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将臣は心の中で溜め息を吐く。 どうしてこんなにもタイミングが悪いのだろうかと、将臣は思う。 将臣はガールフレンドに冷たい視線を送る。 「解った」 望美の顔を見ると、何処か寂しくて切ない表情をしている。 それを見るのが、将臣も辛かった。 将臣は立ち上がると、かつて惰性で付き合っていた女と一緒に行く。 「望美、すぐに戻るから待っていてくれ」 「…うん…」 返事をしてくれたものの、望美の表情はとても固いものだった。 本当はこのままにしたくはない。 だが、決着はきちんとつけなければならない。 将臣はこころの中で悪態を吐きながら、先ずは決着をつけにいった。 ひとりになった望美は、胸の痛みに溜め息を吐くしかなかった。 まるで天国から地獄へと突き落とされた気分だ。 こんなひどいことはないのではないかと思った。 将臣に言われた通りに、本を読みながら待ってみたが、読み終わっても将臣は一向に帰っては来ない。 このままいつまで待っても、将臣は帰っては来ないような気がしてきた。 世界でたった独りぼっちになってしまったような気がして、望美は益々切なくなる。 まるで望美の気持ちを知るかのように、夕陽が美しい黄昏を作って憎らしい演出をする。 望美は残りのジュースを一気に飲み干した後、大きな溜め息を吐いた。 こんなにも切ないことは他にない。 将臣はかなりもてるし、女の子が放ってはおかないタイプだ。それゆえにいつも彼女がいる状態だった。 いつまで経っても“かやのそと”な自分が辛くて、いっそ将臣以外ならば誰でも良いと思って、見合いをしようと思ったのだ。 いざ見合いをしようとしたから、将臣は惜しくなったのだろうか。今までのようにある程度付き合ったら、別れなければならない運命なのだろうか。 そんな辛い想いをするのであれば、いっそ“幼馴染み”のままで良いとすら思う。ぞっとぞっと好きだったから、気まずくはなりたくもない。 それならば辛い想いをしなくても済むと、望美は思っていた。 溜め息を吐いた後、望美は席から立ち上がる。 将臣を待ちたいという本能と、待たないほうが良いという理性が攻めぎあいになる。 だが、何とか理性が勝利をして、香穂子はカフェテリアから出て行く。 痛くて切なくて涙が出てくる。 なるべく泣かないように堪えたが、そうはいかなかった。 将臣は手短に話を終えたいと思いながら、かつてのカノジョと向き合う。 「用ってなんだよ?」 彼女は薄く笑うと、将臣を見た。 「将臣ってやっぱりずっと春日さんのことが好きだったんだね」 何処か悔しそうに言う彼女に、将臣は唇を歪める。 「…ああ。ずっとアイツが好きだった…」 将臣は素直に認めると、彼女を厳しい目で見つめた。 そのまなざしの厳しさに息苦しくなったからか、彼女は軽く溜め息を吐く。 「そうなんだよね。やっぱり…。将臣から直接聞けて良かったよ。ずっとさ気付いていた?」 「いいや」 将臣がぶっきらぼうに言うと、彼女は苦笑いを浮かべる。 「恐らく、私たち歴代のカノジョはみんな気付いていたと思うよ。将臣が本当に誰が好きなのか…。いつも本当に大切なことは春日さんを優先していたから…」 「そうか…」 分かりやすい自分に思わず苦笑いをする。 何かあった時は、ずっと望美を優先してきた。これからもそれは変わらないと思っている。 「将臣に返さなくちゃいけないものがあるから呼んだんだよ。タイミングが悪いと思ったけれどね」 彼女は苦笑いを浮かべると、将臣にペンダントを差し出した。 「リングは絶対に渡してくれなかったものね。もう私には必要ないから、将臣に返すね」 彼女はキッパリと言うと、将臣を見た。 「別れたカレシに貰ったものを、未練がましく持つのが嫌なんだよ。だから返すね。本当は春日さんがいない時に渡すべきなんだろうけれど…、最後にちょっと意地悪したくなった。だって、狡いじゃない」 彼女は厳しい声で呟くと、将臣を軽く睨んだ。 「誤解はきちんと自分で解いてね。きちんと解かなければ、春日さんは手に入らないからね。これが私からの意地悪と思いやりだよ」 将臣は溜め息を吐くと、ただそれを受け入れる。仕方がない。身から出た錆なのだから。 「じゃあ。渡したから。ばいばい」 彼女はこれ以上は追求はしないとばかりにさばさばとした態度で言うと、そのまま行ってしまった。 将臣は溜め息を吐いた後で、望美がいるカフェテリアへと戻る。本当に待ってくれているだろうか。 将臣が焦るようにして戻ると、望美は既にカフェテリアにはいなかった。 将臣はすぐにカフェテリアを出ると、外に出て望美を探す。 ここで行かせてしまえば、望美は本当に見合いをして結婚してしまうかもしれない。 そんなことはさせられない。 ずっとずっと望美だけを好きだった。 だが、その気持ちが友情のようなものだと、自分自身に思い込ませていたのだ。 彼女が言うように、いつも望美を優先していた。 いつでも望美を取っていた。 なのに望美への気持ちは恋じゃないと、ただの友情で家族愛のようなものだと、ずっと思い込もうとしていたのだ。 成長をすると、異性の幼馴染みとの関係は、何だか照れくさくなって、大人ぶってわざと離れていく。 将臣もそうだった。 幼馴染みを小さな頃から一途に好きだなんて、何だか恥ずかしいような気がしたのだ。 だから他の女をわざと好きになろうとしたし、実際にそうなった。 だが、誰も望美以上の存在にはならなかった。 将臣にとっては、いつも望美が一番だったのだ。 望美が自分のものにならないかもしれないと。一生、手に入れることが出来ないかもしれないと知ってから、ようやく気持ちに気付いたのだ。 本当に間抜けだと思わずにはいられない。 将臣は一生懸命望美の影を探した。 早く掴まえなければ、本当に取り返しのつかないことになりかねないのだ。 望美を絶対に失いたくはなかった。 将臣は必死になって望美を視線で追う。 何処にいても望美が何処にいるかは解る。 望美を見つけるのは誰よりも上手いのだから。 小さい頃から、望美が迷子になろうとも、隠れんぼをしようとも、必ず一番に見つけるのが将臣だったのだから。 きっと見つけられる。 絶対に大丈夫だ。 将臣は人込みの中に、ようやく望美の後ろ姿を見つける。 泣いているのが直ぐに解った。 このまま慰める。 ただそれだけだ。 望美は洟を啜りながら、人込みをふらつく。 みんなに泣き顔を見られても構わない。 そんなやけな気分になる。 昔の将臣ならば、こうして泣いていたら必ず見つけてくれたものだ。 だが、今は余りにも遠いような気がした。 不意に温かな雰囲気を感じたかと思うと、いきなり目隠しをされる。 まるで泣き顔を誰にも見せないようにしてくれているようだ。 望美が驚いて躰をびくりとさせながら立ち止まると、そのまま背後から躰を抱き寄せられた。 「…ごめん…」 将臣の甘くて掠れた艶のある声が、望美のこころに下りて来る。 「きちんと決着はつけたから、安心してくれ…。今までの俺しかしらないお前が信じてくれないのは解っているが…、お前に信じて貰えるように努力をするチャンスをくれないか…?」 将臣の真摯で正直な態度に、望美の心はかなり激しく揺れる。 信じる? 信じられる? 望美はじっとしながら、ただ涙を一筋流す。 甘えるように将臣の手を握ると、握り返してくれた。 明らかに友情のそれとは違っていた。 |