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誤解がとけ、蟠りもとけ、ふたりの間がより親密になったような気が、望美にはする。 しかも、避妊をしなくなってからというもの、将臣が求めてくる頻度が激しくなっている。いくらアルバイトと疲れ果てても、望美を求めるのを止めやしなかった。 「…疲れるんだけど、幸せで甘い満たされた疲れなんだけれどね…」 幸せな苦笑いをしながら、望美は将臣に甘えてしまう。 そんな素敵な日常。 ようやく大学生活にも馴れ始めた頃、気が緩んだのか望美は体調を崩した。 「最近顔色が悪いな…。あんまり無理するなよ?」 将臣の掌で頬を包まれ、望美はホッとしたように溜め息をついた。 「大丈夫だよ、将臣くん。こうして気遣ってくれるのが、何よりも特効薬になるから。春から夏の季節の変わり目でしょ? だからどうしても、体調は崩しがちになっちゃうよね」 「そうだな…。だけど無理すんなよ?」 将臣は心配そうに険しい表情を浮かべている。怒ったような不機嫌な表情だが、望美にはそれがまたステキに思えた。 「無理はしないよ。過保護だよ将臣くん。前はもうちょっと厳しかったのに」 「しょうがないだろ? お前が大事なんだからよ」 ぶっきらぼうに呟く将臣が可愛いくて、望美は思わず笑みを零した。 「…だったら、将臣くん…、私を疲れさせないようにしたいなら、少しだけ協力して貰わないとね?」 上目使いで意味深に見つめれば、将臣はすぐにムッとしたような困りはてたような、複雑な顔をした。 「それは無理。お前を今より抱けなくなるのは気が狂っちまう」 将臣は甘く触れるようなキスをすると、望美をたまらないとばかりに抱きしめてきた。 「それも疲れる要因だと思うんだけれどな」 わざと困ったように言っても、将臣くんは断固受け付けないとばかりに、首を縦には振らなかった。 「それだけは絶対に譲れねぇからな。お前を抱くのが、俺にとっては一番の幸福だってことを忘れんなよ」 「うん…」 「セックスすればするほど、お前にどんどん惚れちまってるんだから…」 将臣は照れたように笑うと、望美に下半身を押し付けてきた。 「あっ…」 既に将臣の欲望は、望美の躰に反応して、鎌首を擡げさせている。 「望美…」 そのまま軽々と抱き上げられると、ベッドに連れて行かれてしまった。 コトの後、望美は幸せな痺れを奥深いところに感じながら、たゆたゆと将臣の腕に抱かれていた。 精神的に満たされた後は、何故だか猛烈にお腹が空いた。 いつも用意しているガウンを羽織ると、望美はキッチンへと向かった。 冷蔵庫にある食材を確認し、炒飯でも作ろうかと思う。 「何やってんだよ」 パジャマのズボンだけを穿いた将臣が、背後から抱きしめてきた。 「お腹が空いたから、炒飯でも作ろうかと思っただけだよ」 「だったら俺が作ってやるよ。とびきりに美味いやつを」 「うん! 有り難う!」 望美は将臣に材料を渡してバトンタッチをすると、ダイニングチェアに腰掛けた。 「パラパラのにしてね。ワカメスープもつけてね」 「はいはい」 将臣は手慣れた雰囲気で、器用に炒飯を作る。弟の譲は繊細な料理が得意だが、将臣は大胆な料理が得意だった。 「おら、いっちょ上がり!」 「わーい」 ガウン姿でものを食べるのは、何だか行儀が悪いような気がしたが、それはそれで心地良かった。 リクエスト通りに仕上がった炒飯を、望美はとても美味しく頂く。 「さっきまで気分が悪そうにしていたのが、信じられねぇな」 「うん、そうだよね。あれだけ気分が優れなかったのに、今は元気で食べられちゃう! 不思議だよねー」 「そりゃ俺が特効薬をやったからだろ?」 将臣は少し意地悪でエロティックな笑みを浮かべてくる。 「特効薬?」 「栄養たっぷりの俺の精子に決まってるだろ?」 「もうっ! バカッ! えっち!」 望美が真っ赤になっているのを楽しむかのように、将臣は笑った。 望美はプリプリと怒りながら、炒飯を勢いをつけて食べる。 「おい、あんまりがつがつ食べると、喉に詰まらせるぞ」 「美味しいし、気にならないもん」 「ったく」 望美は綺麗に平らげた後も物足りなくて、じっと将臣のものを見る。 「何だよ、食べ足りないのか?」 