千年の恋も覚めてしまう


 望美はひょっとして誰かとラストダンスをしたいのかもしれない。
 先程の態度からして、生徒会長は有り得ない。感情が表に出やすい望美には、あんなに上手く演じることなんて出来やしないだろうから。
 ならば別人か。
 ぐるぐると将臣の脳裏に男の顔が浮かんでは消える。
 有り得ない。いや有り得る。
 最右翼は譲だろうが、それでも決定打に欠ける。
 譲が相手ならば、将臣と手を繋いでいるのを見られたら離すはずだ。
 なのに望美は離さない。
 ならば恐らく譲ではないはずだ。
 だったら誰だ?
 望美の周りにいる男で、自分が識らない相手などいただろうかと、将臣は真剣に考え込んだ。
 余程、難しい顔をしていたのだろう。望美が将臣の顔を覗き込むような仕草で見つめて来た。
「どうしたの? 将臣くん」
「何でもねぇ」
 無邪気な望美を見ていると、いつかはほかの男が隣に来ることになるのだろうかと、ぼんやりと考えてしまう。
「…なあ、望美、誰か好きな奴でもいる?」
 かまをかけるつもりだった。いつものようにさらりと返してくれるものだと、いくばくかの期待も持ち合わせていた。
 だが望美の瞳は一瞬恋する切ない光りを宿し、ほんのりと華やぎを見せている。
「…そうだね…。好きなひとはいるよ…」
 誰かを想って、そんなに切ない顔をするなんて、嫉妬が至上最大に盛り上がる。
「誰だよ」
「…今は、言えないよ…」
 誰かを想って囁く望美は、誰にも渡したくないぐらいに可愛い。
 ダメだ。マジで受け入れることなんて出来やしない。
 望美は誰かに恋をしている。
 その恋の燃え上がり具合は、幼なじみの絆なんて吹っ飛ばしてしまえるように見えた。
 望美にこんな顔をさせるのは誰なのだろうか。
 余計にむしゃくしゃして、望美を離したくなくなってしまう。
 将臣は繋ぐ手に力を込めると、誰にも手を取らせないように引っ張り始めた。
「将臣くん、どうしたのよ!?」
「どうもしない」
 将臣の態度に困惑をしながらも、望美は着いてくる。
 全く器の小さな男だと思う。
 大切で愛して止まない幼なじみを、こうやって強引に奪いたいと思うなんて
 だが望美の手は離れるどころか、ギュッと握り締めてくる。
 将臣はこころが恋情で熱くなり、肺が痛いほどに甘く苦しめられた。

 将臣は誰かラストダンスを踊りたい相手が、本当はいるのだろうか。
 それとも…。
 この絡み合った指の強さを信じても構わないのだろうか。
 奪われる程に強い指先を。
「将臣くんはいないの?」
「何が?」
「ラストダンスの相手だよ」
 将臣は綺麗に整った眉間にシワを寄せて、不機嫌な様子だ。
「…いねぇよ、そんなやつ。俺はあんなちゃらちゃらしたもんには参加しねぇよ」
「ホントに?」
 念を押しても、将臣はクールに答えるだけだ。
「ああ」
「そっか…」
 ラストダンスは将臣と踊りたいと思っていたのに、ダンスはしないだなんて寂しい。
 申し込んでくれたら、一緒にダンスを踊るというのに。
 なのに将臣は参加しないなんて。
「ダンスの逆プロポーズってありなのかな?」
 将臣の表情が厳しくなり、望美の手を握り締める力が強くなった。
「…お前はそうする気なのか?」
「そうだね。様子見だけれど」
 ふたりは手を繋ぎながら、お互いのこころを探り合う。
「…お前、マジで誰か好きなやつ…」
「内緒だよ。今は言えない…」
 今、本当のことを言えば、結ばれた手は離されてしまう。そんなことは出来ない。
 だから言えない。
 将臣にそんなことを言ってしまえば、きっとこころが離れてしまうだろう。
 それはどうしても避けたかった。
 幼なじみとしても見て貰えないなんて辛過ぎた。
「…だったらこうやって手を繋いでいたら、そいつは誤解するんじゃねぇの?」
「しないよ」
 望美はキッパリと言いながらも、次の言葉を飲み込む。
 ”それはあなただからだよ”
「おかしな男だな、誤解しねぇなんて。そいつはお前のことを本当に好きなんかじゃねぇだろう?」
 将臣は低い声で不機嫌極まりないとばかりに呟く。
「…そうだね。きっと男と女の意識はないのかもしれないね…」
「そうか…」
 将臣は黙り込む。
 唇を軽く噛んで、何か思うこともあるようだ。
 望美はその横顔を見ているだけで、胸の奥が切なく傷むような気がした。
「…将臣くんこそ、どうなの? 好きなひといるの?」
 さりげなくきいたつもりだった。
 だが将臣にきいている間、ずっと心臓は激しく鳴り響き、胸の痛みにどうかしてしまいそうな気がした。
 将臣は軽く溜め息をついた後、親指の腹で望美の手の甲を撫で付けると、呟いた。
「いるよ」
 最初は何を言っているのか、上手く理解が出来なかった。
 望美は将臣を見上げたまま、暫くは何も言えない。動揺の余りに唇が震えてしまい、どうして良いのかすら解らなかった。
「だ、だったら、こうして手を繋いでいたら、誤解を受けるよね…」
 声がひっくり返っているのにも気付かずに、望美は愛想笑いを浮かべた。

 誤解なんてするはずない。今、手を結んでいる相手が、将臣が最も愛する相手なのだから。
 将臣は余計に望美の手をしっかりと握り締めると、わざと密着をする。
「ず、随分と寛大な相手なんだね…。そっか、そうだよね。将臣くんには、好きなひとがいるんだね…」
「そうだな…いる」
 それも目の前に。
 好きなひとがいると言っても、動揺しない幼なじみがいる。
 好きで、好きで、他の男には絶対に渡したくはないと思っている幼なじみがいる。
「…将臣くんが好きなひとって、素敵なひと?」
 望美が潤んだ綺麗な瞳で見つめてくるものだから、将臣はたまらなくなる。胸の奥がつんと痛むような甘いときめきに支配され、望美をこのまま抱きしめたくなる。
 いつもの自分ならば、簡単に告ることが出来ただろうに、何故だか小さな頃から一緒にいる幼なじみにはそれが出来ない。
 男女を越えた付き合いをずっとしていたからだろうか。
 それとも、あからさまに違う感情がそうさせるのだろうか。
「…素敵なやつだろうけれど、おっちょこちょいなところも含めて、俺は好きなのかもしれねぇな…」
「…そうなんだ…」
 望美は笑っているように見えるのに、どこか寂しそうに見えなくもない。
 どうしてそんな顔をするのだろうか。
 ひょっとして、望美が好きな相手というのは、身近な存在なのだろうか。
 相手の男が誰なのかを考えるたびに、将臣の気分はどす黒なっていく。
「…ラストダンスを踊りたいんなら、相手に告らねぇと…」
「そうだね。そうしようかな…」
 切ない想いに、将臣の劣情は燃え上がっていた。




BACK TOP NEXT