千年の恋も覚めてしまう


 望美が好きなやつは誰だ。
 今はそればかりを考えてしまう。
 目の前を通り過ぎる男は、総て、望美が好きな男のように見えた。
 全く面白くない。
 それどころか、こんなことでイライラしている自分の小ささに将臣は辟易してしまいそうだ。
 今日は、またふたりで後夜祭の音楽のチェックに、視聴覚室にこもった。
 ふたりきりでいられる時間を、珠玉で幸福に思いながら、将臣はどこか優越感に浸ってしまう。
「この曲いいよね。オールディーズだけれど、良い感じだよ」
 自分が踊りたいからか、望美は音楽選びに熱心だ。
 気に入らない。
「ラストダンスはね、やっぱりこれかな。”ラストダンスは私に”が良いなあ。なんかロマンティックだよね」
「そうかよ」
 花が咲いたような望美の声に、将臣は余計にイライラする。
 いったい誰と踊りたいのか。
 聞き出せると思っていたのに、結局は望美は何も教えてはくれない。
 ムカつく。
 一緒に居られて幸福なくせに、妙に苛々して苦しくて。
 こんな想いは沢山だと思いながら、将臣は望美を睨みつけた。
 だが、好きであることを止められない。

 最近、将臣の機嫌が悪い。
 一緒にいると苛々しているように思える。
 誰か好きなひとがいて、そのひとに見られたくないからだろうか。
 胸の奥がチクリと傷むのを感じながら、望美は将臣を上目使いで探るようにちらりと見つめた。
「…ねえ、将臣くんも踊りたいひと、本当はいるんじゃない? あ、あの学校以外だとか…」
 将臣の整った綺麗な瞳に、冷たい光が帯びる。神経質に目を細められ、望美は震え上がった。
「別に面倒臭いからな。ダンスなんて。本部は俺が護ってやるから、お前はちゃらちゃら踊ったら良いさ」
 ちゃらちゃら踊るわけじゃない。誰もが自分の恋を成就するために、貴重な一瞬にかけるのに。
 かくいう望美もそうだ。
 幼なじみで近過ぎる大好きなひとの隙を狙いたかった。
 なのに折角のチャンスすらも、目の前の幼なじみはくれない。
 隙がない将臣に告白するのは、恥ずかしくて、怖くて、言い出せない。
「本当に踊らないの?」
「ああ」
 将臣は邪険そうにどこか苛々としながら、呟く。
「だったら私も踊らない」
 将臣がいなければ、ダンスに参加をしても意味はない。望美はキッパリと宣言すると、髪をかきあげた。
「俺に気を遣うな。お前は踊れば良いさ」
 将臣はいつものようにさらりとしている。
「将臣くんは…その…いないの?」
「何が?」
「踊りたい相手」
 まるで拗ねる子供のように、望美は視聴覚室を歩く。
「いねぇよ。それに俺は、芸能分野はからきしだしな」
 将臣はリストを見ながら、うだうだと言い、本当にその気がないようにも見える。
「お前はいそうに見えるけれど? こころと躰の不一致。まるで中年おやじみてぇ」
「何言ってんだか」
 幼なじみを長年やっているせいか、言葉はどんどんと弾む。
 それはとても心地良くもあるけれど、同時に切なくもあった。
「…ひょっとして、お前もダンスはからきしダメとか? だから恥ずかしいんじゃねぇの? 相手の足を踏んじゃいそうだもんな、お前」
 将臣はいつものようにからかいの含んだ口調で言うと、相変わらず興味はないとばかりに欠伸をする。
 わざとらしいようにも見え、自然のようにも見える。
 幼なじみをずっとやっているのに、将臣の真意が見えなかった。
「ま、将臣くんじゃあるまいし…。そ、それなりには踊れるはずなんだけれど…」
 ふたりでダンスをしたら、目が当てられない事態になるのは安易に想像出来た。
「上手くステップ出来る…はず」
「スキップも出来なかったお前がかよ」
 まるで意地悪なやんちゃ坊主のような視線を向けられて、望美は思わず唇を尖らせ拗ねた。
「…今はちゃんと出来るもんっ!」
「どうだか。スキップ矯正班に、俺と入れられたリズム感のなさは健在だと思うけれどな」
「そんなことないっ! だったら…」
 口から出そうになった言葉を、望美は慌てて飲み込んだ。
 本番に踊って欲しい相手に、ダンスの練習相手になって欲しいとは、言えなかった。
 ドキドキする。
 日常の一部である、手を繋ぐ行為ですらも、最近は息苦しくてしょうがないのに、ダンスでずっと手を握り締めていたら、倒れそうになるかもしれない。
「だったら…、何だよ? 俺が練習相手か? 足踏み予行演習?」
 将臣の言葉に、望美の背中にときめくあまりの冷や汗が滲む。心臓はひとりで何処かに行ってしまうのではないかと思うぐらいに、速い鼓動を刻んだ。
「足踏み予行演習は余計だよ」
 声が震えるのを感じながら、望美はさりげなさを必死になって装った。
 幼なじみだから、素直に恋のきらめきやときめきを表せないのが時として辛い。
 時々、可愛いげのない幼なじみなのだろうかと思い、落ち込むことすらある。
 望美は軽く深呼吸をすると、将臣を真っ直ぐと見つめた。
「練習相手に…なって貰っても良いの?」
「ああ。お前も安心して本番はダンスをしたら良いさ」
 本番ももっと良いダンスを将臣と一緒に踊れたら、どれほど幸せなことだろうか。
 望美は耳の後ろまで脈を打っているのわ感じながら将臣に手を差し延べる。
「じゃあ、練習相手になって?」
 お互いの視線が探るように絡んだ。