「うん」 「しょうがねえな」 将臣はまるで子供を見るみたいに笑った後、望美に炒飯を差し出してくれた。 「食えよ」 「有り難う!」 鼻歌混じりに礼を言うと、望美はまた凄い勢いで食べ始めた。 暫くして、食べ過ぎたのか気分が急に悪くなる。 食べるのを止めた望美を、将臣は心配そうに見てくる。 「大丈夫かよ!?」 「…やっぱり、気分が悪い…」 将臣が抱き抱えるようにして、洗面所に連れていってくれ、望美はそのまま戻してしまった。 将臣が背中をしっかりと摩ってくれ、総てを吐いたところで、ようやく治まりをみせた。 歯を磨いて気持ち悪い部分をさっぱりした後に、ベッドに連れて行って貰った。 「大丈夫か?」 「有り難う。なんか食べたくなったかと思ったら、急に気持ち悪くなっちゃったんだよ。で、今は平気なんだ」 「何だか悪阻みてぇだな」 将臣が苦笑しながら言う台詞に、望美はハッする。 「…それ、本当かも…。最近、なかったし…」 「マジか…?」 今度は将臣が驚きを隠せない番だった。望美をじっと見つめてくる。 「…明日、ドラッグストアで検査薬買ってくるよ」 「ああ」 将臣は頷くと、望美をぎゅっと強く抱きしめる。 「すげえ嬉しいな…。お前が、完全に俺のものになったて感じで」 「まだ、確定したわけじゃ…」 「たぶん良い予感は当たると思うけれどな」 将臣は本当に嬉しそうに言うと、望美の額にキスをくれる。 「明日の午前中に検査薬を買って陽性だったら病院に行くぜ。着いていくからな」 「うん、有り難う」 こうして愛するひとが喜んでくれるのが嬉しい。そして愛するひとの子供を身篭ることが出来るのが、何よりも嬉しく思った。 早く開く近くのドラッグストアで検査薬を買い、望美は早速試してみた。 検査薬の結果を見るなり、笑みが零れ落ちてくる。 幸福過ぎて小躍りしてしまいそうだ。 「将臣くんっ! 陽性だったよ」 はにかんで言うと、将臣に軽々と抱き上げられた。そのまま甘いキスを受ける。 「すげえ嬉しい」 「私もだよ」 将臣は大切そうに抱きしめてくれると、望美に優しく囁く。 「…一緒に病院に行こう」 「うん」 愛するひとにこんなに喜んで貰えるとは、なんと幸福なのだろうかと、望美は思った。 ふたりでしっかりと手を携えながら、産婦人科に向かう。 緊張の余り、少し震えた。 「緊張しているのか?」 「…うん。検査薬では結果が出たけれど、実際にはどうかと思うと緊張しちゃって…。出来てなかったら、何だか切ないし…。それに、産婦人科なんて行くのも初めてだから、ちょっと不安だよ…」 望美が素直に心情を吐露すると、将臣は手をしっかりと握り締めてくれた。 「俺がいるから平気だろ?」 「うん。有り難う」 将臣とふたりで手を繋いで産婦人科に行き、診察を受けた。 内診が一番恥ずかしかったが、女性の先生だったので、何とか耐えることが出来る。 「…春日さん、おめでとうございます。妊娠ニカ月ね。問題は特にないわね」 医師の診断結果を聞いている間、頭の中で天使の歌声が聞こえる。それぐらい素晴らしいことだと感じた。 「有り難うございます」 にっこりと笑いながら医師に礼を言った後、望美は診察室を後にした。 「将臣くん…! 赤ちゃんがいるって。ニカ月だって!」 顔を見るなり望美は微笑んで、将臣に抱き着く。それを逞しい腕でしっかりと受け止めてくれる。 「お祝いをしねぇとな! 後は正式に、親に了承を得て、結婚しないとな」 「うん!」 初夏にさしかかる陽射しのなかで、ふたりは至福の喜びを感じながら歩く。 「夏休みに入ったら直ぐに鎌倉に帰らねぇとな?」 「そうだね!」 このまま綺麗な青空に、ふたりして舞い上がりたいぐらいに幸福だった。 ふたりで祝った夜、鎌倉から電話があった。 近々、進学希望の大学のオープンキャンパスに行く譲が、一晩泊めて欲しいというものだ。 そのうえ、一度実家にも顔を出すように言われた。 タイミングが凄く良い。 ふたりはふたつ返事で譲を泊めることを承諾し、同時に譲と一緒に鎌倉に帰ることを伝えた。 伝えたいことがあるから。 幸福な幸福な春の姫君は、美しい夏妃に変化する。 |
| コメント キリ番で書いた「筒姫」の前段階のお話です。 「筒姫」にこのまま続きます。 あと残すは宇津田姫のみです。 |