*恋と愛の狭間で*


 どれぐらい、あなただけを見つめていたのかが解らないぐらいに、ずっと見つめてきました。
 物心がついた時にはそばにいてくれたから、それからずっと大切なひとだった。
 あなただけをずっと見つめていました。
 きっとあなたはその瞳に気付いていた。
 気付いていたからこそ、ずっと私以外の女の子を選んでいた。

 あの瞳に見つめられていることに気付いたのは何時からだろうか。
 気付いた時は、正直言ってとても嬉しかった。
 だが同時に、様々な切なさや遠慮が浮かんだ。
 弟がずっとアイツのことだけを見ていたのも知っていたし、流さや誠実度はとてもではないが敵わないのは解っていた。
 だから、俺は、いつもアイツの切ないまなざしを無視し続けていた。
 そんなものは知らないと、知っているくせに知らないふりを決め込んでいた。
 女を選ぶのも、常にアイツ以外の女を選ぼうと決めていた。
 だから俺が選ぶのは、いつも二番目か三番目に好きな相手で、かつ、しつこくない後腐れもない女ばかりだった。
 二番目も三番目も一番じゃなけりゃ、同じようなもんだ。
 俺にとって、一番は常にダントツで、誰が来ても一番がアイツであることは永遠に変わらないだろうと思っている。
 だから、いつもアイツを近くもなければ遠くもない位置から見守り続けていたのだ。
 アイツだけには恋をしない。
 恋をすれば傷付け合わなければならなくなるから。
 俺はアイツを傷つけたくはなかったから。
 俺はアイツに辛い想いをさせたくないから。
 だから恋なんてしない。
 春日望美には絶対に恋をしないと決めていた。
 なのにどうしたことか、最近、その誓いが脆くなっている。
 俺が我慢することが出来ない程に、綺麗になっているから。



 大学二年になり、もう源平の時空での出来事が遠い昔に感じられるようになってきた。
 今思い出せば、温かくて何処か切なかった輝かしい日々。自分の人生のなかでも、最も光り輝いた時間なのではないかと、感じずにはいられない。
 望美にとってはとても大切だった時間。将臣と最も向き合うことが出来た時間でもあった。
 無事にこちらに戻って来てからは、将臣は時空を飛ぶ以前よりも、望美に距離を置くようになっていた。
 傍から見れば、きっととても仲が良いカップルに見えていることだろう。
 だが実際には、ふたりは付き合ってもいなかったし、二人きりで出掛けるといったこともなかった。
 あくまでも“幼馴染み”のカテゴリーから、望美は抜け出すことが出来ないでいた。
 大学生になってもそれは変わらず、将臣はいつも綺麗な彼女を連れている。
 一人暮らしをしている将臣が、彼女とどのような生活をしているかなんて、望美には到底想像出来ない事だった。
 こんな想いを抱くのは、そろそろ卒業しなければならない。
 理性ではそう思うものの、感情が着いて来てくれなかった。
 将臣とも益々接触はなくなり、キャンパスで逢って挨拶を交わす程度だ。
 譲とはよく話したりするが、将臣のことなんて最近は話題にもならなくなってしまった。
 将臣だけを好きで居続けるのにも限界があるのかもしれない。そんなことを考えてしまう。