 見つめてくる望美の艶やかな瞳に、将臣は息を呑む。
 こんなにも女らしい魅力を持っていたのかと、今更ながらにときめきを感じてしまう。
 差し出された望美の手を、将臣は掴むと、鼓動が一気に跳ね上がった。
 どうしてだろう?
 幼なじみとしてしか意識をしていない頃は、手を繋ぐことなんて何ともなかったし、”好き”ではあったけれども、それなりの”好き”だった。
 そこには男とか女とか、生々しい感情の高ぶりなどはなく、純粋に”好き”で、望美のなかで男で一番だったら良いな、ぐらいだった。
 勿論、手を繋ぐと甘酸っぱいときめきは感じたし、ドキドキもした。
 だがそんなことは、今のドキドキに比べたら屁にもならないことだった。
 今は手を繋げば抱きしめたくなるし、息も出来ないほどに鼓動が暴れだす。その激しさと言ったら、下手くそなへヴィメタバンドが最高潮に鳴り響かせるロックな勘違いドラムのようだ。
「踊りやすいのは、これかもな。”アイ・フィール・ファイン”」
 CDのスタートボタンを押す指も震える。悟られたくなくて、将臣はわざと不機嫌を装った。
「オールディーズだけれど、踊り易いよね」
「…そうだな」
 望美は楽しそうに笑うと、将臣の手を握り締めたままで、ステップを踏み始める。
 将臣とふたりでスキップ矯正班に入れられたとは思えないほどに軽やかに踊る。
「将臣くんが相手だと、踊りやすいよ!」
 まるで羽根が生えているかのように、望美は踊った。
 窓からは秋色の陽射しが入り、望美を黄金色に輝かせている。
 全くなんて綺麗なのだろうかと思う。まるで女神のようだ。
 このまま望美が誰かのものになるなんて、考えられない。
 誰にも絶対に渡さない。
 独占欲が燃え上がり、将臣はしっかりと結ぶ指に力を込める。
 恋情、欲望、独占…。
 それらの熱い感情が渦巻き、将臣は堪え切れずに、力付くで望美を腕に閉じ込めた。




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