震わせる。
「飯食ってるから、手短にしてくれ」
「解ったわ。ちょっと中庭に来て貰って良い?」
「しょうがねぇな」
 ヤキソバパンを持ったままで、将臣が副会長に着いていく。ふたりが教室を出た後、望美は箸を持ったままで、後をつけた。
 鎌高祭のことに違いない。
 望美は祈るような気分で、ふたりを見守った。

 中庭に着くと、副会長は艶やかな瞳で真っ直ぐ将臣を見つめた。
「鎌高祭、一緒に過ごせない? 後夜祭まで」
 副会長は美人だとは思う。
 だが、何とも感じない。将臣のこころを狂おしくさせるのは、望美だけだ。
 ほかの女には何も感じやしない。
 だから答えなんて決まってる。
「悪ぃけれどあんたと一緒には回れねぇ」
 将臣はいつもよりもきつい口調で、かつキッパリと言い切った。
「やっぱりね…。理由は私の想像通りよね」
 瞳を見れば直ぐに何を考えているかが知れる。
「多分な」
 副会長がフッと笑うと、馬鹿馬鹿しいとばかりに長い髪をかきあげた。
「私のうしろにいる、お箸を持ったお嬢さんよね。ったく、あなたたちがもたもたしているから、私たちにもスキがあるかもって思っちゃったのよ。後はおふたりでどうぞ」
 さばさばと笑った副会長の向こうに、望美の姿を認めた。




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