17の紅くなる病


 唇が離れた後、望美は茫然と将臣を見た。
「解ったか? 俺はいつでもお前を傷つけるのが平気な男なんだって」
 唇に舌を這わせると、血の味かする。それが不快ではないのが不思議だ。
 望美は頭を横に振った。
「…そ、そんなことない…」
 何時もの将臣とは違った艶やかでワイルドな一面に、望美はドキドキさせられっぱなしだ。
 喉がからからになるぐらいにときめき、顔がぼんやりと熱くなった。
「行くぞ、次の電車が来る」
「…うん」
 将臣に手を引かれて、望美は素直についていく。
 顔が熱い。
 将臣を傍で感じるだけで胸の奥が切なく疼く。
 改札をくぐり抜け、電車に乗っても、将臣は望美の手を離すことはなかった。
「…望美、小町通の甘味屋に行ったら、涼もうぜ」
「うん」
 弱冷房の車内でも、まだ熱い。
 ふたりでいるだけなのに、どうしてこんなに熱いのだろうか。
 何も話さない。
 ただしっかりと指と指を絡み合わせて、ふたりはじっと前を見ていた。

 鎌倉駅に降り立ち、ふたりは馴染みの甘味処に入る。熱いから望美はクリームあんみつを頼み、将臣は宇治金時を頼んだ。
 ふたりとも見つめるだけで鼓動が破裂しそうになる。望美は将臣を見つめるだけで、窒息してしまうのではないかと思った。
 冷たくて甘いものが運ばれてくる。どこか将臣に似ているような気がした。
「沖縄な、日程的に盆があけたあたりが良いと思うけれどどうだ?」
「無難だね。えっと…、それぐらいのほうがのんびり潜れそうだし」
「だな。で、泊まるところだけれどな、民宿っぽいとこにするか、それともペンションにするかだな。今回、貧乏旅行だから、なるべく出費は抑え ねぇといけねぇからな…。俺が民宿で泊まって、お前が近くのレディースホテルってパターンになると思うけれどな」
「一緒にじゃないの?」
 何も考えずに言うと、将臣に強く睨み付けられた。
「バカか、お前っ! さっきのことで懲りてねぇのかよ」
 将臣は眉間にシワを寄せると、怒りと呆れを混じり合わせたような表情をした。
「……ど、どうして」
 望美は目を丸くしながら、泣きそうな気分で将臣を見つめる。胸が苦しくて、どうしようもなくなりそうだ。
「あのな…」
 将臣はさらさらと揺れる前髪をかきあげながら望美に顔を近づける。
 こんなに接近されたら死んでしまうと思うぐらいに鼓動は絶好調なマラソンランナーのように走り続ける。
「同じ宿を取るって、シングルばっかのとこは少ないぞ。それに、お前さ、ぜってー解ってねぇだろ。俺と同じ部屋になるってことも有り得るんだよ」
「あ、あの、その…、同じ部屋でもいいかなあって…」
 望美はどうしてそんなに将臣がセパレートにこだわるのかが解らない。
「懲りてねぇな、マジで」
 将臣は望美の額を思い切り弾くと、困ったような笑みを浮かべた。
「さっきの駅以上にスゴイことになっちまうだろうが…。今だって俺は…」
 苛々したように視線を臥せる将臣の色気に、望美はパルスが激しく高鳴るのを感じた。
 躰の奥深いところがしゅくしゅくと痛む。女の子は昨日終わったばかりなのに、あれ以上に切ない痛みが躰を貫いた。
 ドキドキっしゅくしゅくが交互に来てしまい、どうしようもないほどに落ち着かない。
「…あ、あのね…、ま、将臣くんとなら、楽しいかなあって…」
 真っ赤になりながら、自分でもとんちんかんであんぽんたんなことを言っているのは解っている。だが…。
「お前…ホントにどうしようもねぇな…」
 将臣はフッと迷い子になったかのような心許ない視線を這わせた。それがとても愛おしくて、望美は抱きしめたくなる。
「…俺と間違いが起こってもしらねぇぞ!? ったく…」
 間違い。その意味がどういうことか解らない望美ではない。将臣の意図することを汲み取ると、指先まで真っ赤にさせて俯いた。
「…間違いとかそんなことは考えなかったよ…。ただ、将臣くんと一緒にいたいって、過ごしたいって思っただけだよ…」
 望美がぽつりぽつりと言葉を重ねると、将臣は大きな溜め息をついた。
「…あのな…。んな可愛いことばっか言うな…、たまらなくなっちまうだろうが」
「え…?」
「顔を上げろよ」
 言われた通りにおずおずと顔を上げると、将臣が唇を近づけて来た。
 誰にも解らないように口づけられる。先ほどのようなものではなくて、まるで目の前にある冷たい甘味のようなキスだった。
「俺、堪え性じゃねぇから、きっとお前に手を出すぜ。正直、自分を押さえ込む自信なんてねぇもんな」
 いつもクールな将臣には珍しく、ほとばしる感情を押さえ込んでいるように見える。
 望美はそんな将臣のほうがステキだと思った。自分自身も今同じ気分だから。
「…将臣くんが感情を抑えられても、私が抑えられなかったら終わりじゃない…」
 望美がポツリと呟くと、今度は将臣が驚いた。
「望美…」
「だって、将臣くんと一緒にいるだけで、こんなに苦しくて熱くなるんだよ。そんな私が理性を保つなんて出来ないよ…」
 望美は泣きそうなのにすっきりとした気分になり、将臣に笑いかけた。
「…ったく」
 将臣に手を取られて、望美は躰がぴくりとなる。
「なあ、俺のこと…好きか?」
 クールだと思っていた将臣の瞳の周りがほんのりと紅くなる。
「…好きだよ」
「幼なじみとしてじゃなく?」
 声が大人の男性のようになり、望美はこのまま溶けてしまうのではないかと思うぐらいに、熱くなる。
「幼なじみとしても…、男のひととしても…将臣くんが好きだよ…」
 話している間、一度も酸素を感じなかった。望美はからからになるほど自分が干上がるような気がして、堪らなくなる。
「…俺も好きだ」
 好きという言葉を投げ掛けて貰えるだけで、望美は幸福でしょうがなく思った。だが、それ以上のものを求めずにはいられなくなる。
「…それは、異性として?」
「ああ、ひとりの女としてお前が好きだ」
 将臣は照れずに、ストレートな言葉で望美の望むものをくれる。それが何よりも幸福だと感じる。
 くすりと何ともくすぐったい笑みを浮かべると、望美はパクリとクリームあんみつを口に運ぶ。
「冷たくて美味しいね」
「そうだな」
 お互いに付き合いが長いせいで、告白した後は、何故だか照れが先行する。
 手を握りあったままで、パクパクと冷たいスウィーツを食べた。
 口の中は一瞬だけ冷たくなるのが、また直ぐに砂漠のようにからからになって熱くなる。
 手が震える。
 食べても、食べても熱は治まりがつかなかった。
 ふたりとも食べ終わると、将臣は手を引いたままで店を出た。
 行き先を告げぬままで、駅まで歩いていく。
「もう帰るの?」
「打ち合わせの続きは俺の部屋でしようぜ」
 ちらりと見つめられる。
 将臣の瞳の奥に宿る眼差しに、望美は頷かずにはいられなかった。
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「迷宮」ED後の日常です。





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