*恋ときめき嵐*


 『好き』と言えないまま、17歳まで来てしまった。
 いつも見つめていた背中は、いつの間にか逞しくなり、縋ればしっかりと守ってくれるものに変わっていた。
 将臣くんの背中を見続けて、もうどれぐらいになるのか、自分でも解らなくなるほどに季節を重ねている。

 春になると誇らしく掲示がされる、クラス表。
 そこにまた、同じテリトリーのなかで、将臣と自分の名前を見つけた。
 また同じクラスだ。
 嬉しくて震えるぐらいにドキドキする。
 こんなにセンシティヴな感情を持っているなんて、きっと将臣は知らない。
「また、同じクラスだな」
 横にある男の気配に、望美は心臓が縮み上がるほどにドキリとする。
 いつの間にか、こんなにも男らしい色香を放つようになったのだ。
幼馴染みの逞しさに、望美は一抹の寂しさを感じずにはいられない。
 そしてどこか嬉しくあることも。
「幼馴染みのうえに、殆ど同じクラスだなんて、俺たちの腐れ縁ってやつは、相当強固なんだな」
「そうだね」
 にこにこと笑いながら、将臣は望美に手を差し延べる。
綺きれいな指先なのに、大きくて男らしい手のひらに、望美のこころは激しく乱れた。
息苦しい。
 なのにこれがどこか心地好く感じる。
 きっとそれは恋をしているから。紛れなく恋をしている自分に、望美は頬が熱くなるのを感じた。
「よろしくね」
 望美はニコリと笑いながら、将臣の手を握り締める。
 偽りの笑顔。本当は、笑えないぐらいに将臣のことが『好き』なのだ。
 本当は泣きたいような切ない顔をしてしまうほどに、将臣のことが『好き』なのだ。
 そんなことをなかなか言葉に出して言えない。
 幼馴染みは近すぎるから、重い壁が立ちはだかる。
 将臣の手は逞しかった。
もう小さな頃のような感覚で手を握り締めることなんて、出来なかった。
 胸がきゅんと鳴り響く。
 薄紅の光のなかで 輝いて笑う将臣を、まともに見ることなんて出来なかった。

 一学期の席順は、将臣の後ろ。
 またその背中を見続ける。
 がっしりとしたライン、どこか孤独を感じる背中が、望美の視界に入った。
 その背中をずっと見つめていたい。それが叶えば、これほど幸せなことなどないというのに。
 望美はどこか泣きそうになりながら、目線でその背中を追い続けた。

「有川、彼女が来てるぜ」
「ああ、サンキュ」
 将臣は望美の様子など見ることもなく、教室の外で待っている彼女のところに向かう。
 そこにはスタイルの良い、大人びた女の子が立っていた。
 これが現実。
 将臣には彼女がそばにいて自分には誰もそばにいない。
 彼女のところに向かう背中を遠くに感じながら、望美はまた溜め息をひとつ吐いた。
 ずっと背中だけを見てきた。見ているだけで、決して、望美の手に入らない、将臣。
 その横には、いつも自分じゃない女性がいる。こころが痛いのが馴れてしまって、まひしていても良いのに、いつも、いつも、こころの奥が痛くなる。
「…将臣くん」
 また名前を呼ぶ声が掠れた。

 いつまで嘘を吐き続けたら気が済むのだろうと、将臣はこころの奥でいつも思う。
 好きな女ならいる。だがその女を、今まで、一度たりとも、自分のものに出来てはいない。
 素直に『好き』だと言うことが出来ない。
 振られてしまったら、もう『幼なじみ』としても、傍にいることが出来なくなるのは解っていたから。勇気が出ない。
 だからこそ、自分のことを好きでいてくれる安全パイの女ばかりを選んでいた。
 そんなことをすれば、いつか、取り返しのつかないことになってしまうのは解っているのに。
 そんなことばかりをしていたら、いつか他の男のものになって、望美が手の届かない存在になってしまうのではないかと、怯えてもいる。
 なのに。どうしても素直になれなかった。
 
 考え事をしていると、不意に声をかけられた。
「有川」
「何だよ」
 顔を上げると、いかにも軽そうな男が、ニヤニヤと笑いながら立っている。
 気に入らない。
「お前さ、春日と幼なじみなんだろ? あいつ良いよな? スタイル良いし、美人だし。あいつのファンの男多いんだよなあ。なあ、お前、春日と一緒に帰れるように…」そこまで聞いて我慢が出来なくなり、将臣は教科書を思いきり机の上で叩いた。
「うるせぇ」
 将臣は苦々しくつぶやくと、鋭く目の前の男をにらみつけた。
 このような男には、絶対に望美を渡しはしない。
「そんなにあいつのことが気になるんだったら、直接訊けばいいじゃねぇか」
「…また”有川ガード”か…。お前も彼女がいるんだったら、何もそこまで幼なじみを庇うことはないだろうからな」
 男はまるで逆恨みをするかのように将臣をにらみつけて、立ち去っていく。
 本当は、望美を男からガードをする資格なんて、将臣にはないかもしれない。だが、望美が他の男に手垢を付けるられることは、耐えられなかった。
 こんなことが何時までも出来るはずのないことぐらいは、解っている。
 誰かを傷つけるのには、違いないのだから。
 将臣がじっと考え込んでいると、望美が友人たちと賑やかに教室へと戻ってきた。
 望美の姿がまぶしい。
 いつか、その姿を、この腕に抱きしめることが出来ればよいのに。
 将臣はこころが厳しく痛むのを感じた。





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