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どうしてあんなにも素直に将臣を行かせてしまったのだろうと、望美は思った。 将臣に誘われたのに、結局は噂の彼女に引き渡してしまった。 「…私って空回りしているよね…」 本当に何処までお人好しなのかと、自分で自分に腹が立つ。 本当は一緒に縁側で話をしたかった。 本当はそばにいたかった。 なのにどうしていつもこうなってしまうのだろう。 そう思うと泣けてきてしまった。 望美は縁側に行かずに、今日もまた自分の部屋に引籠もってしまう。 将臣なしに笑うことなんて出来やしないから。 想定外に女に掴まってしまい、将臣はかなり苛々としていた。 折角、望美と一緒に過ごすことが出来そうだったのに、結局は邪魔が入ってしまった。 あの瞬間の望美は、本当に泣きそうなぐらいに切なそうだった。 あの表情が、望美が本当にこころから思っている感情であるならば、嬉しいのに。 だが、今回のようなことがあれば、それも脆くも崩れてしまうかもしれない。 将臣は喉がからからになってしまう程の苦しみを感じながら、あれこれと考えてしまっていた。 「将臣、さっきから何考えているのよ?」 しなだれかかる女を振り払うようにして、将臣はクールな光を浮かべる。 「春日さんのこと…?」 図星。だが我ながら分かりやすいとも思う。 将臣は何でもないことのように、無視してしまっていた。 「…何でもねぇよ。良いから潜るぞ」 「ええ」 将臣は一日不機嫌のまま、ダイビングを続けるしかなかった。 素直になれない自分に腹を立てながらするダイビングは、少しも楽しくはない。 望美と一緒に縁側で色々と話せば良かったと、そればかりを思っていた。 家に戻るといつものように縁側に行ったが、望美はいなかった。 「母さん、望美が遊びに来なかったか?」 「来なかったわよ。そう言えば最近、望美ちゃんが来ないわね」 母親はどこか心配そうに言いながら溜め息を吐いている。昔から母親は望美がお気に入りで、将臣が望美以外の女の子と出掛けたりすると、あからさまではないが残念がっている。 母親のこういうところが嫌で、反発をして今まで望美以外の女の子と付き合ったりしていたが、それがまさに仇になっている。 「…そっか、あいつは来なかったか…」 将臣はそれだけを呟くと、部屋へと戻った。 ベッドの上に倒れ込むように横になると、将臣は天井を眺めて溜め息を吐いた。 これ以上手をこまねいていたら、望美が他の男のものになるのは目に見えている。 後悔してからは遅いのだから、早く望美に気持ちを伝えなければ、本当に後悔してしまうだろうから。 将臣は何時深呼吸をすると握り拳を作る。 望美をどうしてもその手に入れたい。 運命の女であることは解っているから。 将臣にとってはもう望美以外の女は考えられなかったから。 翌朝、望美に逢うとどこかぎこちない雰囲気だった。 上の空のように溜め息を吐いているし、寝不足なのかぼんやりとしている。 「望美、お前、具合でも悪いのかよ?」 「え? あ、ううん。大丈夫だよ、将臣くん」 望美が誤魔化すように言うものだから、つい苛々してしまう。 自分には何でも話して欲しかった。 望美の横顔を見ていると、益々綺麗になり魅力的な女になっている。 望美は何もなかったようにいつものようにのほほんと笑っていたが、その美しさは際立っている。 誰にも渡したくない。 誰にも触れさせたくない。 将臣は益々高まる望美への想いに、息苦しくなった。 将臣と綺麗な女の子との影がちらついて、昨日は殆ど眠れなかった。 いつか将臣が他の女性に完全に夢中になってしまったら、どれ程辛くて切ないことだろうか。 きっと泣きたいだとか、そんなことでは済まされないような気がした。 翌朝、真っ赤な目をして将臣と顔を合わせると、怪訝そうにこちらを見て来た。 「望美、お前、具合でも悪いのかよ?」 「え? あ、ううん。大丈夫だよ、将臣くん」 望美が誤魔化すようにして笑うと、将臣はあからさまに不機嫌な顔になる。 言えるはずなんてない。 将臣のことを想い過ぎて、眠れなかっただなんて。口がさけても言えやしない。 望美が黙り込んでいると将臣が更に不機嫌になりそうだったので、いつものようにのほほんと笑うことにした。 すると益々将臣はしょっぱい顔をする。 どうしてそんな顔をするのだろう。 ひょっとして邪魔なのだろうか。 そんなことを考えると、また暗い気分になってきた。 そろそろ離れてあげるのが得策なのかもしれない。 将臣の足枷になっているような気がして堪らない。 離れてあげられれば良いのに。 将臣を自由にしてあげられれば良いのに。 どうしても二の足を踏んでしまうのは、きっと将臣のことを好き過ぎているからだろう。 望美はどうすれば将臣を解放してあげられるかと考える。 将臣以外のひとを好きになれれば簡単なのに。なかなかそうは出来ない。 将臣以外の異性を好きになったことなんて、今まではなかったから。 好きになる方法すらも解らない。 誰かと付き合えば、その他の誰かさんをいつか好きになることが出来るのだろうか。将臣よりも。 考えれば考えるほど無理なような気がして、望美は心臓が痛い。 あれこれと考えては、溜め息を吐いていた。 昼休みに、望美はまた呼び出しをくらった。 早々告白なんてされないというのに、望美はよく告白をされる。いつも将臣がいたから魔除けのような存在になっていたが、将臣にカノジョが出来たと噂されると、途端にこうして告白ラッシュを浴びていた。 本人は友人に「私はそんなにモテないよ」とのほほんと話していたが、誰もが首を横に振ったのは言うまでもなかった。 今日も今日とて望美は告白をされてしまい、困惑していた。 また、将臣はストーカーのようにその様子を眺めている。 望美が他の男のものになる。 不安が頭を擡げてきて、苦々しい気分になった。 望美を他の男に渡すなんて考えられないし、第一に有り得ない。 将臣はじっと様子を見ていた。 「好きだから、春日さんのこと」 いきなり告白をされて、望美は心臓が圧迫されてしまうのではないかと思う程に、苦しい気分を抱いていた。 目の前にいるのはそれなりに知っていて、良い男の子だと解っているからこそ、心苦しい。 望美は将臣を吹っ切れない自分を惨めに思いながら、告白してくれた男の子を見た。 自分を好きでいてくれるひと。 そのひとを好きになれる方が楽なのかもしれない。 なのに出来ない自分が苦しくてしょうがない。 望美が溜め息を吐いて、背筋を伸ばした時だった。 苛々する。 いつもよりも間合いがあり過ぎる。 嫌な予感がした。 このままでは望美は目の前にいる男のものになってしまうかもしれない。 それだけは堪えられない。 将臣は意を決して背筋を伸ばすと、ふたりの間に姿を現した。 「…将臣くん…」 望美は驚いたように将臣を見ている。 大きな瞳は見開かれ、どこか潤んでいた。 「悪いが…そいつはお前に渡すことは出来ねぇからな。諦めてくれ」 将臣はキッパリと言い切ると、男を睨み付けた。 三人の間に微妙な空気が広がる。 将臣は気になって望美をちらりと見た。 望美は切ないような泣きそうなような、そんな複雑な顔をしている。 将臣の心臓が妙なリズムで刻まれたのは、言うまでもなかった。 |