*指定席*


 将臣が解らない。
 ただの幼馴染みの戯れで言っているのに違いない。
 望美はしょっぱい気分で将臣を見ると、そのまなざしは真剣だった。
 本心で言ってくれるならばこんなに嬉しいことはないのに。
 将臣には既に彼女がいるというのに、どうしてこんなことをするのだろうか。
 考えれば考えるほど複雑怪奇になってしまい、望美は上手く考えることが出来ないでいた。
 短時間の間に悶々と考えていると、不意に男子生徒の視線を感じた。
「春日さん、君は結局、どうしたいの?」
 答えを請うように言われて、望美は思考を止めた。
 このままでいるわけにはいけない。
 まだ誰かと付き合うだとか、そんなことは考えてはいない。
 将臣への想いを上手く消化出来てはいなかったから。
「…ごめんなさい。まだ、そんなことを考えられないんだ。あの…、カレシを持つとか、全く興味がなくて」
 望美は誤魔化すように言うと、僅かに苦笑いをする。
 本当はカレシなんて将臣以外は考えられないのに。
 だが、大好きなひとには、カノジョと呼べる女性がいる。
 だから大きな声では言えなかった。
「…解ったよ、春日さん」
 男の子はどこか釈然としないような顔をしていたが、それでも取りあえずは引いてくれた。
 告白してくれた男の子が行ってしまった後、将臣はあからさまに溜め息を吐いた。
 それが安堵しているものなのは直ぐに解ったが、何故だか胸が痛かった。
「…何とかなったな」
「何とかなってないよ。私はまだカレシだとか…、そこまでは考えていないし…」
 望美は歯切れ悪く言うと、将臣を見た。
 いつもこうしてそばにいてくれて、当たり前のように横にいるひと。
 だが、最近は当たり前に横にいられるのが自分ではなくなっているのが、望美には切なかった。
「将臣くん、私、ひとりでちゃんと断ることが出来たよ」
 望美がぽつりと呟くと、将臣はあからさまにムッとした表情を浮かべた。
「幼馴染みとして、お前がおかしな男についていったら困るだろ?」
 将臣はどこか苛々しているように呟くと、望美をキツく睨み付けた。
 望美のこころが冷える。
 本当に泣きたくなる。
 幼馴染みだという言葉が欲しいわけではないのに。
 普通の男と女として見て貰いたいだけなのに。
 それが難しい。
「…幼馴染みとして、大事って思っているの? それとも、男と女として大事に思っていてくれるの? どっち?」
 こんなことを訊けば、将臣に重い女と思われるのが嫌で今まで訊けなかったが、つい口についた。
「…将臣くん…、私は幼馴染みとして見られるよりも…、ひとりの女性として見て貰いたかったんだよ…」
 声が震えて泣けて来る。
 ずっとずっとそうだった。
 女としてみて欲しいと願っていた。
 だが、将臣はいつも妹に接するようにしか接してはくれなかった。
 将臣を見つめると、驚いた表情をしている。
 きっと思いがけない者からの告白に、困惑しているのだろう。
 望美が将臣ならば、驚いてもしょうがないだろうと思った。
 胸が痛くて涙が瞳にジワリと滲んでくる。
「ご、ごめん。今のは聞き流してくれて良いから」
 望美は作り笑いを浮かべると、将臣に背中を向ける。
 これ以上将臣の困惑したような顔を見たくはなかったから。
「じゃあ教室に戻るよ」
 望美が一歩進み出したときだった。
「望美!」
 声を掛けられて振り返ると、将臣は今までにない真摯な表情を浮かべている。
 何かを言いたそうな表情に、望美が緊張していると、タイミングが良いのか悪いのか、予鈴が鳴り響く。
 将臣が舌打ちをしたのが聞こえた。
「望美、放課後、一緒に帰らないか」
 将臣のよく通る声に、望美は振り返る。
 死刑執行が行なわれるのだ。
 望美の恋の死刑執行が。
 不安で、切なくて、望美はこころが痛んだが、それでも頷くことしか出来なかった。
「有り難うな。放課後、七里ヶ浜に行こうぜ」
「うん…」
 望美は力なく頷くと、ゆっくりとしたペースで歩き始める。
 足が物凄く重かった。

