7
望美が好きな相手は誰なのか。 そればかりが頭を掠めてくる。 望美が自分以外の男を好きだと言ったならば、その男をぶっ飛ばしてしまいたくなるだろう。 だからこそ確認をしたくて声を掛けた。 「…お前の好きなヤツって、誰だよ?」 自分ではあくまでさり気なく訊いたつもりだったのに、結局は喧嘩腰のような態度になってしまった。 瞳を覗き込むと、望美の顔色が変わる。 「…秘密…」 望美は曖昧に呟くと、そのまま逃げようとした。 だが、将臣は逃したくなくて、望美の腕を思い切り取った。 「誰だよ!?」 まるで望美を脅迫するように呟いてしまう。 それほどこころは切迫していた。 望美が誰を好きなのか。 それを知ってどうするのだとか、そんな考えなどないまま、ただ本能だけで捕らえていた。 「…だから、秘密だよ…。言ったら、きっと迷惑がかかっちゃうよ…」 「なんか疚しい相手なのかよ!?」 頭がおかしくなりそうなぐらいに苛々する。 疚しい相手なら止めさせるだけだ。それだけ。 「疚しい相手じゃないよ…。ただ、そのひとの気持ちを考えると…」 望美はしどろもどろになりながら、何とか将臣から逃れようとしているのが解る。 だが逃がさない。 望美が誰を好きなのか分かるまで。 その男がお粗末であったならば、望美の目を覚まさせるだけだ。 本当はそれを望んでいるのかもしれない。 「…言えよ。おかしな相手なら、俺は認めない」 「…どうして? それは幼馴染みとして?」 将臣は一瞬言葉を詰まらせた。 幼馴染みとしてなどとは、決してない。ひとりの男としての嫉妬心だけだ。 好きなのだ。誰よりも望美が。 今更ながら将臣は思い知らされる。 きっと好きでたまらないから、ずっと理由をつけてはからんでいたのだ。 改めて突き付けられた自分の感情に、将臣は黙り込んだ。 「…将臣くん…?」 望美は黙り込んだままの将臣を見つめたまま、小首をかしげる。 いつか言わなければならない。 好きだと。 将臣は言葉を一旦飲み込むと、望美を真っ直ぐ見つめた。 逸らしてはならない。 将臣は浅い呼吸を繰り返しながら、望美への想いを確かめていった。 覚悟を決めて口を開く。 「…俺、お前を好きみたいだ…」 なんて曖昧な言葉。 望美の表情を恐る恐る見つめると、驚きのなかで何処か華やぎがあった。 頬を染めて、望美もまた呼吸を浅くしている。 「…好きみたいって…。私は“みたい”?」 望美の声は震え、その鼓動が煩いほどに聞こえてくる。 将臣は浅い呼吸をまた繰り返したあとで、望美を見た。 “みたい”なんて曖昧な感情なんかじゃない。 好きだ。 本当にこころから望美が好きだ。 指先を怪我をしたときも、何のためらいもなく、その血を吸い上げることが出来た。 望美の赤い血。 総てを飲み干してしまいたくなるほどに、狡猾な独占欲を感じていた。 好きだ。 堪らないぐらいに好きだ。 将臣は自分の揺らぎない気持ちを確かめたあとで、言葉を声に乗せた。 「…望美、お前が好きだ」 噛み締めるように呟いたあと、時間と心臓がスローモーションになるのを感じながら、望美を見た。 一瞬、戸惑っているようにも、口にする言葉が出てこないようにも見えた。 望美の綺麗な白い喉がうっすらと動く。 なんて艶やかなのだろうかと思う。 「…不実に思うか? 俺を」 望美は首を横に振る。 「…有り難うな。ようやく気付いたんだよ。女と付き合うのも、別れるのも、全部お前が理由だって」 「…どうして…?」 望美の声は掠れて、どこか呆れているようにも見える。 「…お前にコクるのを避けるために女と付き合って、お前が一番だっていつも気付いて別れて…。結局はそれの繰り返し。怖かった。