*あじさいの恋*


 将臣の顔を見つめながら、望美は一瞬どう反応して良いのか解らなくなっていた。
 ドキドキし過ぎて頭が痛い。
 ひょっとして好きだと言ってくれているのだろうか。
 それとも違う意味でもあるというのだろうか。
 ぐるぐる考えが脳内を巡るのに、答えは一向に出ない。
 望美は呼吸を整えると、将臣の感情を探るように見つめた。
「それってどういうこと?」
 答えが何時まで経っても出ないのであれば、本人に訊いてみるしかない。望美は将臣に答えを迫るように訊いた。
「それって、言葉通りに決っている」
 将臣の瞳の周りが珍しく赤らんでいて、照れているのが解る。
「…それが解らないから、訊いているんだよ…」
 今までのように切なくて絶望的な気分じゃない。ストレートに将臣の言葉を受け止められるような気がした。
「…だから、このトコロテンと同じぐれぇにお前が好きだってことだよっ」
「え、あ…」
 将臣が勢いをつけてやけくそのように言ったものだから、望美は一瞬、どう答えて良いのか解らなかった。
 ただ、嬉しかった。
 微笑もうとした瞬間、ふいに脳裏に将臣の彼女が浮かぶ。
 このまま宙ぶらりんの状態では、受け入れることが出来ないから。ここはきちんと決着をつけておかなければならない。
「…嬉しいよ、将臣くん。凄く嬉しい。だけどね…、着物がとてもよく似合う、紫陽花のように綺麗なひととは…」
 望美が口ごもるように言うと、将臣はまるで過去を懐かしむように、フッと寂しそうな笑みを浮かべた。
「…終わった」
「…そうなんだ…」
 完全に切れたと聞いて嬉しい筈なのに、どうしてこんなにも重くて切ない気分になるのだろうか。
「…この間、俺が携帯で呼び出されたことがあっただろ? あの時に、全部終わったんだよ…」
 将臣は嫌な顔をせずに、ただ淡々と話をしている。まるで自分のことではないかのようだ。
「…フラれた…の?」
 恐る恐る訊いてみると、将臣はおかしそうに微笑んだ。
「んなわけねぇだろ? 俺がフったの」
 将臣はふざけるように言った後、寂しげな笑みを浮かべた。
「結局は、自然消滅ってヤツ…」
 将臣は口直しをするように、コップの水に浮かぶ氷を口に含むと、望美を真っ直ぐ見つめた。
「いつもさ、違うんだ」
「違う?」
「お前以外の女と付き合いを進めていけば行くほどに、違和感を感じちまうんだよ…。いつもお前とばかり比較して、結局、俺が好きなのはお前かもしれない、って結論の繰り返し。少しは学習機能が俺にあれば良いんだけれど、生憎、そんな高級なもんは持ち合わせちゃいなくてな」
 将臣は深呼吸をすると、今までで一番誠実かもしれない表情で望美を見つめた。
 こちらの呼吸が早くなるほどの爽やかな甘さを含んだ表情に、望美は全身がとろけてしまうような感覚に襲われる。
「…お前が好きだって感情は、ずっと子供の頃の延長で、色恋なんて関係がねぇ、どこか家族の感情に似たようなものだと思ってた。だけど、年々、そうじゃねぇんだってこと、それは俺自身が思い込んでいたことに過ぎないって、ようやく気付いたんだよ。ったく俺はバカだよな」
 将臣は自嘲気味に笑うと、改めて望美を見つめてきた。
 こんなにも誠実な表情をした将臣を、望美は知らない。
 今までで一番、望美のことを考えてくれているようにさえ思っていた。
「…俺が一方的に言っちまったけれど…、お前は自分の感情に素直になれば良い。お前が今の時点で俺に恋愛感情が持てなかったとしても、俺は少しも構わない。それでお前への態度を変える気なんてさらさらねぇし、今までのように幼馴染みでいてくれたらそれで良い」
 将臣は望美としっかりと向き合ってくれると、背筋を精悍に伸ばした。
「…もし、お前が今の時点で俺に対して、男として見てくれていなくても、俺は一向に構わない。俺はお前が 本当に愛することが出来るような男になって、お前を俺に惚れさせる」
 心臓のど真ん中を射るような言葉を力強く言われてしまい、望美はその場でとろとろに溶けてしまうのではないかと思うほどのロマンスを感じていた。
 これほど、将臣に恋をしていると感じたことは、今までなかったのだから。
 将臣は珍しく少し緊張しているように見える。
 いつもはあんなにも堂々としていて、望美を明るい方向に導いてくれるのに、今日に限っては、どこか可愛い。
 望美は幸せ過ぎて、このまま蕩ける余りになくなってしまうのではないかと思いながら、あえて真っ直ぐ将臣を見た。
 将臣の大きな手を、包み込むと、そこに柔らかな力を注いだ。
「…私はずっとずっと将臣くんが好きだよ。だからずっとずっと待っているつもりだったんだよ。もっともっと良い 女になって、将臣くんをメロメロにさせる自信はあったよ」
 少しおどけたようにくすりと笑うと、将臣も笑顔で返してくれた。
「そんなことをしなくても、お前は充分に良い女だぜ。これから、俺のほうが嫉妬でおかしくなっちまうだろうな」
 将臣が強い力で手をしっかりと握ってくれる。
 手の甲を柔らかく撫でられるだけで、背筋がゾワリと震えてしまうのを感じた。
「ここを出て、少し歩かねぇか?」
「うん。将臣くんと一緒に紫陽花が見たいよ」
「ああ。見に行こうぜ。きっとすげぇ綺麗だろうからな」
「うん」
 ふたりは堂々と手をしっかりと繋ぐと、対等の想いを持つ恋人同士として歩き始める。
「この先にとても紫陽花が綺麗なところがあるんだ…。将臣くんも女のひとと、来ているのを見たことあるけれど…」
 望美が口ごもると、将臣はもう不安にさせないと宣言するかのように望美の躰を引き寄せた。
「…もう誰とも行かねぇよ」
「うん」
「それにお前と見る紫陽花はきっと綺麗だろうからな」
 望美は返事をする代わりに微笑みを浮かべた。

