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有川家の縁側の指定席は決まっている。 望美が右側、将臣が左側。 小さな頃から変わらないふたりの指定席だ。 スイカを食べる時も、夏の終わりに残った花火を侘しく楽しむ時も、いつも同じ場所に座っている。 今日は望美はひとりで縁側に座る。 望美の家の敷地は、有川の家の半分以下だから、縁側なんてない。それどころか、犬小屋と自転車を置いたらいっぱいになってしまう庭とは言えない狭いスペースしかない。 だから子供の頃から、有川家の縁側は憧れだった。 鎌倉は東京や横浜に比べたら、かなり空気が綺麗でのんびりとした田舎だから、季節の虫や花を感じることが出来る。 いつも有川家の縁側で、望美は季節を感じていた。 最近、ひとりで縁側にいることが多くなってしまった。 子供の頃は、仲良し幼馴染みで縁側を占拠しては、スイカの種飛ばし競争とかしていたのに、いつの間にか望美の横には誰にもいなくなってしまった。 譲は部活の弓道、将臣はスキンダイビングとモテ属性だからかカノジョとのお遊び。 ふたりとも忙しく立ち回っていて、この縁側のことなんて忘れてしまったのではないかと思わずにはいられない。 ひとりで花火をしてもつまらないから、望美は虫の音を堪能だけして立ち上がった。 「望美ちゃん、もう帰るの?」 「はい。お邪魔しました」 望美が玄関に出ると、ちょうど帰ってきた将臣と遭遇する。 「おかえり、将臣くん」 「ただいま。お前、帰るのかよ」 「うん。虫の音聴いたしね」 「だったらこれをやるよ」 将臣は鞄からチョコレートを取り出し、望美に差し出してくれた。 「有り難う。嬉しいよ」 チョコレートそのものも嬉しいが、何よりも将臣から貰ったことが大きい。 将臣から貰うものは何時も自分で買うものよりも、特別に甘く美味しかった。 「有り難うね、本当に」 望美が大切に受け取ると、将臣はまなざしを柔らかく細めた。 望美が背中を向けると、将臣はそのまま奥のキッチンへと歩いて行く。 靴を履いた後で、望美は振り返って将臣の背中を見つめた。 また男らしくなった。 男らしくなってくれるのは嬉しくてしょうがないのに、何処か切なくてしょうがない。 何だか自分だけがおいてきぼりを食っているような気がしてならないから。 縁側と同じだ。 今は望美ひとりしか使わなくなった縁側。 譲は庭の手入れをしてくれて、いつでも望美が楽しめるようにしてくれてはいるが、いつも側にはいない。 最近避けられているような気がするのは、望美が将臣を好きなことに、気付いているからだろう。 それしか考えられなかった。 望美はひとりで家に戻り、自分の部屋に引籠もる。 あの縁側は気持ちが良くて、いつも楽しく過ごしていた。 そこから卒業しなければならないのだろうか。間も無く。 縁側に行くと、切ない気分になってしまうから、望美は出来るだけ近付かないように努めることにした。ひとりであることを思い知らされてしまうから。 だが取り立てて行きたいと思わなくなったのは、誰もいない縁側にいてもしょうがないことに気付いたからだ。 あの場所は、誰かといるからこそ、幸せな気分になれることを、望美が一番解っていたから。 一番幸せでいられるのは、将臣と一緒にいる時。ふたりで仲良く並んで縁側にいるだけで、こころから幸せだと感じる。 小さな頃は、将臣と共に白髪が生えるまで、縁側で楽しく過ごせると思っていた。 今でも夢見てはいるが、現実にそれが手に入るのは難しいことに気付き出してはいる。 高校生になって、異性の存在に本格的に目覚めた時にも、将臣は望美を異性とは、女とは見てくれなかった。 何時まで経っても異性じゃない。性別を越えた幼馴染みのままだ。 だから何時までも縁側で待っていても、将臣は来てはくれない。 縁側の指定席は永久に空席になってしまったのかもしれない。 「…春日さん、良かったら付き合って貰えないかな…?」 面と向かって告白されたら嬉しいはずなのに、何故だかピンとこない。 望美は付き合うだとか考えられなくて、静かに頭を下げた。 「ごめんなさい。今は本当に考えられないんだ」 望美は正直に言うと、もう一度頭を下げた。 「こっちこそごめん。急に告ってしまって」 告白をしてきた男の子のほうが、恐縮して困っているようだった。 「ごめんね」 望美はもう一度頭を下げると、教室へと戻っていく。 将臣以外の男子に告白されても、こころは全くと言って良い程に動かなかった。 凄く好きなひとがいると、どんなに素敵なひとから告白されても無駄なのだということを、改めて思い知らされてしまった。 将臣以外の男は考えられない。 またあの縁側で腰を掛けて、ふたりで色々と話をしたかった。 なのにその願いが叶うのは難しいようだ。 教室に戻って自分の席に戻ると、将臣が少し遅れて席に着いた。 将臣は、望美が呼び出されたことを知っているくせに、黙っている。 きっと望美の色恋沙汰なんて興味が全くないのだろう。 そう思うとこころが痛かった。 所詮は“幼馴染み”。 将臣にはそれしかないのだろう。 望美は痛い気分になって、瞳を伏せた。 授業中も、黒板に書かれた文字が上手く読めなくなる。 望美は唇を噛み締めると、誰にも気付かれないように堪え忍んだ。 放課後になるといつものようにひとりになる。 今日もアルバイトか、スキンダイビングか、はたまたデートかは解らないが、将臣は望美よりも先に行ってしまっていた。今日もひとりだ。 いや、本当はいつも一人なのかもしれない。 望美はぶらぶらとひとりで家に帰り、切ない想いを抱きながらぼんやりとしていた。 あの縁側が遠い。 将臣とふたりでいるからこそ楽しいのであって、ひとりなら寒々しい場所なだけだ。 夕食が終わった後、望美は自分の部屋に戻る。 「あれ望美、有川さんのところには行かないの?」 「うん今日は行かないよ」 「有川さんの奥さんが、いつもあなたが来ることを楽しみにしているんだって。だからまた顔を出してね」 「うん、また、行くよ」 望美は溜め息を吐くと、自室へと入っていった。 将臣は煮え切らない想いを抱きながら、いつものように帰宅した。 「ただいま」 玄関先を見ると、いつも置いてある望美のサンダルがない。 将臣はいつものようにわざと縁側に向かったが、そこには望美はいなかった。 昼間望美は告られていた。 気になって仕方がなくて、将臣はこっそりと様子を伺っていたのだ。 望美が断ってホッとしたが、これからこのようなことが繰り返し起るとなると、正直言って心臓に悪い。 自分自身のことを棚に上げておいて、望美の色恋を気にするなんて間違っているのかもしれないが、幼馴染みとして心配しているからと、自分自身に言い聞かせていた。 ダイニングに入ると、母親が慌ただしく夕食の準備をしている。 「母さん、今日、望美は来なかったのか?」 「そうなのよ。何時もなら、縁側に座りに来るのにね。今日は来なかったのよ」 「ま、アイツも用事があるんだろうし」 「まあね、それは解っているんだけれど、望美ちゃんの素直な笑顔を見るとホッとするのよね」 確かに母親の言う通りだ。 男の子のようなところもあるが、望美の笑顔に素直になるのもまた事実だ。こちらのこころがほっこりとなる。 「おかえり」 今日聴けなかった言葉と、見られなかった笑顔を思い浮かべ、将臣の胸は痛んだ。 |