 突如、母親に写真を差し出され、望美は困惑した。
「お母さん、何よ、これ」
「何って。望美にお見合い写真よ」
 母親は娘の様子を探るように見ながら、写真を開いた。
「突然釣書を持って親戚のおばさんがやって来たんだけれどね、何でも相手の方が学園祭でのあなたを見初めて、是非にと、縁談を持ってきたんですって。何でも資産家の跡継ぎらしくて、おばさんも望美ちゃんにどうかって。まあ、私はね、あなたが幸せであれば、どんな相手でも気にはしないんだけれど」
 母親は明らかに乗り気では無さそうで溜め息を吐く。それもそのはずで、母親の希望は、望美が有川家の息子どちらかと結婚して、この近くに住む事だったのだから、仕方がない。
「…資産家ねえ…。余り好きじゃない響きなんだけどね…」
 望美も母親に釣られたように溜め息をひとつ零した。
「でしょ? だから、望美は余り乗り気ではないっておばさんに言っておいたんだけれど、せめて逢うだけはってね。逢ってみなくちゃ解らないからって…」
 母親はすっかり困り果てたように溜め息を吐くと、茶碗を置いてしまう。
「お父さんに言うと、まだまだ早いって。私もそう思うんだけれどね…。ただ…」
 母親は望美を不憫に思うかのように溜め息を吐くと、小首を傾げる。
「お父さんもお母さんも、あなたがたまには別の男性に目を向けても良いんじゃないかとも思うのよ。このお見合い相手ではなくてね、たまには将臣くん以外の男性にも、目を向けてくれたらって…。そうしなければならない時期に来ているんじゃないかしら…とも思うし…」
 母親は乗り気ではないが、娘の将来のことを思い複雑な気分になっているようだった。
 望美が親であってもそれは心配するかもしれない。
 娘がいつまで経っても振り返って貰えない相手に恋をするよりは、余程良いかもしれない。
 望美は母親の切ない想いを感じて、唇を噛み締めた。
「この話はここまでね! さて、ご飯を食べましょうか!」
 母親はニッコリと作り笑いを浮かべて、いつものようにもりもりとご飯を食べる。
 その様子を見ると、望美は益々泣きそうになってしまった。
「お母さん…私、そのひとに逢うだけ逢ってみようかな。だって、いつまでも後ろ向きだと駄目だからね」
 望美は母親と同じように笑みを浮かべると、ご飯をもりもりと食べる。
 こんなところまで似ているなんて、やはり親子だと思ってしまう。
「…望美…」
「逢うだけでしょ? その後どうするかは、私次第なんだし」
「それは、そうなんだけれどね…」
 母親が心配そうに見つめてくるものだから、望美は打ち消すように笑った。
「お母さん、逢うだけなんだから、逢うだけ。お見合いなんだから、お母さんたちも来るんだし、だからね心配ないよ」
「そうね…」
 母親は頷くと、何かを吐き出すように溜め息を吐き出す。
「お見合いも良いかもしれないわね今のあなたなら…」
「そうだね。視野を変えてみようかと思っているから…」
 望美は腹を括ると、母親にニコリと笑ってみせた。

「将臣、望美ちゃん、お見合いをするのを知ってる?」
 久し振りに実家に顔を出すなり、いきなり衝撃の事実を突き付けられて、将臣は固まった。
 ショックだとかそんな言葉を通り超えてしまった衝撃があり、思わず言葉を失ってしまう。
「…マジかよ…」
 将臣の一言に、母親は溜め息を吐いた。
「うちの息子たちが手をこまねいている間に、誰か知らない男に、望美ちゃんを持って行かれちゃうわよ」
 母親の言葉を上の空で聞きながら、将臣は愕然としていた。
 望美が他の男のものになるなんてことは、到底考えつかないことだったからだ。
「…望美のとこに行ってくる…」
「将臣!?」
 絶対に信じられないし、そんなことは認められない。
 望美が他の男のものになるなんて、許せない。
 他の男のものになるのならば、自分のものに。
 そこまで考えて、将臣はハッとする。
 そんなにまで望美のことを好きだったなんて、今さらながらに気がついた。
 望美を失うかもしれないとなって、初めてその想いに気付くなんて、馬鹿にも程があると将臣は思う。
 将臣が自分の馬鹿さ加減に溜め息を吐いていると遠くから人影を見つける。
 それは望美のものだった。
「将臣くん…」
 望美は何処かしょっぱい顔をしながら、将臣を見つめる。
 将臣は浅く呼吸をすると、慎重に口を開いた。





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