 授業が終わり、先生の終了の合図が、心臓に響く。
 手のひらに汗が滲むし、心臓はおかしなリズムを刻んでいる。
 それでも、望美は将臣と行かなければならないと感じていた。
「望美、行こうぜ」
「うん、行こうか」
 鞄を持って立ち上がると、将臣と視線が絡んだ。優しい色を帯びていたから、余計に切なくなってしまう。
 望美が胸を甘く詰まらせながら見つめていると、将臣はフッと何処か切なく目を細めた。
 いつもは並んで歩くのに、今日は将臣が半歩先を歩く。
 望美は直ぐ目の前にある将臣の背中を見つめながら、もう“男のひと”なのだということを、改めて感じた。
 この背中にすがりつきたい。
 守って貰いたい。
 願いは空しく、背中を反射して返ってくるような気がした。
 将臣といつものように日坂を下りながら、七里ヶ浜へと向かう。いつもは他愛ないことをふざけながら話しているのに、今日に限ってはお互いに無言だった。
 七里ヶ浜に着くと、将臣は大きく伸びをする。
 何でもないことのように思っているとも、緊張しているとも取れる動作だった。
 将臣が望美の横顔に視線を合わせる。
 心臓がチクリと痛んだ。
 将臣のまなざしは蕩けてしまうほどに甘くてどうして良いのか解らないほどに、ドキドキする。
「…望美、お前、さっき俺がお前を“幼馴染み”として心配しているだけかと訊いたよな」
「…うん…」
「確かに“幼馴染み”として心配しているのは否定出来ねぇけれど…」
 将臣の言葉に望美は若干の痛みを感じる。だが将臣もその先を言うのには勇気がいるのか、深呼吸を浅くした。
「…だけど、幼馴染みだけじゃねぇよ…。幼馴染みだけしか思っていなかったら、流石の俺もあそこまで面倒なことはしねぇからな」
 将臣はフッと笑うと、今までで一番真剣で、どこか艶やかなまなざしを向けて来た。
 こんなまなざしで見つめられてしまったら、躰もこころも期待するように潤んでしまうではないか。
 望美が泣き笑いの表情を浮かべると、将臣は一瞬目を閉じた。
「…お前が、お前が他の男のもんになるなんて、俺には堪えられねぇんだよ…っ!」
 将臣の感情を振り絞るような熱情な声に、望美は息を呑んだ。
 嬉しくて嬉しくてしょうがないのに、どうしてこんなにもこころが痛いのだろうか。
 その痛みに、望美は泣きそうになっていた。
「…お前を女としてしか見られねぇんだよ、もう…。幼馴染みゴッコなんて出来やしねぇ」
 将臣は恋情に苦しめられているように言うと、唇を噛み締める。
 ここまで言ってくれるには、きっと沢山の勇気をかき集めてくれたことだろう。
 望美はその想いを受け取ると、将臣を見た。
「一緒にいるスキンダイビング仲間の女の子は?」
「アイツとは何でもねぇんだよ。お前好きなのに他の女なんて…おいっ!?」
 望美は背後から将臣を強く抱き締めると、今までの想いの丈をぶつけるように力を込める。
「…私も将臣くんのことが大好きだよ…。だって他の男の子とは考えられなかったから、ずっと、ずっと断っていたんだよ…」
「望美…」
 将臣は背中を震わせた後、ポツリと呟く。
「…抱き締めたいんだけど…」
「う、うん」
 望美が将臣の背中から離れると、今度はその胸に抱き締められる。
「…お前の指定席はここだからな」
「うん」
「好きだぜ」
 将臣はぶっきらぼうに望美に愛の言葉を呟くと唇を重ねて来た。
 永遠にその腕は望美の指定席。





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