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こんなに強く、しかも情熱的に抱きしめられたことなんて、今までなかった。 ほとばしる想いに胸が締め付けられて、望美は泣きそうになる。 「…忘れていたの…? 将臣くんのこと…」 望美は、喉の奥まで込み上げてくる熱い塊を飲み込みながら、とぎれとぎれに呟く。 どうして忘れていたのだろうか。 あんなに大好きなひとなのに。 大切なひとなのに。 「…ごめん…」 息が出来ないほどの切なさに、望美は声を震わせる。どうすれば、謝ることが出来るのかが解らない。 「…いいんだよ、そんなことは。いいんだ。俺だってお前のことを忘れて、傷つけて…。謝っても、謝りきられねぇようなことをしたんだからな…」 将臣は、望美を深く抱き込むと、もう二度と離さないとばかりに腕に力を込めてくる。 「…望美、ごめんな、マジで…」 「私こそごめんね…」 将臣の躰が温かくて、甘えたくなるほどに腕の力が熱くて、望美は思わず鳴咽を漏らした。 恋情が涙と感動を運んでくれる。 「…前よりもちゃんと付き合いたいって言ったら、お前、どうする?」 「あ、あの…、ちゃんと付き合うって?」 ニュアンス的には解るが、ときめきでドキドキしてしまう。こんなに甘いときめきに緊張をするのは初めてだ。 「…幼なじみとしてじゃなくて、男と女として」 将臣の言葉を思わず飲み込んでしまう。 男と女として、付き合っていく。 ずっとそうしたくて、けれどもその枠に一歩踏み出すことが出来なかった。 それが、将臣に手を取られて、踏み出そうとしている。 「…いいの? ホントに彼女として、将臣くんの傍にいて良いの?」 いつも夢見ていた。 将臣のとなりにいる綺麗な女の子になりたいと、ずっと思っていた。 横にいる女の子を横目で見ながら、ずっとずっとあの横にいられたらと、思っていた。 「いいに決まってる。俺の横にいるのは、お前だって決まってたんだから」 「ホントに?」 まだ信じられなくて、望美は疑い深い子供のように、将臣に聞き返した。 「ったくしつこいぞ」 将臣は苦笑いをすると、望美の頬を両手で包み込む。 「…あ…」 深いきらめきが宿った瞳で覗きこまれて、望美は動けなくなる。 心の準備をしようとしても出来ないままに、将臣の顔が近づいて来た。 整った男らしい横顔。 見つめても、見つめても、飽きることがない。 「…将臣くんっ!」 名前を呼ぶ声も妙にひっくりがえってしまい、全く持ってロマンティックじゃない。 「少し黙っていろよ」 囁くような甘い声に、心臓が跳ね上がってしまいそうになる。 「え、でもっ!」 「良い気分なんだよ…」 「あ、だけど、うん、その」 望美は自分でも何を言っているのかサッパリ解らない。 ただ甘くときめいてドキドキしている自分を、ごまかしてしまいたくなる。 「…ロマンスのねぇ女だな…」 「将臣くんに言われたくないよ…」 言葉を取るように、将臣は軽く望美に口づけてきた。 余りにふたりらしくないロマンティックなキスだったから、望美はドキドキする余りにぼんやりとしてしまう。 息をする暇もなく、今度は深い角度でキスをされた。 先程の甘いキスではなく、今度は熱くなってしまうほどの激しいものだ。 将臣は望美を深く抱くと、舌を口腔内に侵入させてきた。 舌を絡ませ、快楽を産むように擽られる。 頭が気持ち良く痺れて、とろとろに溶け出してしまいそうだ。 息苦しい余りに将臣に縋り付くと、更に強く抱きしめてくれた。 背筋が甘い旋律を呼吸する。胸の奥が苦しくなり、それでも将臣が欲しくて、強く縋り付いた。 唇が離れると、涙が滲んでしまうほどの喪失を感じる。 潤んだ瞳で将臣に甘えるように見つめると、今度は軽く抱きしめてくれた。 「…これでようやく、スタートラインだな。茶吉尼天の呪縛も、もう俺たちには関係ねぇんだよ。開放されるんだ」 「うん、そうだね」 「遠回りしたけれど、ようやくこうしてスタートラインに立てたんだ。これからずっと一緒だ」 「うん、うん」 たとえ記憶を持ち去られたとしても、恋心だけは棄てることはなかった。 互いにこの感情だけは、心の奥底で大切にしていたのだ。 だからこそ茶吉尼天の侵食を免れたに違いない。 ふたりはようやく手にした温もりを、もう二度と離さないと誓いながら、しっかりと手にする。 永遠に失うことはないと願いながら。 あの時空に飛ばされ、異世界で起こった出来事総てが、遠くなっていく。 だがきっと色褪せることなどなく、ふたりにとって、人生のなかでみずみずしく色づいていくのだろう 「将臣くん! 早く起きてよ! もう! 私まで遅刻に巻き込むのはやめてよね!」 朝から望美の勢いの良い声が、有川家に響き渡る。 失ったはずの日常、あたりまえな日常。 それらが何事もなく戻ってきた。 ただあの頃と違うところは、もうふたりがただの幼なじみではないということだ。 お互いに人生を一緒に歩く最良の相棒だと決めているのだから。 「さっさと服を着てよね! 下で待っているから」 「ああ。おい、これ」 将臣は自転車の鍵を望美に投げる。 ちゃりんとした小気味の良い金属音と、その重さが心地良かった。 「カゴに鞄入れて、鍵を開けて待ってろ。直ぐに行く」 「うん!」 望美はスキップするように階段を降り、最後の一段のところで足を取られる。 「ぎゃあっ!」 尻餅を付いた大きな音に、将臣は慌てて降りてきてくれる。 「いたあ…」 お 尻を打っただけだから、そんなに酷くはないのだが、将臣がまるで王子様のように駆け降りてきてくれた。 「大丈夫かよ!?」 「う、うん、大丈夫…」 いきなり護るように抱きしめてきてくれた将臣に、望美はドキドキを止めることが出来なくなる。 「大丈夫だよ、本当に」 「怪我したばっかなんだからな、気をつけろよ」 低い声が掠れてひっくりかえっている。そのなまめかしさに望美の心は奪い去られる。 「…望美…」 「大丈夫だよ、将臣くん。軽くお尻を打っただけだし」 「何にも忘れてねぇだろうな?」 向けられる将臣の眼差しが揺れ、望美は安心させるために深く頷く。 「大丈夫だよ」 「良かった…」 将臣はホッと息をつくように呟くと、望美の瞳を更に見つめる。 「ねぇ、もし、私が総てを忘れてしまったままだったら、将臣くん、どうした?」 将臣はフッと笑みを浮かべると、望美に甘く囁く。 「決まっている。もう一度お前に恋をさせる。初めから…」 何度無くしても、決してくじけない。 そうだ。 もう一度初めから恋をしよう。 ふたりなら出来るはずだから。 明るい陽射しに導かれて、ふたりで一歩ずつ歩いていく----- |
| コメント 「迷宮」ED後です。 茶吉尼天によって、望美のことだけを忘れた将臣は? をテーマにした物語です。 完結 |