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肌に染み込んだ熱に、望美は時間が止まってしまったかと思った。 鼓動は大きく、スローモーションのようだ。 捕まえてきた将臣の腕は逞しく、振り払うことなど出来ないほどの男らしさを放っている。 ただ将臣を見上げる。 笑うことも出来なくて、かといって不機嫌なわけでもない。 ただ見つめることしか出来なかった。 望美を見つめる将臣の眼差しは大人びて、切ない影が刻まれている。 思い詰めるような表情が、ひどく艶やかで、全身を熱い血潮がざわめいた。 「何度も同じ事を訊くのは嫌だが、ラストダンスは誰と踊るんだよ?」 まるで望美を咎めるかのように、将臣は今まで繰り返してきた質問を望美に投げ掛けた。 将臣の低い声とは裏腹に、明るくご機嫌なロックチューンがエンドレスに流れている。 「…将臣くんは、いるの?」 逆に質問をし返すと、将臣はまた睨みつけてきた。 ここのところ、ふたりでずっと繰り返されていた質問。 答えるのが恥ずかしくて、聞くのは恐くて、けれども聞きたくて。 複雑怪奇な恋心に、振り回されっぱなしだ。 「…いないって俺が言って、お前はいるって言うんだよな。同じ台詞を繰り返しで進まねぇだろ? お前がただ一言、言えば良いんだよ。踊りたいやつの名前。そうしたら解決だろ?」 将臣はいらだたしげに言うと、望美を力付くで抱き寄せてくる。 「ふざけないでよ」 「ふざけてなんかねぇよ」 秋の夕日が闇を運び始め、辺りが紫色に染め上がっていく。 天然の紫は、将臣を大人の男に見せていた。 「…お前が言えば済むんだよ」 将臣の冷たい声や視線は、なんと迫力があるのかと思う。何故か責められているような気がして、望美は視線を逸らした。 「…識ってどうするの?」 「殴る」 「誰を」 「その男」 こころの中心を恋の矢で射抜かれてしまったような、甘い傷みが走り抜ける。 異性として好きでいてくれるの? それとも幼なじみとして、ただの保護欲に駆られているだけ? 望美は桃色のときめきに僅かに縋りながら、将臣を見る。 真っ直ぐに、熱く。 「…殴るのは無理だよ、そのひとは」 将臣は余計に気難しい顔になり、眉間にシワを寄せる。綺麗に整った顔に乗る不機嫌は、鋭い剣の尖端のようだった。 「…強いのか?」 「強いというよりは、少し滑稽なのかもしれないね」 将臣は奇妙な顔をし、訳が解らないようだった。 「滑稽? そいつを益々殴らなくちゃならなくなるな」 「どうして殴るの?」 「幼なじみとしては、お前をへんな虫から護る必要があるからな。お前、そういうのにひっかかりそうだし」 今度はときめきではなく、切ない傷みでこころが震えた。 痛くて泣きそうだ。 やはり、将臣は幼なじみとしてしか見てはくれないのだ。 「…幼なじみだから?」 声が自然に沈んで、小さな子供のように震えている。 「…幼なじみだから…」 将臣の声は何時ものような歯切れはなく、どこか淀んでいるようにも聞こえる。 「…お、幼なじみとして心配しなくて良いよ。私が踊りたいひとは…きっと踊ってはくれないだろうから…」 泣きそうになっていたお陰で、声が緊張した子供のように震えていた。 どうしてこんなにも震えてしまうのだろうか。 「…踊ってくれって言えば良いじゃねぇか」 「言えないよ。そんなこと…」 目の前で全否定をされたら言えない。 望美は将臣から視線を外すと、目を閉じた。 こんなに切なせうな望美を見るのは初めてかもしれない。 目を臥せる望美は誰よりも綺麗で、将臣の胸の奥に潜む爆弾が、こころを揺れ動かす。 誰なんだ。 そんなふざけた野郎は。 望美を抱く腕に力を込めると、そんな男には絶対に渡したくないと誓う。 いや、違う。 本当はどんな男にも、望美を渡したくはなかった。 どれほど相手が”ミスター・パーフェクト”であったとしても、そんな気はさらさらなかった。 完璧のなかに眠る欠点を、あらをさがすように徹底的に見つけるはずだ。 それを言い訳にして望美を決して渡さない。 将臣は嫉妬に燃え上がるこころを持て余しながら、望美を更に強く抱き寄せた。 「ま、将臣くん…? ふざけてる?」 望美の声が妙に甲高くなる。 「ふざけてなんかねぇ」 望美が小さく息を飲むのが聞こえた。 それでもこうして抱きしめるのを止められない。 「…言えよ」 「言えないよ。だって…」 そこまで口ごもると、望美はまた俯いた。 こんな顔をさせる相手は、素晴らしく大人なのか。 それとも…。 嫉妬が高まってどうしようもなくなっているのに、何故かこころがひんやりとしてくる。 「…将臣くん…」 思い詰めたような望美の声に、将臣は冷水を浴びせられたような気分になった。 腕から力が零れ落ち、将臣は腕から望美を解放する。 嫉妬で望美を縛りつけることなんて出来ない。 将臣は望美から視線を逸らすと、いつの間にかバラードになっていたCDを止めた。 「…ごめん…」 望美はいつものように笑うことなく、ただ頬を染め上げて首を横に振った。 「謝るようなことをしちゃいないよ」 望美の穏やかな態度を見ていると、こちらが苦しくなる。将臣は机に置いていたCDデッキを持ち上げると、溜め息をついた。 「帰るか。だいたい曲はリストアップ出来たしな」 「そうだね」 将臣は視聴覚室を出る。 将臣の鞄と自分の鞄を持つと、望美が後について来た。 何も話さずに、今までにない気まずさを漂わせながら、闇に染まり始めた廊下を二人並んで歩いた。 職員室にCDデッキを返した後、ふたりはいつもの帰り道を静かに歩く。 望美は前を向くふりをして、将臣の横顔を眺めていた。 素直に将臣に言えば良かったのだろうか。 一番将臣と踊りたいと。だがそれを言うには、勇気が足りない。 幼なじみでなければ、玉砕してしまえば済んだ話であるはずなのに、幼なじみであるが故に、狡猾な期待を持ってしまう。 玉砕したとしても、いつか好きになってもらえるかもしれないと。 だからこそ飛び込むような勇気が沸き上がってこないのだ。 ふと、将臣と視線が絡み合った。 視線が重なるだけで、甘いときめきを感じずにはいられない。 「あ、あのね、も、もうすぐ鎌高祭だなあって、思っただけだよ」 「そうだな」 「楽しもうね」 場を和ますように望美が明るく言っても、将臣は冷たいままだ。その表情を見ると、しゅんとしてしまった。 「随分、楽しそうだな。誰かと学園祭過ごすのか?」 「…そうだね。誰かさんと過ごすよ」 目線がぶつかった将臣の瞳の奥に、きらりと冷たいものが光った。 |