節分の日は、学校から帰った後、とても忙しくなる。勿論、それは料理を仕切る譲だけの話で、望美や将臣はあくまでサポートなのだが。 今年は久しぶりの節分だからと、かなり譲は張り切っている。望美たちはそれに付き合わされている恰好だ。 「先輩はネギトロがいいんですよね?」 「後、シーチキンがいっぱい入ったサラダ巻きが欲しい」 「はい、解りました」 譲は望美が好きなものをよく知っていて、それを一生懸命作ってくれるなが嬉しかった。 「だいたい、節分にのり巻きなんて、大阪の海苔屋の陰謀だろうが。バレンタインが神戸のチョコレート屋の陰謀と同じで」 将臣はのり巻きの具をつまみ食いしながら、興味なさそうに呟く。 「だいたい譲は望美に甘やかし過ぎるんだよ」 「文句など言わずに、兄さんは鰯を焼いてくれ!」 「へいへい」 将臣は望美とふたりで、鰯をどんどん焼いていく。殆どは、父親たちの酒のつまみになってしまうのだが。 「譲くん、茶わん蒸しもあるんだよね?」 「はい! 楽しみにしていて下さい、先輩!」 夕食のメニューが嬉しくて、望美鼻歌まじりに鰯を焼いていく。それを将臣がサポートするのだ。 「兄さん、今年も兄さんが鬼ですからね!」 「へいへい」 将臣が感情がない返事を適当にすると、望美はくすくす笑ってくる。 「何だよ」 「さっきニュースでね、福を齎す鬼を奉る神社の話題が出ていたんだよ。ちょうどさ、私にとっては将臣くんみたいだなあって思っただけだよ。あ、リズ先生もまさにそんな感じだったよね」 「そうだな」 ふたりがほのぼのとした甘い雰囲気を漂わせていると、料理をする譲の音が大きくなった。 「兄さん、鰯が焦げる!」 「へいへい。譲、これで焼き終わるから、望美とテーブルセッティングに行くぜ」 「お願いします」 春日家有川家合同での節分の夕べ。ファミリーでわきあいあいと出来るのは、いつまでなのだろうか。 「鰯はみんなに二本ずつと、後はおじさんやお父さんのところで適当に置いていいよね?」 「ああ。望美、お前の席は俺の隣な?」 「うんっ!」 ふたりで、譲の手づくり料理を並べた後、ようやくひといきつける。 「さっき細巻き一本くすねてきたから、ふたりで食べようぜ」 「うん!」 小さな頃から大好きだった、縁側にふたりして腰を下ろし、まだ寒い庭を眺める。 「半分こずつさ、割るのも面白くねぇから、端からお互いに食べていって、早く中央に来たほうが勝ちっていうのは楽しくねぇ?」 将臣がまるでイタズラっこのような表情をこちらに向けて来た。 「やる」 「随分とあっさりと同意するんだな」 将臣が僅かに驚くと、望美は恥ずかしそうに笑った。 「そうかな? だけど楽しそうだし…。それに…」 「それに?」 「それに…、恋人達が左右からくわえてお寿司を食べ合うとね、幸福になれるって噂があるんだよ?」 望美はほんの少し照れながら、将臣を誘うように見つめた。 「じゃあやる価値ありか。面白いかもな」 「でしょ! だったらやろうよ!」 「おす」 ふたりは胡瓜の細巻きを両端からくわえて、食べ始める。 もぐもぐと口を動かしながら、お互いの間が縮まってくるのは、とても幸福なことだと望美は思う。 何度も視線でお互いを確認して、微笑みあった。 細巻きが小さくなり、距離が縮まると、望美が引こうとする。すると将臣が逆に抱き寄せてきたのだ。 離せない。 そのうちに細巻きが短くなり、ふたりの唇はぴったりとぶつかってしまった。 「…んんっ!」 まだ口の中にあった寿司を、驚いて望美は飲み込んでしまう。将臣は眦に微笑みを滲ませからかうような余裕のある表情をすると甘いキスをくれた。 唇が離れた後喉がつまりそうになり、望美は冷たい飲み物を頂く。 「大丈夫か?」 「大丈夫だよ」 噎せながら答えると、将臣は余計に心配をしている様子だった。 「美味しそう!」 親たちが離れにやってきたのを感じて、ふたりはごく自然に離れた。 「譲くんが作ってくれたんだよ!」 母親のところに行こうとした望美を、将臣に捕まる。 「何?」 「つまみ食いしたのがバレバレだぜ?」 「え…」 将臣の指が口許に伸びる。 米粒をついと取られたかと思うと、将臣はそれを食べてしまった。 そんな官能的な仕草をされると、恥ずかしさの余り、望美は真っ赤になる。 「もう…」 誰にも見えないようにそっと将臣を突けば、逆に指先を握り締められてしまった。 譲が温かな吸い物と茶わん蒸しを運んで来てくれ、そこから宴会が始まった。 やはり最初は恵方を見て、全員が無言で寿司を頬張る。その姿はどこか滑稽で吹き出しそうになってしまう。 最初に食べ終わったのは将臣で、その後は望美だ。 「ねぇ、願い事は何をしたの?」 「秘密。おら、鰯食えよ」 「ったく意地悪だなあ」 望美はぷいっと顔を背けると、魚をぱくりと食べた。 魚を食べた後、望美は楽しみな茶わん蒸しを食べる。 「先輩のは特別にどんぶり鉢で作りましたから。しっかりと食べて下さいね!」 譲は一際大きな茶わん蒸しを作ってくれ、ほわほわと幸福の湯気に塗れた。 「有り難う! 茶わん蒸しのほうが、お寿司よりも好きなんだ」 大きなスプーンで掬いながら、にんまりと幸せな笑顔で茶わん蒸しを食べた。 ほわわんとした表情で茶わん蒸しを食べる望美を、将臣は世話をするように見つめる。 優しい眼差しで見つめられてしまうと、望美は恥ずかしくなってしまった。 ふたりは目配せをしながら、幸せな気分に浸りあう。 「兄さんは早く食べて下さいよ。鬼なんだから!」 「へいへい」 今時鬼役を置いて豆まきをするなんて、なかなかないだろう。今回は譲の提案で将臣は鬼役に命じられてしまった。 望美を独占してしまったことへの怨み節は、甘んじて受けなければならないだろう。 一通り、夕食を食べた後、いよいよ豆まき。将臣が鬼の面をつけて、いよいよ開始だ。 「鬼は外! 福はうち!」 誰もが将臣に向かって豆を投げ付け始めたが、ことさら譲のものがきつかった。 暫く豆を投げ付けられていた将臣が、いきなり望美の手を取ってくる。 「きゃっ!」 望美の手を握るなり、将臣は連れ去っていく。残されたのは呆気にとられた譲の顔だけだ。 まるで駆け落ちをするみたいにふたりは部屋を走って後にし、お隣りの春日家に向かった。 「鬼がお姫様を掠うのは定番だろ?」 望美は納得とばかりに頷いてみせる。とてもロマンティックな連れさりに、望美は思わず微笑んだ。 「こんな鬼だったら、私は着いていくよ!」 「鬼は悪いもんばかりじゃねぇからな」 「そうだね。私には最高の鬼だよ」 ふたりは望美の部屋にはいると、しっかりと抱き合い、誰にも邪魔されない時間を過ごした。 |
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