お前と気さくに話す事が出来なくなるのが…」 どうしてこんなに饒舌でいられるのだろうかと思うぐらいに、言葉がどんどん湯水のように出て来てしまう。 一か八かの勝負だからかもしれない。 「…将臣くん、私はいっつも不安だったんだよ…」 望美の声が、無防備な赤ん坊のように聞こえる。保護欲が刺激されて、このまま強く抱き締めたくなった。 「…将臣くんはいつも綺麗な女の子とばかりお付き合いをしていたから、私は…いつまでも幼馴染みなのかなあって。逆に幼馴染みを続けて貰えるのかなあって、ずっと思っていたんだよ…。将臣くんがいつか、他の女の子のものになるのが、怖かったんだよ…」 望美はこころの痛みと震えを言葉に乗せて、今にも泣きそうになっている。 このまましっかりと抱き締めて、もう何の不安がいらないと囁いてやりたい。 だがそうするには、肝心の言葉が必要だ。 望美は大きな瞳に涙をたくさん溜めると、将臣を見つめてくれた。 「…将臣くん…、私も将臣くんが大好きだよ…。本当に大好きだよ…。だから誰のどんな告白も受けいられなかった…。将臣くん以外は、考えられなかったんだよ…」 「望美…っ!」 ここからはもう言葉なんて必要としない。ただ、抱き合えば良い。 抱き締めて初めて知る。自分が好きでたまらない幼馴染みは、こんなにも華奢な躰をしていたのかと、改めて感じずにはいられない。 柔らかくて温かくて、けれども抱き締めてしまえば折れてしまいそうなぐらいに細くて…。 こんなにも守ってやらなければならない存在だったことを、改めて気付いた。 抱き締める腕に、つい力を込めてしまう。 「…将臣くん…苦しい…」 望美の声にハッと気付いて腕の力を弱める。不意に望美が、将臣のしっかりとした広い胸に顔を埋めてきた。 今までずっとこらえてきた感情を、そこにぶつけるかのように。 望美の腕が将臣の背中に回り、捕らえてきた。 優しくてふわふわとした、綿菓子のような抱擁。 なんて甘くて、なんて素晴らしいのだろうかと思う。 自分のこころを総て預けても構わないと感じた者の抱擁は、グッと迫るものがあった。 お互いに温もりをシェアするように抱き合っていると、幸せがほのぼのと息づいてきた。 「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ!」 今まで言えなかった分の沢山の“好き”を口にしながら、将臣は望美への想いを開放する。 「私も、好きで、好きで、好きで、好きで、たまらないんだからね?」 「ああ」 抱擁だけではなくて、もっとあからさまな“好き”を感じたい。 そうするには方法はひとつだけだ。 「…キス…して良いか?」 望美の頬を撫でながら、将臣は艶を瞳に写しながら見つめた。 白くて滑らかな望美の頬が、紅に染め上げられてとても美しい。 躰の総てが心臓になっているのではないかと思うほどに、ドキドキが止まらなかった。 望美も同じようで、鼓動を早めているのが、煩いぐらいに聞こえている。 お互いにキスをしたいという気持ちが合致したからか、ふたりの緊張は華やいだものになっていた。 望美は同意を伝えるために、ただ瞳をゆっくりと閉じてくれた。 長い睫毛がチラチラして綺麗だ。 将臣は、望美に合わせて屈み込むと、唇をそっと合わせた。 想像以上に柔らかくて甘い唇に、将臣は全身が刺激されるのを感じていた。 これ以上深いキスをすると、もう暴走を止められなくなってしまう。 将臣は触れるだけの青くて儚いキスをすると、ゆっくりと名残惜しげに望美から離れた。 「…好きだ」 「うん…私も大好き」 キスのアンコールのように軽いキスをすると、幸せが更に濃厚になった。 恋は晴れたり曇ったり。両想いになってもきっとそれは続く。 けれども、直ぐに晴れになる魔法をふたりは手に入れた。 |