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一体、誰とダンスをしたいんだろうか。 全くイライラする。 将臣は眉間にシワを寄せてしまい、思わず望美をにらみつけてしまった。 望美が萎縮するような眼差しを向けたとき、しまったとは思ったが、もはや、撤回は出来なかった。 イライラする。 望美が自分以外の男と、手を結ぶなんて、そんなことが許されるはずがないとすら、将臣は思った。 それほどに望美への独占欲は強い。 「バカ、俺達は実行委員だろ? んな、ちゃらちゃらと踊っているヒマなんてねぇから」 ぱふり。音を立てるように掌を頭の上に乗せると、望美は切なそうな笑みを浮かべた。 「そうだよね。そんなヒマはないよね」 望美がふと淋しげに笑うものだから、そんなに踊りたい相手がいるのかと思い、一気に嫉妬の炎を燃え上がらせた。 「春日さん、大丈夫よ。ちゃんとラストダンスは大好きなひとと踊れるぐらいの時間はあるはずよ」 「そうですか?」 期待しているかのように、望美は頬を赤らめている。気に入らない。 とにかく気に入らない。 将臣はわざとがましく咳ばらいをすると、望美を見つめた。 「んなに踊りたかったら、手伝わなくてもいいぜ」 イライラして声までが刺々しくなる。全くなんて器の小さい男なのかと、将臣は今更ながらに思う。 これでは負けてしまう。 あのいけ好かない生徒会長に。 「…解ったよ。踊らなくて良いよ」 望美がしょんぼりと俯いたものだから、将臣は余計に嫌な気分になった。 将臣自身に、こんなに望美に想われている誰かさんに。 「有川くん、そんなにきついことを言わなくても良いじゃない。私たちでやれば」 「いいえ、やります」 将臣が話す前に、望美は言葉を取るようにキッパリと言った。あまりの強さに、次の言葉を繋げられない。 「やりますから」 「そっか…」 溜め息をつくと、副会長は困ったように髪をかきあげた。 「じゃあチェックしておくわ。そろそろ行くから」 副会長はリストを取り上げると、視聴覚教室を華々しく出ていく。 将臣はホッと胸を撫で下ろした。 あの女トラブルメーカーだ。近付かないほうが良い。 副会長の背中を見送った後、望美は将臣を見上げた。 「将臣くん、先輩と一緒に踊りたいの?」 そんなことを一度も考えたことなどなかったというのに、望美は何気なくきいてくる。 「んなこと思ってるわけねぇだろう。バカなことを言ってねぇで作業を続けるぞ」 「うん」 こちらがこんなにイライラしているというのに、望美がのんびりとそんなことをきいてくるから余計に腹が立った。 「…今日はこれで止めるか。帰るぞ」 「うん」 望美がもたもたと後片付けをした後、将臣の横に着いてくる。 ふと前を生徒会長が歩いてきた。 「春日さん!」 「あ、先輩」 望美の顔を見るなり、いけ好かない会長がやってくる。 将臣はわざと望美の手を取っていた。 誰にも渡さないどころか、視線にすら曝したくはないというのに。 「この間は有り難う。助かったよ」 「はい…。お役に立てて良かったです」 望美が嬉しそうに笑う横顔が、将臣のかんに障った。 思わず手をギュッと握り締めると、望美もまたしっかりと握り返してきた。 ドキリとして、将臣は思わず望美を見つめた。 「また何かあったらおっしゃって下さいね」 「有り難う、春日さん」 会長の視線が、繋がれたふたりの手に行く。望美は離す気配もなく、将臣にしっかりと指を絡めていた。 「それじゃあ」 会長を見送った後、望美は将臣を見上げる。嬉しそうに頬を赤らめているのが可愛いくてしょうがない。 将臣は抱きしめたくなる衝動を、何とか押さえ込んだ。 「行くか」 「うん」 先程まで、あんなに険悪な雰囲気だったのに、今や甘い雰囲気が漂っている。 幼なじみではない雰囲気に、将臣は喉がからからになるのを感じた。 小さな頃からずっと一緒にいて、手を繋いだりするのが当たり前なふたりの関係が、少しずつ変わって行くような気がする。 こんなにも胸が締め付けられるような甘いときめきを、将臣は望美以外には感じない。 総てを識り尽くしているはずなのに、お互いの想いが新鮮だ。 とんとんとん。 ふたりで階段を下りながら、雲の上を歩いているような気分だった。 突然、将臣に手を繋がれて、望美は心臓のときめきゲージがマックスになるのを感じた。 目の前にいる先輩がかすむ。 くらくらしながら、望美は将臣の手をしっかりと握り締めた。 耳まで真っ赤になり、胸の奥が切ない。望美は会長に対して自然に対応するのが、難しかった。 会長を見送った後、将臣を見上げる。 こうして手を繋いでくれるだけで、とても嬉しかった。 いつでもこうして手を繋いでいて欲しい。 手を繋いだままで、階段をゆっくりと降りていく。 絡み合う指がしっかりと結びあい、力が込められた。 「なあ、お前、誰かとダンスをしてぇんじゃねぇの? 例えば会長とか…」 「会長とはそんなことを考えたことすらないよ」 会長のことは、本当に何とも思っていない。ただ大変そうだから、手伝っているだけだ。 将臣を手伝いたいという気持ちとは、ハッキリキッパリと違う。 望美がさらりと言うと、将臣が笑ったような気がした。 その笑顔にまた胸が締め付けられるほどに綺麗で、また惚れてしまうと思った。 「…将臣くんは…副会長と、ラストダンスを踊りたくはないの…?」 望美はさりげなく探りを入れているつもりだったが、ストレートに大胆に探りを入れてしまっていた。 「んな気はねぇな。だいたいダンスなんてちゃらちゃらしているだろ? 正直言って、俺はああいうのが苦手」 「…そうだよね」 幼なじみは昔から男気を強くて、ダンスだとかそんな方面はからきしダメだ。 甘い優しさで女の子を夢中にさせるということもないせいか、優美なダンスは似合わない。ただ男っぽい優しさは滲み出ているせいで、ファンも多い。 「お前は踊りたいのか?」 「うーん、解らないや」 適当にごまかしておく。 望美の答えは単純明快だ。 将臣が踊るなら踊る。踊らないなら踊らない。 それだけだ。 「ふたりで仲良くダンスを鑑賞もいいんじゃね?」 「そうだね。ラストダンスで告白すると、両想いになるってジンクスがあるから、素敵な恋が誕生する瞬間を見るのも良いかも」 もし将臣が一緒にラストダンスを踊ってくれたなら、この恋は成就するような気がするのに。 望美が将臣に笑いかけると、少し考え込むような顔をしている。 誰かラストダンスを踊りたいひとが、将臣にいるのだろうか。 望美のこころは深く沈み込んでいた。 |