もう一度恋をしたい

13


 こんなに強く、しかも情熱的に抱きしめられたことなんて、今までなかった。
 ほとばしる想いに胸が締め付けられて、望美は泣きそうになる。
「…忘れていたの…? 将臣くんのこと…」
 望美は、喉の奥まで込み上げてくる熱い塊を飲み込みながら、とぎれとぎれに呟く。
 どうして忘れていたのだろうか。
 あんなに大好きなひとなのに。
 大切なひとなのに。
「…ごめん…」
 息が出来ないほどの切なさに、望美は声を震わせる。どうすれば、謝ることが出来るのかが解らない。
「…いいんだよ、そんなことは。いいんだ。俺だってお前のことを忘れて、傷つけて…。謝っても、謝りきられねぇようなことをしたんだからな…」
 将臣は、望美を深く抱き込むと、もう二度と離さないとばかりに腕に力を込めてくる。
「…望美、ごめんな、マジで…」
「私こそごめんね…」
 将臣の躰が温かくて、甘えたくなるほどに腕の力が熱くて、望美は思わず鳴咽を漏らした。
 恋情が涙と感動を運んでくれる。
「…前よりもちゃんと付き合いたいって言ったら、お前、どうする?」
「あ、あの…、ちゃんと付き合うって?」
 ニュアンス的には解るが、ときめきでドキドキしてしまう。こんなに甘いときめきに緊張をするのは初めてだ。
「…幼なじみとしてじゃなくて、男と女として」
 将臣の言葉を思わず飲み込んでしまう。
 男と女として、付き合っていく。
 ずっとそうしたくて、けれどもその枠に一歩踏み出すことが出来なかった。
 それが、将臣に手を取られて、踏み出そうとしている。
「…いいの? ホントに彼女として、将臣くんの傍にいて良いの?」
 いつも夢見ていた。
 将臣のとなりにいる綺麗な女の子になりたいと、ずっと思っていた。
 横にいる女の子を横目で見ながら、ずっとずっとあの横にいられたらと、思っていた。
「いいに決まってる。俺の横にいるのは、お前だって決まってたんだから」
「ホントに?」
 まだ信じられなくて、望美は疑い深い子供のように、将臣に聞き返した。
「ったくしつこいぞ」
 将臣は苦笑いをすると、望美の頬を両手で包み込む。
「…あ…」
 深いきらめきが宿った瞳で覗きこまれて、望美は動けなくなる。
 心の準備をしようとしても出来ないままに、将臣の顔が近づいて来た。
 整った男らしい横顔。
 見つめても、見つめても、飽きることがない。
「…将臣くんっ!」
 名前を呼ぶ声も妙にひっくりがえってしまい、全く持ってロマンティックじゃない。
「少し黙っていろよ」
 囁くような甘い声に、心臓が跳ね上がってしまいそうになる。
「え、でもっ!」
「良い気分なんだよ…」
「あ、だけど、うん、その」
 望美は自分でも何を言っているのかサッパリ解らない。
 ただ甘くときめいてドキドキしている自分を、ごまかしてしまいたくなる。
「…ロマンスのねぇ女だな…」
「将臣くんに言われたくないよ…」
 言葉を取るように、将臣は軽く望美に口づけてきた。
 余りにふたりらしくないロマンティックなキスだったから、望美はドキドキする余りにぼんやりとしてしまう。
 息をする暇もなく、今度は深い角度でキスをされた。
 先程の甘いキスではなく、今度は熱くなってしまうほどの激しいものだ。
 将臣は望美を深く抱くと、舌を口腔内に侵入させてきた。
 舌を絡ませ、快楽を産むように擽られる。
 頭が気持ち良く痺れて、とろとろに溶け出してしまいそうだ。
 息苦しい余りに将臣に縋り付くと、更に強く抱きしめてくれた。
 背筋が甘い旋律を呼吸する。胸の奥が苦しくなり、それでも将臣が欲しくて、強く縋り付いた。
 唇が離れると、涙が滲んでしまうほどの喪失を感じる。
 潤んだ瞳で将臣に甘えるように見つめると、今度は軽く抱きしめてくれた。
「…これでようやく、スタートラインだな。茶吉尼天の呪縛も、もう俺たちには関係ねぇんだよ。開放されるんだ」
「うん、そうだね」
「遠回りしたけれど、ようやくこうしてスタートラインに立てたんだ。これからずっと一緒だ」
「うん、うん」
 たとえ記憶を持ち去られたとしても、恋心だけは棄てることはなかった。
 互いにこの感情だけは、心の奥底で大切にしていたのだ。
 だからこそ茶吉尼天の侵食を免れたに違いない。
 ふたりはようやく手にした温もりを、もう二度と離さないと誓いながら、しっかりと手にする。
 永遠に失うことはないと願いながら。


 あの時空に飛ばされ、異世界で起こった出来事総てが、遠くなっていく。
 だがきっと色褪せることなどなく、ふたりにとって、人生のなかでみずみずしく色づいていくのだろう

「将臣くん! 早く起きてよ! もう! 私まで遅刻に巻き込むのはやめてよね!」
 朝から望美の勢いの良い声が、有川家に響き渡る。
 失ったはずの日常、あたりまえな日常。
 それらが何事もなく戻ってきた。
 ただあの頃と違うところは、もうふたりがただの幼なじみではないということだ。
 お互いに人生を一緒に歩く最良の相棒だと決めているのだから。
「さっさと服を着てよね! 下で待っているから」
「ああ。おい、これ」
 将臣は自転車の鍵を望美に投げる。
 ちゃりんとした小気味の良い金属音と、その重さが心地良かった。
「カゴに鞄入れて、鍵を開けて待ってろ。直ぐに行く」
「うん!」
 望美はスキップするように階段を降り、最後の一段のところで足を取られる。
「ぎゃあっ!」
 尻餅を付いた大きな音に、将臣は慌てて降りてきてくれる。
「いたあ…」
お 尻を打っただけだから、そんなに酷くはないのだが、将臣がまるで王子様のように駆け降りてきてくれた。
「大丈夫かよ!?」
「う、うん、大丈夫…」
 いきなり護るように抱きしめてきてくれた将臣に、望美はドキドキを止めることが出来なくなる。
「大丈夫だよ、本当に」
「怪我したばっかなんだからな、気をつけろよ」
 低い声が掠れてひっくりかえっている。そのなまめかしさに望美の心は奪い去られる。
「…望美…」
「大丈夫だよ、将臣くん。軽くお尻を打っただけだし」
「何にも忘れてねぇだろうな?」
 向けられる将臣の眼差しが揺れ、望美は安心させるために深く頷く。
「大丈夫だよ」
「良かった…」
 将臣はホッと息をつくように呟くと、望美の瞳を更に見つめる。
「ねぇ、もし、私が総てを忘れてしまったままだったら、将臣くん、どうした?」
 将臣はフッと笑みを浮かべると、望美に甘く囁く。
「決まっている。もう一度お前に恋をさせる。初めから…」
 何度無くしても、決してくじけない。
 そうだ。
 もう一度初めから恋をしよう。
 ふたりなら出来るはずだから。
 明るい陽射しに導かれて、ふたりで一歩ずつ歩いていく-----
コメント

「迷宮」ED後です。
茶吉尼天によって、望美のことだけを忘れた将臣は?
をテーマにした物語です。

完結





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