 いつもの場所に紫陽花を見に行くのに、今日はいつもよりも美しく見える。
 それが将臣と一緒にいるのが理由であることは、直ぐに解った。
 境内の紫陽花をふたりで見て回る。
 花も綺麗だとは思うが、それよりもずっと将臣が見せてくれる笑顔が嬉しい。
「…あら、こんにちは」
 声を掛けられて顔をあげると、紫陽花を分けてくれた女性が目の前に立っていた。
「こんにちは、この間は紫陽花をどうも有り難うございました。早速、育てていますよ」
「それは良かったわ」
 女性は穏やかに微笑むと、望美と将臣を交互に見つめてきた。
「…お嬢さん、あなたはあなただけの紫陽花を咲かせたようね」
 にっこりと落ち着いた笑みで穏やかに言いながら、女性は将臣を見た。
「紫陽花は植える場所によって色を変えます。それは女の子も同じです。愛されるひとによって花の色が変わるんですよ。ずっと…彼女の色が変わることがありませんように…」
 まるで願い事を呟くように言うと、女性は穏やかに笑った。
「それではおふたりともごゆっくり」
 頭を下げると、女性は東屋へと入っていった。
「愛される相手によって色が変わる…。良いこと言うな、あのひと」
「そうだね」
 望美が穏やかな幸せに微笑むと、将臣はそっと抱き寄せてくる。
「これから、お前の色を変える気は俺にはねぇから…」
「うん、変えないでね」
 抱き寄せられて、ごく自然に唇が重なっていく。
 望美だけの色に染め上げられた紫陽花は、幸せを運んでくれた。





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