2
「望美、見合いするのかよ…?」 将臣の何処か咎めるような視線を、望美は避けるように目を閉じた。 「そうだよ。社会勉強のためにお見合いをするんだ」 望美はあっさりと認めると、何でもないことのようにわざと振る舞う。 だが、将臣はそれを認めることが出来ないかのように、望美をキツいまなざしで睨んできた。 「そんな馬鹿げたことは止めろよ。お前はまだ結婚だとか…、見合いだとかには…、早い年じゃねぇかよ」 「こっちではね。だけど、源平の時空では、私はもう行き遅れだよ…」 望美は寂しい想いを抱きながら、力無く笑う。 将臣の顔が一瞬強張ったのを感じた。 「それはあっちの世界での話じゃねぇかよ。こちらだとお前はまだ見合いだとか、結婚だとか、付き合いだとかは早い」 まるで将臣が親であるかのように、気難しい顔と声で言ってくるものだから、望美は何処か重い気分になった。 こうしていつも将臣は望美が危ない橋を渡ろうとすると、心配する。 それに何度も夢を重ねたことか。 もしかしたら将臣に愛されているかもしれないなんて、本当の意味で、夢みたいなことを思っていたものだ。 だが将臣は決して望美を選ばなかった。 女としてはいつも避けられていた。 いつも将臣が選ぶのは違った女の子で、望美なんかはお呼びでない雰囲気だったのだ。 「…将臣くんはいつも違う女の子と付き合っているじゃない。将臣くんが女の人と自由にお付き合いをしているのに、私が駄目だなんてそんな矛盾したことはないよね?」 望美が指摘すると、将臣は痛いところを突かれたとばかりに、顔を歪めた。 「…俺はヤローだから構わねぇんだよ。だけどお前は女だろ!? 女が誰彼構わず付き合うのは余り良いことじゃねぇよ。傷つくのはいつも女なんだから…」 将臣は、真当なのか真当ではないのか解らない、微妙な主張を繰り返している。 それが望美には気に入らなくてしょうがない。 「…将臣くんが良くて、私が悪いってことはないじゃない」 「男は良いんだよ! つーか、俺はお前が傷つくのを見るのが嫌だから、こうして事前に止めてやってるんじゃねぇかよっ!」 将臣は珍しく声を荒げると、いきなり望美の手首を握ってきた。 将臣の指が食い込んできて痛い。 男の逞しい指だと、望美は思わずにはいられなかった。 「…将臣くん…痛いよ…」 「お前が見合いを止めましたというまでは、離さない」 どうして嫉妬してくれているようなことを言うのだろうか。望美のことなど、将臣は全く興味なんて無いはずだというのに、どうしてこんなことをするのだろうか。 本当に嫉妬してくれていたら嬉しいのに。 だが実際にはそうじゃない。 それがどれほど望美に切なさややるせなさを与えるかを、きっと将臣は知らないのだろう。 「…私…将臣くんの、か、彼女でもないから、め、命令される覚えはないと言うか…」 望美がしどろもどろに言うと、将臣はハッとしたように息を呑んだ。 確信を突かれたかのように、ゆるゆると望美の手首から手を離す。 「…すまない」 「大丈夫だよ…」 お互いに重苦しい沈黙に、余計に暗い想いを抱く。 「…とにかく、無茶をして変な男に引っ掛かってしまうのだけは、気をつけろ。お前はいつもどこか衝動的なところがあるからな…」 将臣は苦虫を噛むような声で言うと、望美に背を向けた。 「すまねぇな。邪魔をした」 将臣はそれだけを言うと、どこか寂しげに歩いていく。 その背中を見ていると、将臣に本気で愛されているかのような錯覚を感じずにはいられなかった。 望美に自分の想いを押し付けるなんてことは、到底出来るはずはないのだと、将臣は改めて感じるしかなかった。 泣きそうな顔をしてした望美に、強請することはどうしても出来ないことだった。 