17の紅くなる病


 17は恋を自覚するとき。
 17はおとなとこどもの間。
 17は切ない気持ちを抱きしめる繊細な瞬間。
 17は純情と淫乱の間。
 17は発情期…。

 生まれたての陽射しを浴びながら、将臣が横を歩く。まるでスポットライトを浴びるかのように輝いている。
 胸の奥がドキリとする。目が離せなくて、望美はじっとその横顔を見つめていた。
「暑いな…」
「そうだね…」
 望美はある意味、熱いと思った。気象状況で暑いのではなく、躰の奥にある切ない女の部分が、躰を暑くする。
 こんな感覚にさせるのは、将臣だけだ。他の男には全く感じない。
 将臣だけだ。
「暑くてマジでやってられねぇよな」
「そうだね」
 望美はうなじに伝う汗が気持ちが悪くて、思わず手の甲で拭った。
「ったくとけちまうよな、こんなに暑かったら」
「ホントに!」
 屈託ない青空のように笑うと、将臣がじっとこちらを見つめて来た。
 何だか深刻な表情をしている。一瞬、将臣は舌打ちをしていた。
「…おまえ…無防備過ぎ…」
「え…?」
「だから、その…」
 将臣は上手く表現が出来ないようで、何処かいらついていた。
「あ、あの…、どうかした?」
「どうもしない」
 不機嫌に言うと、プイッと明後日方向に視線を向ける。
 機嫌が悪い。
 だが、その横顔がとても艶やかで、望美は思わず見とれてしまった。
「なあ、今日は…ヒマか?」
「うん、ヒマだよ!」
 明るく即答する望美を、将臣は苦笑いしながら眺めている。瞳の奥には、まだあの苛々した影が混在している。
「沖縄の打ち合わせ、そろそろしないと駄目だろ?」
「そうか! そうだよね。打ち合わせして早目に申し込まなくっちゃいけないよね」
 沖縄に行く資金をようやく貯めたせいか、すっかりそれだけで旅行にいける気分になっていた。肝心の申し込みがまだ済んでいないのだ。
「時期の調整もしねぇとダメだしな」
「そうだね、すっかり失念していたよ!」
 望美は何度も頷き、将臣に笑顔を向ける。
「ズゴイ楽しみにしているんだ」
 本当に、今度の沖縄旅行は、人生最大のトピックスではないかと思うぐらいに、望美のなかでは大きいものだった。
「…ホント、ガキみてぇだな、お前」
「もう、将臣くんとはタメの年になったんだから、そんなこと言わせないんだもん」
 膨れっ面をするとー将臣は苦笑しながら望美の頭を撫でて来た。
 胸が切なくなるぐらいに熱い。このまま沸騰してどうにかなってしまいそうだ。
 思わず目を閉じると、将臣の手が止まった。大きな手は、未だ頭のうえに留まったままだ。
 梅雨の季節を告げる風がふたりの間に吹き抜ける。まるで時間が意味を失ってしまったかのような気すらした。
 暑い。
 本当に熱くて、頭のなかがどうにかなってしまいそうだ。
 お互いにただ見つめていた。ただお互いの気持ちを手探りするかなように、見つめていた。
「…ったく」
 何だか意味の解らない悪態をつくと、将臣は舌打ちをした。
 今日、何度も聞いた舌打ち。
 それは決して不快なものなのではなく、胸に甘く響くものであった。
 将臣は自嘲ぎみに笑うと、先を歩く。
「…暑いな…」
「そうだね…」
 将臣の手が、開いた鎖骨に流れる汗を拭う。
 私が拭いたい-----望美は暑くなる意識の中で思った。
 ドクン、ドクンとまるで魂に刻み付けるかのように、スローモーションで鼓動が聞こえる。
 将臣の男らしい媚態が、脳裏に刻み付けられて、どうしようもないぐらいに熱くなる。
 喉がからからになってしまい、望美は渇く唇にたまらない餓えを感じた。
 舌で唇をなぞると、それだけで熱くなる。
 将臣の熱くて冷たい眼差しを受け、俯いてしまった。
「…熱いな」
「熱いね…」
 ただそれだけを呟いて、ふたりはゆるゆると学校へと急いだ。

「春日さん、ちょっと話があるんだけれど…」
 声をかけられて顔を上げると、そこには名前も思い出せないような影が薄い青年が立っていた。
「話って?」
「手短にしろよ。俺達は急いでいる」
 いつの間に現れたのか、将臣が話に割り込んで来た。いつもの柄の悪さをかなり助長させている。
「あ、あの、春日さんにだけに用があるんだ、僕は」
「俺はいないものと思って、望美に用件を言えよ。俺に聴かれたら困るなんてことは、ねぇだろう?」
 将臣はすっかり悪のオーラを身に纏ってしまっている。流石は元還内府だ。誰もが震えあがってしまいそうな眼差しで睨み付けられて、すっかり男子生徒は竦み上がっている。
 あの眼差しで睨みつけられたら、誰だって足をすくませてしまうだろう。
 望美は内心、目の前にいる青年に同情してしまった。
「…あ、特には何もありません。ごめん春日さん、引き止めたりして」
 すっかり逃げ腰になってしまった目の前の男子生徒を、望美は気の毒に思いながら笑った。
「良かったの? 本当に」
「うん、何もないよ」
 すっかり将臣の顔色を伺っている彼に、望美は同情をしてしまった。
「おら、アイツもいいって言ってんだろ? 行くぞ。何カ甘いもんでもおごってやるから」
 ぐいっと強く手を握られると、望美は将臣に引っ張られてしまう。
「あ、またね!」
 ズンズンと進む将臣に戸惑いを覚えながら、望美は校門まで連れて行かれてしまった。
「小町通でも行くか」
「うん」
 将臣はもう離さないとばかりの勢いで、望美の手をしっかりと握って離さない。じんわりと強い熱を感じ、望美は胸の奥に涙が出そうなぐらいの熱さを覚えた。
「お前、気をつけろよ」
 窘めるように将臣はきつい口調で言ってくる。
「何を?」
「んなこときくぐれぇに無防備ってことなんだよ」
 どうしてこんなに厳しく怒られてしまうのだろうか。
 望美はまるで捨て犬になった気分でうなだれた。
「無防備は…ダメなの? 私はいつも通りにしているだけだよ」
 望美が視線を落とすと、将臣は困ったように望美の手を優しく握り直してくれた。
「…俺がいなかったら、お前…へんなヤツに付き纏われるぞ」
「将臣くんがいれば大丈夫だから、心配ないじゃない」
「…お前な…」
 将臣は困ったような顔をした後、立ち止まって望美を見た。
「…お前、無防備に俺を信頼し過ぎ」
「え、何で? 私は将臣くんを誰よりも信頼しているんだよ?」
 本当のことを言っただけなのに、不意に将臣に抱き寄せられた。
 遠くからは踏み切りの音が派手に鳴り響いている。
 強く抱き寄せられて、息が出来ない。
「俺が男で、こうしてお前を突然抱きしめてしまうぐれぇに信頼出来ねぇって知ってたか?」
「解っている、でも信頼出来るよ…」
「いいや、解ってねぇな。俺が野獣になりえるってことを」
 みんなが見ている。だが抵抗は出来ない。遮断機の音を聴きながら、将臣は噛み付くようなキスをしてきた。
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「迷宮」ED後の日常です。





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