今までの自分の態度を振り返れば、望美に偉そうなことなんて言えるはずもない。 今まで散々、自分の恋心とは反対の態度を取り続けていたのだから、当然と言えば当然なのだ。 将臣は溜め息を吐く。 今更なのは解っているのに、いざ望美が他の男のものになってしまうのが、嫌で嫌でしょうがない。 「…やっぱり、どこから見ても、俺の態度はかなり不実だよな…」 将臣は苛立ちながら、唇を噛み締めた。 望美がお見合いをするのは、確かに望美の自由ではあるし、将臣がとやかく言う筋合いなどない。 だが、もし望美がお見合い相手と恋に落ちてしまったら。 きっと後悔の嵐に見舞われるだろう。 だから今のうちに、何とかしたかった。 そのために不実であった態度を改めなければならない。 将臣は携帯電話を取り出すと、今、形だけ付き合っているカノジョに電話をかけることにした。 完全に切るために。 学部は違うが、同じ大学に通うふたりは、よく顔を合わせる。 将臣は望美の姿を探すために、カフェテリアへと向かった。 望美はちょうどランチを食べ終わり、友人と仲良さそうに話しているところだった。 「望美、話がある」 将臣がストレートに言うと、望美はどこか不安そうな顔をしてこちらを見つめてくる。 その瞳の揺らぎすらも、今は愛しくてしょうがない。 「…今じゃないと駄目かな?」 「今なら大丈夫だろ? お前も俺も次は授業がねぇんだから」 「解ったよ。行くよ」 望美は切ない表情で呟くと、立ち上がった。 「行こうぜ」 将臣が歩き出すと、望美は距離を置いて歩き出す。 何時からこんなにも距離を取るようになってしまったのだろうか。 高校生の頃はいつも隣にいたのに、今はこうしてわざと距離を取っているようにも思える。 「将臣くん、何の話なのかな?」 「大学前のカフェで話す」 「うん」 歩いている間も、ふたりはひたすら無言だった。 ただ静かに歩いて、お互いを牽制しているようだ。 カフェに入ると、ふたりは陽射しが綺麗に入り込む席に腰を掛けた。 「話って何かな?」 あんなにも見合いのことを反対されているからか、望美の言葉はどこかぎこちない。 「…俺、女と別れた」 将臣はさり気なく言ったが、望美は僅かにこめかみを引きつらせた。 「…そう、なんだ…」 望美は驚いたように呟くと、将臣を真っ直ぐ見つめる。 「どうして別れちゃったの…?」 「俺が馬鹿で間抜けだったから」 将臣の素直な言葉に、望美は「そんなことないよ」といつものように柔らかな笑顔で言う。 この笑顔が他の男のものになるなんて、やはり堪えられない。 今までどうして望美を避けていたのかと、また悔やまれてしまった。 将臣は深呼吸をすると、僅かに唇を開く。 「…お前が好きだって、今更ながらに気付いたから」 「…え?」 予想だにしていなかった将臣の言葉に、望美は明らかに動揺している。 一瞬、固まっているようにも見えた。 将臣くんが好き? 私を? 望美はこころのなかで事実を何度も反芻しながら、俄かには信じることが出来なかった。 好きだなんて素振りを、今まで向けてくるたことなんてなかったのに、いったいどういうことなのだろうかと、思った。 「…子供の頃と同じような好き…なの?」 「いいや。子供の頃とは違う好きだ」 将臣の言葉に、望美は幸せな胸を詰まらせる。 今までずっと待っていた言葉を、ようやく聞くことが出来たのが、とても嬉しかった。 「だから、お見合いなんか止めちまえ」 将臣の言葉に、望美が頷きそうになった時だった。 望美もよく知る将臣の麗しいガールフレンドが、目の前に現われる。 「将臣、ちょっと時間が欲しいんだけれど」 温まりかけた望美の恋心が一気に冷えた。 |